宰相の挑戦 漆
「……お疲れ様でございます、ロメル様」
宿に戻ると、一番にアルフが茶を淹れてくれた。
軽く礼を言いつつ受け取ると、ゆっくりとカップを傾ける。
「あー……生き返る」
五臓六腑に染み渡るようなその優しい味に、思わず呟いていた。
「明日も、ございますので、本日はどうそゆっくりとお休みください」
「そうだな。……そうさせてもらうとするか」
アルフの言葉に応諾する一方、俺は動かない。
「……その前に、アルフ。明日行く予定のクロウ公爵家とバスカル公爵家を頼む」
「畏まりました」
クロウ公爵領はリンメル公国の南西、トワイル国とタスメリア王国に隣接する位置する。
当主の名前はチェスター・クロウ。
家族構成は娘二人。
……妻は早々に亡くなっていて、その妻の忘れ形見である二人の娘をチェスターは特に溺愛している。
領地の位置から、先のトワイル戦役の情報をよく掴んでおり、そのためガゼルの脅威を最も恐れている当主。
「強硬派と穏健派、それぞれの接触は?」
「ともにクロウ公爵家を自陣に招き入れようと、あの手この手を使って勧誘しているようです。特に多いのが、娘との婚姻の打診ですね」
「二人の娘に、婚約者はまだいないのか……。まあ、娘を愛する父親なら、この情勢で下手にどこかの家と婚約者を整えることはできねえか」
「はい。クロウ公爵家としての最善策は穏健派と強硬派いずれとも婚約を結ぶことでしょうが……娘のうちどちらかは権力闘争に敗れた派閥にいることになりますから」
「そうだよなあ。それでも、普通の貴族ならばその手を取るんだろうが……それだけ、チェスターが娘を愛しているんだってことだろうな」
「私も同じように考えておりました」
「家族思いのクロウ公爵家、ね……。領の統治の方は?」
「問題らしい問題は、前回の報告からの間でもあがっておりません」
「ほう……。ちなみに、お前さんはチェスターの今までの仕事ぶりを見てどう思った?」
「あくまで資料等を読み解いて得た私の私見ですが……『外さない方』だと、愚考致しました。先代の作り上げた基礎を壊すことなく、その枠に沿って取り決めをしていらっしゃる」
「……やはり、お前もそう感じたか」
アルフの考察と自身のそれが一致したことが楽しくて、つい笑った。
「そういう奴を凡庸だと囀る輩もいるが……全く、侮れない。むしろ、恐ろしいとすら思うぞ。政では、いくつもの新たな政策の計画を立てて実行に移す。計画をする際は、その計画に無理がないか、何か見落としている穴がないか等々いかに先を見通して考えることができるかが肝になる。対して、実行は……まあ、当然その計画に沿って実行に移していく『だけ』なのだが……その『だけ』っていうのが、難しい。思った通りにいかないのが、世の常……臨機応変な対処が求められるし、時には計画の再考だって必要になることもあるだろう。特に計画と実行を別の者が行うとなると、細部まで引き継ぐことができなくて戸惑うことが多いっつうのに……まあよくも、あんなに綺麗に引き継いだもんだと」
「恐れながら……なかなか実感の篭った言葉ですね」
「はっ……まあな。父上から仕事を引き継いだ際に四苦八苦したのは、今となっては良い思い出だよ」
俺の言葉に、アルフもまた笑った。
「恐ろしい奴といえば……あの、フィリング公爵家の奥方」
「ケリー・フィリングでしょうか」
「そう、それ」
ふと、小さな笑みをこぼす。
「……恐ろしいとは、何を指しているのでしょう? 恐縮ながら今後の参考に、ご教示いただけますか?」
アルフにしては珍しく俺の真意掴みかねているのか、探るような視線を向けつつ問いかけた。
「そうさなあ……最終判断は勿論ブルーノがしているのだろうが……ありゃ、過程の執務についてはあの奥方が行なっているぞ」
「まさか……」
「完全な確証はないけれども……十中八九そうだろうな」
そう呟きながら、つい笑みが抑えられない。
「何故、そうだと? それに、何故そのように嬉しそうな……」
「会話をしていれば、分かるモノだろう? 相当、交渉に慣れているようだったし。……恐らく、途中で退席をしたのは俺がそのことを気づいていると勘付いたからなんだろうな。……それで何で嬉しそうにしているのか、だったか。嬉しいというより、楽しませて貰って気分が良いんだよ」
「楽しませて貰った、ですか?」
「そう……あの奥方の話術は、中々のもんだった。気を抜けばこちらの手の内を暴かれそうな駆け引きを、久しぶりに楽しませて貰ったよ。それに、ブルーノ自身の頭の中にある知識量も凄いもんだったんだ。ありゃ、良いコンビだな」
「決して味方ではないというのに……否、むしろだからこそということでしょうか。強敵が現れて嬉しそうにされるなど……ロメル様はご自分を追い込むことが好きなのでしょうか」
「……そうかもな。……いや、俺は平穏を愛しているよ。この上なく。……だからこそ、ここまで来たのだし。だが同時に、自分がどこまでできるのかということも試してみたくなるんだよ。だから、まあ……同じ職に就く手強い奴を見つけるとワクワクしちまうんだろうな」
「なるほど………」
そう呟きつつ、アルフは笑った。
「何を納得してるんだ?」
「二つ。……ロメル様は、私利私欲なく献身的なまでに国に仕えていらっしゃるように、私の目には映っておりました。……正直なところ、何故そこまで? と思うこともございました。ですが、欲のない人間などいないのですね。貴方様も、ご自身のお力を試したいという欲があるのだとお聞きして、安心致しました」
「……そうかい」
「もう一つ……これはガゼル様にも同じことが言えるかと思いますが、お二人とも、危険を厭うのではなく楽しむような豪胆さがあるからこそ、ここ一番で冷静な一手を指すことができるのだなと」
「……もう俺の分析は良い。それより、そろそろ話を戻してくれ。次は、バスカル公爵家だ」
アルフに分析されていると、心の奥底を覗かれているような気がして恥ずかしくなる。
だから俺は、言葉を遮った。
「失礼致しました」
そんな俺の反応に笑みを深めつつ一礼をすると、再び真剣な面持ちで口を開いた。




