父の後悔
内容を第6部より場面を追加したかったために刷新しております。また、これまでの部分についても細かいところを変えています。大変申し訳ございませんが、改めてお読みいただけると幸いです。(1/8日更新3話目です)
※ダイジェスト化は、ございません。
「……失礼します、将軍。少々、お時間をいただいてもよろしいですか?」
アンダーソン侯爵家で執務をしていたら、クロイツがそう言って入って来た。
「ちょうど一段落ついたところだ。で、どうしたんだ?クロイツ」
何故かクロイツは真剣な表情を崩さない。
いっそ思い詰めているとすら、感じられるほどの真剣さだった。
「メルのことで、話がございまして」
「メルが、何かしでかしたか?」
娘の名前に、つい儂も前のめりに問いかけた。
「メルがというより将軍が、です。……将軍は、メルをどうするおつもりなのですか?」
「質問の意味が分からん」
「私は、今日……彼女を怖いと思いました。あの娘の模擬戦を見て……」
「素晴らしい才であっただろう?」
儂の言葉に、クロイツは苦笑いを返す。
「……模擬戦が始まる少し前から彼女が纏う気が、変わった気がしました。戦場で感じるような、濃密な殺気を纏っていて。あんな小さな女の子が発するとは、とても信じられないほどでした」
肯定もせず、否定もせず……クロイツは淡々と言葉を発していた。
あえて感情を表に出さないようにそうしているその姿に、儂は真意をその表情から読み取ろうと目を細める。
「実際模擬戦が始まってみれば、確実に人を殺すためのような剣筋で剣を振るう。危険を顧みず防御は全て、紙一重。何の躊躇いもなく相手の懐に入る。まるで命を失うリスクを楽しむように……いいや、そもそも自分の命など失っても良いとでもいうかのような、そんな戦い方でした」
まるで、娘を恐れているかのようなその言葉。
否、実際……恐れているのだろう。
それは、たまに儂とて感じることなのだから。
儂もクロイツも、軍に所属する身。
なればこそ、命のやり取りをする場に身を置いた経験は勿論あるし、それについて今更思うことはない。
けれどもそれでも……否、だからこそ恐れる。
まるで刃物をその身に潜めているかのような鋭利な殺気にも、娘の戦い方にも。
得体の知れない……別の世界の人を見ていると感じてしまうほど、彼女のそれらは特出していた。
「……それが、メルだ」
静かに、諭すように儂は言った。
「むしろ、王都に来てからの彼女の剣こそが彼女らしさを失っていたのだ。あれが、本来の彼女であり、彼女の剣だ」
「……何故、将軍は彼女に剣を教えたのですか?あれは……決して、目覚めさせてはならなかった才であると、愚考します。あんな殺気と覚悟……一歩間違えれば発狂してもおかしくない。彼女に、穏やかな道を進ませてあげることはできなかったのでしょうか」
「……儂の、エゴであろうな」
ポツリ、呟く。
「儂も、妻を野盗に殺されて失っておる。同じ穴の狢だ。止める資格はない。……それに、彼女は剣を学ぶことができ、儂は娘の護衛に当てがうことで娘の身の安全を守ることができる、と」
王都ではメルが真実儂の娘であることを、例え国軍の自分の部下に対してであっても秘密にしていたため、嘘を交えてそう言った。
「……けれども、彼女の才は儂が思っていた以上であった。基本の型を教え、あとは儂と模擬戦を繰り返していたのだが……教えずとも、いつの間にか自身であのスタイルを身につけておったよ」
「……何故、王都に来てからはそれが変わったのでしょうか」
「実戦を知ってしまったからであろうな。……儂が発破をかけたら、すぐに戻ったが」
「つまり、今日彼女の剣が昔に戻ったのは将軍が原因ですか。引き返す道があったというのに。剣を畏れた彼女に、どうして……!」
「……あやつは剣を畏れたのではない。自らの才を、恐れたのだ」
「自らの、才?」
「人の命を、簡単に奪える彼女自身の才をな。王都に来てからのあやつは、我が領地にいる時とは異なり随分と窮屈そうにしていた。思うがままに剣を振るえば勝てるというのに、わざわざ無意識にセーブしておった。その間も皆との訓練前、儂とやり合っておったが……そこまでセーブをしておらんかったのが良い証拠だ。容易に相手の命を奪うことができてしまう、その未来が見えてしまった自身を抑え込んでおった。それはつまり、儂が鍛えた国軍の面々ですら、あやつにとっては敵ではないということだ。お前にとっては酷なことを言ったがな」
「……そん、な……」
「……お前の言っていた通り、あやつは狂気との狭間におる。全てを捨てても、得るものがなくても復讐のために剣を取った。あやつにとって剣は全てだ」
「……ならば、それ以外の道を見つけさせれば良かったのではないですか!?」
クロイツの叫びに、儂は一瞬言葉に詰まった。
「……儂だとて、そうして欲しいと思ったさ」
「なら……」
「だが、お前はあやつの覚悟を軽く見ている。いいや、儂もそうであったか……」
「……どういうことですか?」
「発破をかけるというより、剣の道を止めさせようと思った。既に折れかかった心、厳しい言葉を浴びせれば、ポキリと折れるかと思ったわ」
剣を取るな、とあの時儂は心の中で叫んだ。
もう良い、十分だ……とも。
けれども、彼女はそれに抗った。
むしろ、剣を捨てれば彼女の心が折れると確信させるほどの気迫を、あの瞬間メルリスは儂にまざまざと見せつけたのだ。
「あやつの心はギリギリのところで生きている。剣だけが全てで、それ以外何も見ていない。これから先何も得るものがないと分かっていて、そう選択しているのだ。力づくだろうと何だろうと、あやつは剣を捨てることはない。ならば、彼女の惑いは逆に彼女を危機に晒す。力を抑えるをする癖をつけてしまえば、この先思わぬ落とし穴ができてしまうかもしれないから、な。だからこそ彼女は彼女のまま剣を振るわせねばならない。今の立ち位置からしても、あやつはこの道から降りるというのは一つしか方法はない」
「……ちなみに、その方法とは?」
「婚姻だ」
仮に復讐相手を儂が打ち取ったとしても、メルリスがアンダーソン侯爵家の娘である限り、その身を狙う者は現れる。
そう、アルメリア公爵に示唆された。
仮にそれが正しいと……否、その可能性がある限り、彼女は自らの身を守らなければならない。
それが不要になるのは、彼女が英雄の娘という肩書きを外れ、婚家のものとなったその時。
「手綱を取れる相手はいるんでしょうかね。生半可な相手じゃ、ムリだと思いますけど」
「お前はあやつのことをよく見ているな」
つい儂はそう言って笑った。
「正直言って、分からんな。あやつが今の自身の願いよりも何よりも想う相手ができれば、その限りではない。……お前は、先に儂があやつをどうしたいかと問うたな。答えは、儂はどうもしたくない。あやつには、ただただ、あやつのまま、幸せになって欲しい。それだけだ。それだけが、それだけのことなのに難しいことだがな」
「……まるで、父親のことのように言いますね」
「儂は、あやつの父親だと思っておるよ」
「……将軍のお気持ちは、よく分かりました。試すような真似をして、申し訳ありませんでした」
「それは良い。これから先も、あやつのことはよく見ておいてくれ」
その言葉に、クロイツは頭を下げて了承の意を示した。




