私の世界
本日6話目の投稿です
剣を振るう。
……若干の違和感に、戦いながら眉を顰めた。
案の定、剣を弾かれて負けた。
「急に休んだこともそうだが、どうしたんだ?」
戦っていた相手であるクロイツさんが、不思議そうに私に問いかける。
「剣に迷いを感じたぞ」
「そうですね。まだ、心が整理できていないのかもしれません」
私の言葉にクロイツさんは納得していなさそうだったけれども、それ以上追求することはなかった。
……結局、私は訓練に戻って来た。
だって、それしかないから。
あれから、たくさん泣いた。
たくさん泣いて、考えた。
けれどもやっぱり、今の私には目標も意味も何も見出せなかった。
だって、何も見てこなかったから。
復讐以外に目を向けることなく、ただただそればかりを追い求めてきたのだ。
だから、今の私には判断材料が何もない。
どの選択肢を選び取るのか……そもそも、どういう選択肢があるのかすら。
判断材料がない私には、何も分からないのだ。
けれども、立ち止まったままではいられない。
ぼんやりと時が過ぎるのを待つばかりでは、いられない。
時を刻むことを絶たれた、お母様の為にも。
だから、私は戻ってきた。
何も見出せないままだけど、私にはコレしかないから。
コレ以外に何もない、けれども立ち止まりたくない。
だったら変に考えて迷うよりも、例え変わらずともこうして訓練に戻ってきた方が良いような気がした。
どうやら私は、頭で考えるよりも身体を動かす方が性に合っているみたいだ。
まだまだ心は完全に整理できていないけれども、訓練に戻って剣を振るうようになってから、少しずつ落ち着いてきたような気がする。
クロイツさんは何も言わない代わりに、くしゃりと私の頭を撫でてくれた。
「あー……今日はここにいる連中と、この後飯を食いに行くが、お嬢ちゃんもどうだ?」
唐突な誘いに、一瞬頭が固まった。
けれども、少し考えて頷く。
「是非」
「そーか。じゃ、将軍には俺から言っておくよ」
「ありがとうございます」
色々、見てみよう。
色んなことを、やってみよう。
そう、思った。
目標は未だ見えないけれども、否、だからこそ。
今まで剣以外の全てから目を背けていた自分を、変えようと。
だから、これは良い機会。
そして私は稽古の後、街に行った。
考えて見れば、街のお店に行くのは初めてのことだ。
何せ自分で物を買うことなんてなかったし、一日中稽古をしていたようなものだったし。
ある意味私も貴族らしく箱入りといえば箱入り娘だ。
キョロキョロと店の中を見回しつつ、クロイツさんの後をついていく。
「クロイツさーん!」
席の一角を陣取っていたらしい、国軍の面々がクロイツさんを呼ぶ。
「お、待たせたなー!」
クロイツさんも、にこやかに応えた。
「本当っすよ。一体どうして………って、うわー! クロイツさん、メルちゃんを誘拐してきちゃったんすか?」
「馬鹿言うなよ。俺にお嬢ちゃんを誘拐して来れる訳がねえだろう。返り討ちに遭うわ」
「「「確かに」」」
興味津々に会話を聞いてきた全員が、同時に頷いた。
全員、アンダーソン侯爵家で訓練をしている面々らしく、見覚えがある。
「いや、彼女がここに来るとは思ってなかったんで。ようこそ、メルちゃん。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
ワッと、その場が湧く。
「よく来たな」
「来てくれて嬉しいよ」
「クロイツ、良くやった!男だらけのむさい場所が華やぐってもんよ」
口々に言う歓迎の言葉に、私は驚いてオドオド周りを見てはクロイツさんに視線を移す。
「どうした?」
「あの、急に来て、どうして歓迎していただけるのか……」
「当然だろ!同じ場所でずっと一緒に汗をかいて切磋琢磨してきたんだ。お嬢ちゃんは、俺たちの仲間なんだよ」
「そーっす!俺、メルちゃん尊敬してるんすよ。そんな小さくて、あんなに強いんすから。メルちゃんの年の時、俺遊んでばっかだったもんなー」
「始めは将軍の秘蔵っ子がなんぼのもんじゃい! って思ってたんだけどなー」
「そんな嫉妬、とっくにどっか行っちゃいましたよ。俺、メルちゃんの自主練の量を知って、たまげましたもん」
「あー、分かる。俺、絶対無理だと思うわ」
皆の口から出る言葉にポカンとしてしまった。
「……皆、お嬢ちゃんのことを買ってるんだよ。それぞれ、口に出す機会がなかっただけで。いかんせん、今までのお嬢ちゃんは近づくなっつう壁を感じたからなあ」
「……そう、でしたか?」
「おうよ。少しは剣だけじゃなく、周りのことも見ることだな」
的を射た言葉に、私は一瞬言葉を失う。
確かに、今までの私はそうだったな……と。
そう思っていたら、ポンポンとクロイツさんに頭を撫でられた。
さっきの皆の言葉と合わさって、申し訳なさとこそばゆさを感じて顔を俯ける。
「クロイツさん。メルちゃんと二人で何話してるんですかー?こっちで皆で語り合いましょうよ」
「おうよ。ほら、お嬢ちゃんも行こう」
「………はいっ!」
それから、席について皆が思い思いの飲み物やら食べ物を注文した。
家以外で始めて食べる食べ物に少し興奮しつつ、私は皆の会話を聞く。
「……どうして、皆さんは兵になったのですか?」
場が温まった頃、私は疑問に思っていたことを口にした。
「どうして兵士になったのかって……そりゃ、金の為だな。俺、兄弟多いし」
兄弟が多いことがどう関係するのか分からず、つい首を傾げる。
「あー、何だ。つまり、食い扶持を減らすためってことだよ。学がない俺が、手っ取り早くのし上がるには実力主義の軍が一番良かったってこと。まあ、腕には少し自信があったっつうのもあるけど」
食い扶持を減らすため、という言葉に少なからず私は衝撃を受けた。
……だって、そんなこと知らない。
望めば望む分だけの温かな食事が出て、それが当たり前のことだと思っていたから。
それは、当たり前のことではなかったの?
「その自信も、将軍にすぐ潰されてたけどな」
頭の中でぐるぐると考えている間に、他の人が茶々を入れた。
皆は、私のように驚いた様子は見せない。
むしろ、彼が言ったことの方が当たり前だと言わんばかりに。
「うるせー。そういうお前こそ、どうなんだよ」
「俺?カッコいいから!将軍が凱旋帰国した時のことを見て、絶対将来軍人になろうって思ったんだよ」
「あー、それは分かる。この人がいれば俺たちは、この国は大丈夫だって、つい思っちまったもんな。俺も、それだな」
「そうですね。将軍の存在は大きいです。……自分は、戦の時、将軍に村を救ってもらいました。だから、あの方について行こうと、自分も誰かを守る人であろうと決意しました」
「俺はお前たちのように、志とか決意とか環境が理由っつうのはなくて、ただ何となくだったけどよー。その気持ちは、分かる。軍に入って運良く将軍の部隊に配属されたけど、あの人の背中を追うのは大変だが、どこまでも追いかけたいと思わせられるんだよな。あの人の背中を追いかけ続けることが、いつの間にか誇らしく感じるようになっちまった」
いつの間にか話題は変わっていて、お父様の訓練の内容だとかお父様の武勇伝だとか、そんな話になっていた。
厳つい様相の彼らが、まるで子どものように目を輝かせてお父様のことを語る。
お父様の背中を追いかけ後に続くことが誇りだと。
お父様のように、誰かを守る人でありたいと。
それはそれは、熱く語り合う。
「……どうして、皆さんは……誰かを守ろうと思うのですか?」
ふと、隣に座るクロイツさんに疑問をぶつけた。
「守る、か。最初から、そんな大きな志を持っているのは、あいつみたいに戦火に襲われた奴らぐらいだろうよ。金、名誉……この場にいる皆は、各々の理由を持って軍の門戸を叩いた。守るなんて高尚な志を、始めから持っていた訳じゃない。けど、いつの間にか俺たちにとって、将軍の下で働くことの誇りが全てになっていた。皆、惚れちまっているんだよ。将軍に。そんな将軍のようになりたいと、自然と身体が動く。そしてそれが誰かを守ることにつながって、また俺たちの誇りの一つになる。……巡り巡って、国を、大切な人たちを守ることができるなら良いと思いながら」
「巡り巡って……」
「ま、お嬢ちゃんもいつかは分かるだろうよ」
クロイツさんは他の人に呼ばれてそこで話を切ったが、私の心にはその時感じたモヤモヤが胸の奥にずっと燻り続けていた。




