28 濡れ衣
あれから1時間が経った頃に遥輝は目を覚ました。
「…?俺は一体…」
「起きた?」
「あ、そうか。美晴さんに膝枕されて、そのまま寝ちゃったのか」
一旦状況を整理した後、ゆっくりと身体を起こす。
「疲れ取れた?」
「ええ、お陰様で」
「ならよかった」
遥輝は身体を思い切り伸ばし、一度時計を確認した。
「げ、もうこんな時間か。そろそろ部屋に戻らないと」
「晩御飯?」
「はい。一応ルームメイトと一緒に食堂に行かないといけないので」
「そっか。なら、私も行くね」
「???」
美晴の意味不明な言葉に思考が停止してしまう。
「ええっと…話聞いてました?」
「うん、聞いてたよ」
「じゃあなんでそうなるんですか」
「私は一般客としてたまたま遥輝くんと近くにいるだけだから問題ないでしょ?」
確かに問題はないが、流石にクラスメイトの前でイチャイチャするのは憚かれる。
というわけで美晴の案は棄却したいところなのだが…
「お願い…♡」
彼女にこんな可愛い顔でねだられて断れる男なんていねぇ!!
てな感じで遥輝は脳死で首を縦に振ってしまった。
◇
「…なあ遥輝」
「なんだ?」
「(なんで白雪先輩が隣に居んだよ!?)」
食堂に向かう途中、ルームメイトが小さな声でそう叫んだ。
「ん〜…流れ?」
「いやそれは無理だろ」
遥輝に説明する術などなく、若干投げやりにあしらった。
そんなことをしていると、いよいよ食堂に着いてしまった。
「え?アレって…」
「白雪先輩じゃない?」
中に入っていくと、当然の如く生徒達がザワザワし始めた。
人気モデルである学校の先輩がいるはずのない場所にいるのだから無理もないが。
でも騒いでいる理由はもう一つあった。
「ねぇ、あの彼氏の首元…」
「ウソ…もうそんな関係に?」
(ん?なんか俺への視線多くないか?)
遥輝は一体なぜこんなにも見られているかわからず、美晴に訊いてみようとするが、彼女はニヤニヤと笑っていて。
「なんでそんな顔を…」
「ん?なんでもないよ?」
「いや絶対何かあるでしょ」
「本当に何もないよ?♡」
何度も同じような質問をするが、美晴は嬉しそうに笑うだけなので諦めて席に座ることにした。
美晴は当然のように隣に座り、脚でリズムを刻みながら他の生徒が来るのを待った。
そして生徒が全員揃ってから料理が運ばれ始め、美晴もそれに合わせて料理を頼んだ。
数分後に遥輝の席にも料理がやってくるが、運んできてくれた女将が急に耳元まで口を持ってきた。
「(ねぇ君、あまりやりすぎないようにね)」
「??は、はぁ…」
女将はそう言い残して去って行った。
遥輝は一体何をやりすぎないようにしないといけないのかわからず、ポカンと目を開いたまま上を向いた。
(一体何のことだ?やりすぎる?何を?)
何度考えても糸口さえ掴めずボーッとしていると、今度は隣にいるルームメイトが耳打ちをしてきた。
「(お前…もしかして気づいてないのか?)」
「何に?」
「(首元のそれだよ)」
「首元…?」
確かに先程からかゆい気がしていたが、もしかして蚊にでも刺されたか?
(いや今は冬だぞ?蚊なんて出るわけないだろ)
では一体このかゆみは何だろうか。
今一度理解できていないような目をルームメイトに向けると、そいつは呆れたようにもう一度口を近づけてきた。
「(お前それ…キスマークじゃねぇの?)」
「え」
え゛ぇぇぇぇぇぇ!?
(き、キスマーク!?は!?一体誰の!?)
いや、そんなことをするのは一人しかいないし、そもそも出来るチャンスがあったのも一人しかいない。
遥輝は美晴を睨みつけると、彼女はクスクスと笑い始めた。
「ようやく気づいた?♡もぉ、遅いよ♡」
美晴は頬を赤くしながら嬉しそうに身体を揺らしている。
こちらはそんな場合ではないのに!
「いやいやいや、なんでこんなものつけてるんですか!?」
「ん〜…仕返しかな」
「何の!?俺何かしましたか!?」
「うん、したね」
「お前…しちゃったのか…」
「そんな目で見るなぁぁ!!!」
ルームメイトにはドン引きの目を向けられ、遥輝はようやくことの重大さに気づいたのだった。




