私と彼の約束
本日4話目の投稿です
その後飲めや食えやと楽しい時間を過ごして、会はお開きに。
皆は私を屋敷前まで送った後に更に飲み直すと言って、アンダーソン侯爵家の門の前で別れた。
クロイツさんは涙声で『休みぐらい家で食べなきゃ嫁に愛想尽かされる……!』と逃げ出そうとしていたけれども、残念ながら皆に捕まって連行されていった。
『メル、屋敷の中に入るまで送らせてくれ。な、良いよな? 良いって言ってくれ!俺の逃げる口実……いや、誘ったからには、やっぱり帰りも最後まで責任持たなきゃな』と涙ながらに助けをクロイツさんは求めていたが、私は呆然とそんな彼を見守っていた。
というのも、彼を捕獲する時の皆の動きは訓練のそれよりも断然速く、私ですら反応するのがやっとというぐらいで、純粋に驚いていたからだ。
……決して、『嫁』という単語に皆の目が剣呑と輝き、それが怖かったから見なかったフリをしていたという訳ではない。
『メルー!!』
『またまた、クロイツさん。メルちゃんは護衛がなくても大丈夫ですよ。そこの目の前の門を抜ければ侯爵家の中ですし、まだまだ明るいですし、何よりメルちゃん俺たちより強いですから。という訳で、安心して飲みに行きましょうね』
という声が遠くから聞こえてきて、そっと心の中でクロイツさんにエールを送った。
さて……とはいえ、まだ日暮れ時。
折角街に出たのにこのまま帰るのも勿体ないと、塔に行くことにした。
中々最近、お父様が厳しくて街に単独で出ることはできない。
恐らく、クロイツさんたちも監視役として私のことを家まで送り届けるようにと言い渡されているのではないだろうか。
そこから考えると、あの場でクロイツさんの判断が一番正しかったという訳だ。
警備の人も慣れたもので顔パスで中に入る。
そしてそのまま何段もの階段を登り続けた。
「……ルイ……」
辿り着いた最上階にいた見覚えのある後ろ姿に、思わず声をかける。
呟きに近いそれが彼の耳に届いたのか、ゆっくりと彼は振り返った。
「久しぶりだな、メル」
久方ぶりで少し疲れたような表情をしつつも、柔らかな笑みを浮かべていた。
「ええ、本当に。久しぶりね」
「……。思ったより、元気そうだな」
そういえば野盗が捕まって以降、彼とは会っていなかったっけ。
少しばかり驚いたような意外そうな表情を浮かべた彼に、私は思わず笑う。
「すまなかった」
「……どうして、貴方が謝るの?」
「一方的に問い詰めて、お前を追い詰めるような真似をした。その、謝罪だ」
頭を下げる生真面目な彼に、ますます笑みは深まった。
「謝らないで。確かに……あの時は苛ついたわ。……でも、貴方の言う通りだった」
私は笑みを引っ込めて真面目な声色で、伝えるべきことを伝えるべく言葉を選ぶ。
「私、過去を見てばかりで今ある大切なモノを全部置き去りにしていた。実際、野盗が捕まって……生きる目的も何もかもがなくなって、私は空っぽな人間になった」
道標を失い、暗闇に放り出されたような感覚と漠然とした未来への恐怖。
そして焦りと虚しさ。
あのまま……先が見えないままだったらということを想像すると、ゾッとする。
「だけどね、そんな時にお兄様の言葉と貴方の手紙が私に前を向かせてくれたわ」
『目的がなくなったのなら、また探せば良い。お前には、それだけの時がある。生き急ぐな』
そんな彼の言葉が綴られた手紙。
『けれどもお前は、生きている……!生きているんだ!』
そんな、お兄様が叫ぶように言った真剣な言葉。
それらがあったからこそ、私は今生きていることに感謝をした。
ずっと背けていた未来という時を見ることができた。
あの時から、私の中の時は再び刻み始めたのだと思う。
「……だから、ありがとう」
そう言って笑えば、彼もまた笑った。
「変わったな、お前」
「そう?」
「ああ。近づけば刺されるんじゃないかってぐらいの刺々しい雰囲気がなくなった」
彼の表現は、身に覚えがある。
そういえば、前にクロイツさんもそんなことを言っていたっけ。
「……そうかも。今、とっても楽しい」
「そうか。それは、良かった」
その言葉に気恥ずかしさを感じて、私は乱暴な足取りで彼の横まで近づくとその場に腰を下ろす。
座ったのは、彼の方を見ることができないからだ。
街を見下ろせるこの位置に座って眼下のその風景を眺めていれば、立っている彼と目線を合わせなくても不自然ではないだろう。
「……そういえばなんで貴方、捕まった野盗が私の標的だったって分かったの?もしかして、知っていたのかしら?」
「知る訳ないだろう。ただ、『もしもそうだったら』ってことを考えただけだ」
「そっか……」
彼も、私の横に腰を下ろす。
「食うか?」
ふと、彼は懐から包みを取り出した。
「市場の角のところ……ファロ爺のとこの饅頭だ」
「ありがとう。いただきます」
六つあった饅頭の中から無造作に一つ選んで口に運んでいた。
その瞬間、言葉に現せないような辛味が私の口いっぱいに広がる。
「……っ!?」
「あ、ハズレを引いたのか」
私の反応を見て、なんてことはないかのようにルイが呟く。
「ゲホッ……ゲホッ! ハズレ……って、何!?」
「……味が違う六個一組で売っていて、そのうち五つは他では味わえないぐらい美味いんだけど、何故か必ず一つ激辛なんだ。ハズレがあると分かっていても、ついつい買いたくなるほど美味いっていうんで、有名だぞ?まあ、最近は仲間内で分け合ってそのハズレを引く瞬間を見るのが楽しいという声もあるみたいだが」
そう言いつつ差し出してくれた水筒を開け、勢いよく中身を飲む。
水筒が空になるぐらい飲んで、けれども未だ口の中はヒリヒリする。
「よく一気に食えるなと思ったんだが……知らなかったのか。というか、最初の一個からハズレを引くなんて……」
ルイは笑いを噛み締めていた。
「……っ!知ってたら、もうちょっと慎重に選んでいたわ」
私の反論に、我慢できなくなったのかルイは声を出して笑い始めた。
最初は私もルイのその反応が面白くなくてムッとしていたけれども、段々おかしくなって笑いだす。
そうしているうちに、いつの間にか口のヒリヒリが治まってきていた。
「……さっきのがハズレってことは、もうハズレはないわよね?もう一つ、ちょうだい」
「ああ、勿論」
渡された饅頭を恐る恐る口に入れたが、とてもそれは美味しかった。
「……普通に美味しい。何でハズレなんて一緒にしているんだろう?」
「さあ?まあ、ハズレはハズレで辛いものが好きな奴らには人気らしいぞ」
「意味が分からないわ」
本心だ。……ハズレの洗礼を受けた身としては。
「……。ルイはよく街に出るの?」
この塔に子ども一人が顔パスで入ることができるのだから、彼の父親は相当な上の地位にいる人のはずだ。
だというのに、街に彼が一人で繰り出すというのは解せない。
「……そうだな。大人になればなるほど、きっと身動きができなくなる。それは、時間的にも立場的にも。願っても、今ほど自由が効かないだろう。だからこそ、今のうち十分楽しもうと思ってな」
「ふーん……」
ルイも、饅頭を一つ手にとって食べていた。
「ま、おかげでこんな美味いものとも出会えたんだ」
「私もね、最近街に出るようになったんだ。今までずっと訓練ばかりだったから、まだまだ知らないことばかり。そのファロ爺の饅頭もね」
「そうか。……街は、好きか?」
一瞬、彼の問いに考える。
「……そう、ね。今は好ましく思っているわ」
「じゃあ、これから探していけば良い。……知っていけば良いじゃないか。自分の知らなかったものを知ることができるようになるというのは、この上なく幸せだと俺は思うぞ?」
「確かに、そうね」
「じゃ、今度食べ歩きでもするか?幾つかオススメがある」
「え、それ本当!?約束よ」
未来への、約束。
それは、先へ進むための新たな一歩。
「そうだな」
私は、交わされたそれに心を躍らせた。




