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武家の嗜み  作者: 澪亜
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兄の願い

本日2話目の投稿です

「……お兄様」


塔から屋敷に戻ると、私はお兄様の部屋に向かった。

なんとなく、お兄様と話したい気分だったのだ。

お兄様は、盤面遊戯を一人でやっていた。

きっと、ロメルおじさんとの試合を一人で『おさらい』しているのだろう。


「丁度休憩中だ。遠慮はいらない」


「はい……」


「……珍しいな。メリーがここに来るのは」


「そうだったでしょうか?」


私は首を傾げつつ、今までのことを思い返す。

確かになるほど、私がここに来たのは王都に来てから一回か二回しかない。


「それで、どうした?」


「お話させていただいても、よろしいですか?」


「勿論。そのために、ここに来たのだろう?」


「はい。……あの、お兄様は何故、剣を学ぼうと思ったのですか?」


そう問えば、お兄様は笑った。


「おかしなことを聞く。タスメリア王国の武の一角を担うアンダーソン侯爵家の嫡男が、ある程度の武を修めずにどうする?」


「それは、そうですが……」


コトンコトン、と駒を動かすのを止めてお兄様は私と目を合わせる。


「……メリー。聞きたいことがあるのなら、率直に聞けば良い。今この場には、私とお前だけだ。家族に遠慮は不要だろう」


お兄様の言葉に、一瞬私は止まる。

……そういえば、お兄様とこうして話すのはいつぶりだろうか、と。


否、お兄様だけじゃない。

お父様とも、ばあやとも。

必要最低限の会話しか、私は家族としてこなかった。

もしくは、復讐が絡む話か。


だから、一瞬私は戸惑う。

けれどもそんな私に続きを促すことなく、お兄様はただただひたすらジッと見つめるばかりだった。


「……お兄様は、お母様の仇を取りたいと願ったことはありませんか?」


お兄様は、一瞬、考え込むように眉間にシワを寄せた。


「正直に答えれば、ある。母上を亡き者にした輩を一人残らずこの手で地獄に叩き落としてやろうとな」


「……今は?」


私の問いに、お兄様は哀しそうに微笑んだ。


「今でも、そう思っている。チャンスが巡って来たら、私は迷わず行動に移す。私は……私たち家族の大切なものを、幸せを奪った者たちを許すつもりは毛頭ない」


「良かった……」


その答えに、安堵する。


「だがな、メリー。その一方で、私はお前のその有り様には心配しているんだ」


「どういう意味ですか」


「復讐こそが全てだと、お前は言っていた。だが、それはつまり……お前は、今という時から目を背けて、過去にだけしか見ていないということだ。幸せを望まず……ただただ、決して戻ることのできない過去の幸せばかりを追い求めている姿を見て、どう安心できるんだ?」


お兄様はまるで諭すように、ゆっくりと問いかけた。

けれども、その言葉は見事にストンと私の心に落ちる。


……私は、選択した。

優しい『もしも』の世界を捨て、茨の道を、血の道を進むと。


だから、過去は振り返らないと。

……けれども、そう思っていた私は一番その優しい過去を追い縋っていたのかれない。

戻らない過去を、温かなあの日々を。


でも、私は許されない。

だって、あの日……お母様がお父様と別れて先に領地に帰ろうとしたのは、私の我儘が発端だ。


私が誕生日当日に祝って欲しいなどと言わなければ……お父様と一緒に帰って来て、お母様は無事屋敷に辿り着いていたかもしれないのだから。


……何より、私が許さない。

皆の大切な人を、奪う原因となった私を。

そして、この激情をなかったことにはできない。

道連れにしてでも、復讐をしたいと願うこの激情を。


「……お前は、それで満足なのかもしれない。けれども、父上と私はお前に幸せになって欲しいと願っている。家族として愛しているから、こそ。だからこそ、お前の有り様を痛ましく思い、心配しているんだ」


そう思う私を、けれどもお兄様は柔らかな瞳で咎めた。その優しさが、今の私には痛い。


「お兄さま……」


「お前が野盗に襲われたと聞いた時、血が引いた。そして、自分の馬鹿さ加減に心底腹が立った。……母上の事件は、私の中で優先事項だ。奴らを地獄に叩き落とすことを願っていることは、嘘ではない」


そう言って、お兄様は私の方へと手を伸ばす。


「けれども……お前は、生きている。生きているんだ……!」


私よりも大きなその手で、私の手を強く握りしめた。まるで……私という存在を確かめるように。


「私は……今この手にある大切なモノから目を背けて、それで後から後悔したくない」


だんだんと口調に熱がこもっていたお兄様の言葉は、私の胸に突き刺さった。

ここ最近、お兄様が小さい頃の時のように感情表現が豊かだなとは思っていた。

お父様と同様に。

それは、おじさんのおかげかと思っていたけれども……違ったのか。


「……お兄様は、私が間違っていると言うのですか?」


「いいや。人の心はその人のものだ。正解も不正解もない。お前の心がお前の願いを否定しないのであれば、それはお前にとって正解なのだろう。だから、私が言ったことは……私のエゴだ」


お兄様は私の手を離すと、頭を撫でる。


「復讐を成し遂げることを、否定はしない。いや、できない……か。お前は、お前の望む通りにすれば良い。だけど、忘れないでくれ。お前の幸せを、私たちは願っているということを」


優しい、願いだった。

けれども凍りついたこの心にその温かな優しい心が染み渡る心地こそすれ、氷そのものが溶け出すことはない。


何故、幸せを追い求めるの?

……あの時と同じ幸せは、戻らないのに。


何故、私に幸せを願うの?

……あの時と同じ光景を、見ることはできないのに。

どんなに願っても、あの時奪われた幸せを取り戻すことは叶わないのに。


……分からない。

ぐるぐると、疑問が湧いては消える。

その夜、私は久し振りにすぐに寝ないで考えに耽った。

開け放った窓から吹き入る夜風に晒されながら、ずっと。


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