彼の思い
本日5話目の投稿です
「……お、ルイ。ちょうど良かった。こっちの書類とこっちも追加な。両方とも、期日は三日後だ」
山となっている書類を前にしてなんでもないことのように言う父親のロメルに、俺は殺意を覚えつつ、それを押し込めて頷いた。
父が書類を俺に渡すのは、実践で実務を学ばせるためだ。
……ただ俺からしてみれば、父が本気を出せば一日で終わるという事実に、遣る瀬無さを感じるのだが。
「分かりましたよ、ええ、分かりました。その代わり、今日は街に行かないで大人しく屋敷にいてくださいよ。この前に渡された書類で、幾つか確認させていただきたいことがありましたので」
「あー……分かった、分かった」
父は諦めたように、頷いた。
「とりあえず、これは預かって行きますので」
持って来たのと同じ量……もしくは、少し多くなったそれを俺は手にして部屋を出た。
ずっしりと腕に伝わる重さに、思わず溜息を吐く。
廊下を出て、自室に向かうべく歩き始めた。
ふと、窓から塔の方向に視線をやる。
思い出すのは、あそこで会ったメリーという少女のことだった。
……野盗討伐の報せを、俺は父の手伝いをしている内に知った。
それがもし、彼女の仇ならばめでたいことだと思う。
……けれどもそれと同時に、ある種の疑問が湧く。
果たして彼女は、それをどう思うのだろうか……と。
彼女は失うものしかなくても得るものがなくても、それしか選べない……と、言っていた。
……ならば、仇を討てた後は?
彼女のその言葉を聞いた時に、一番に思ったのはそれだった。
己の全てを注ぎ、達成することだけを目指して、その他全てを捨てて……それなのに、その目標が消えたら?
注ぎ込めば注ぎ込んだほど、その目標が失われた時の喪失感は深くなるだろうに。
そう考えた時、彼女のことが心配になった。
危ういまでにひたむきに、一直線に目的に向かって走り続ける彼女のことが。
他者に負けて悔しいと涙を流していたことも、自分の道を進むだけだと笑顔を浮かべていたことも、ただただ復讐という目的があってのことだったのならば。
それが無くなった時に、彼女は何に泣き、何に笑うのだろう。
喪失感に、苛まれないだろうか。
壊れてしまわないだろうか、と。
そう、心配になった。
もう一度、視線を書類に戻す。
彼女のことは気がかりだが、これからしばらく塔に行くことは叶わない。
俺もまた、己の目標のために走り続けているからこそ。
それでも報せを聞いてから何度か時間を捻出して塔に行ったが、結局会うことはできなかった。
……だからせめてもと、手紙を置いてきたのだが。
公式的なもの以外で手紙を書くことなど彼にとっては初めてのことで、だいぶ迷ったのは良い思い出だ。
たった、三行。
その三行を書くのに、どれだけ迷ったことか。
次に会った時、せめて怒っていてくれたら良いと思う。
喪失感に押し潰されて、心を閉ざし、感情を置き去りにしていなければ、それで良い。
それぐらいなら、理不尽に怒り、目的を奪われたことに嘆いてくれていた方がどれだけマシだろうか、と。
あの生き生きとした彼女の顔が、好ましいと思うようになったのはいつからだろうか。
いつまでも見ていたいと思うようになったのは、いつからだろうか。
貴族の子女のように、ほとんど感情を顔に出さず、ただただ柔らかく笑っているよりも、泣いて笑って怒って……素直にくるくると感情を変える彼女のそれがとても輝いて見えた。
「……失礼致します、ルイ様。ロメル様がお呼びです」
足を止めていた俺に、使用人の一人が声をかけてきた。
「父が?……分かった。悪いが、この書類を私の部屋に置いておいてくれ」
「畏まりました」
……とにかく、さっさと目の前の仕事を片付けてしまおう。
そう気持ちを新たに、俺は父の部屋に向かった。




