第九十六話 餓鬼と餓鬼
「……無食は死んだ」
羅刹が呟く。その目はひどく冷たい。だが心中穏やかではなかったわけだが。何せ羅刹には無食を殺した自覚がない。
「――羅刹様は流石でございます。その容赦の無さこそが我らが餓鬼の王たる証明」
一人ガクガク震えていた餓鬼が面を上げ、必死に羅刹に媚びへつらう。だが羅刹の目が鋭く光った。
「王の証明など我がわかっていれば良いだけのことであろう。何故貴様ごときに決められなければいけないのか」
「い、いえ! 決してそのような意味では――」
――ズシャッ! ボトン……
羅刹の怒りを買い、慌てる餓鬼であったがその瞬間首が床に転がり、残された体が糸の切れた人形のように倒れた。
「あぁまた一人同胞が殺された! 王たる羅刹様の手で!」
それを見ていた餓鬼の一人が歓喜に震える。そう、羅刹は相手の言い訳などに効く耳持たずその首を刎ね――
(いやいや! これも我はまだ何もしてないだろう! どうなってんの!?)
てなどいなかった! そう羅刹はこの二人に何もしてない。いや、しようとはした。実際今の餓鬼にしても今まさにその首を刎ねようと思ってさえいた。だがさせてもらえなかった。何故かはわからないが、一足先に目の前で仲間が死んでいくのだ!
なんだこれは、自害なのか? しかしそもそも餓鬼は死ねない。自分の力があれば殺すことは容易いが、そうでなければ自害も出来ない筈だ、と羅刹は表情は決して崩さず頭をフル回転させていた。
「王よ、どうか、どうか私も、貴方の手で殺しては頂けませんか?」
「な、何?」
「私の命は貴方様だけの物。それはつまり私という存在は王の手によって蹂躙され破壊され、好きなように甚振ってもらってこそ輝ける! ですからどうか! どうか!」
目の前の餓鬼が立ち上がり、あまつさえ己の命を差し出そうとしていた。
その様相に羅刹は一考し。
「……どうやらお――」
「ギャアァアァアアア! 熱い、熱い! 灼けるように熱い! そ、そんな、こんな筈では、ヒギヤァアアァアアァア!」
羅刹が呆けた顔になる。突如死を懇願した餓鬼が発火し、悲鳴を上げたのだ。
それは羅刹にとって完全に想定外なことであった。なぜならこの餓鬼には生かす価値があると判断したからだ。
それなのにここまで豪快に燃えるとは――
(はは、勝った。沈黙が正解。そうだここは何も語らずじっと黙って怒りが過ぎ去るのを待つことこそがせいか――」
――ボンッ! パラパラパラパラ――
そんな中最後に残った餓鬼は自分だけが生き残ったと思い込みほくそ笑んでいた、のだが刹那爆発した。体が木っ端微塵に爆発したのだ。
「な、こ、これは! 誰だ! この我を差し置いてこんな真似を! 姿を見せろ!」
「あぁ、やっと気がついたんだ。意外と鈍いんだね」
足音が響き渡り暗闇の中から一人の少年が姿を見せる。
「貴様か、このようなふざけた真似を――」
「それはこっちの台詞でもあるんだよね。よりにもよって大事な妹に手を出してくれたんだから」
「は? 妹、だと?」
「デスゲームだよ。お前らが始めたな」
少年のセリフに羅刹は、フッ、と鼻で笑い、そして次第とその笑い声が大きくなった。
「ハーハッハッ! なるほど。こんなところまでやってくる以上、ただものではないとは思ったが、無食の言っていた生贄の一人か。妙な力を持っているとは聞いていたがな」
「う~ん、正確にはその場にはいなかったんだけどな。まぁ、関わってはいたけど」
少年は素直に答える。
「よくはわからんが、お前はここにいる餓鬼を殺した程度で調子に乗っているようだが」
「いや、ここだけじゃなくて城の中の餓鬼は全員始末したし、世界中に散らばっているお仲間さんも葬っておいたから、もう残ってるのはお前だけだよ」
「…………は?」
羅刹の顔色が変わる。最強の四体の餓鬼を殺されても内心は焦っていても顔色一つかえなかったがここに来て変化が現れた。
「何を馬鹿な――」
そして羅刹が額に指を添え、何かを探る。羅刹は世界中の餓鬼の位置がわかる。無食が当初どこに逃げても無駄だと思っていたのはその力故だが。
「……な、ない。反応が、全く、馬鹿な――」
羅刹の黒目が揺れる。
「き、貴様は一体何者だ――」
「俺は海渡。どこにでもいるようななんでも無いただの普通の高校生さ」
「ふざけるな!」
羅刹が怒りを顕にするが海渡はどこ吹く風だった。
「どうやら貴様が我の障害になることは間違いなさそうだ。だが、同胞をいくら殺したところで無駄なこと」
「餓鬼を生み出せるからかな?」
「……何だと?」
「だから、生み出せるんだろう? お前は強い欲望を持つ人間を餓鬼に変える事ができる。だから増やそうと思えばいくらでも増やせると、そう思っているんだろう?」
海渡の答えに羅刹が能面のような表情に変わった。
「そこまでわかるか。だがそれ以外はどうだ?」
「それ以外?」
海渡が問い返すと、羅刹がフッとほくそ笑み。
「それが貴様の敗因だ」
そう口にした途端、海渡の身がバラバラになり散らばった。
「我がただ餓鬼を生み出せるだけだと思ったのが大間違いだったな。そしてお前が倒した全ての餓鬼を合わせても我にはかなわない。それだけの力が我には――な、んだと? 馬鹿な! 一体どこへ!」
羅刹が慌てたのは散らばった筈の肉片が全て消え失せたからであり。
「それは俺の残像だ」
「な!?」
既に海渡は背後を取っていた。弾けるように振り返ろうとする羅刹だが、ぐらりとバランスを崩し倒れる。左足が飛ばされていたからだ。
「ば、馬鹿ないつの間に、ガッ!」
今度は右足、左腕、右腕と順番に飛ばされた。
羅刹が苦悶の表情を浮かべている。だが、羅刹には不可解だった。痛みなど本来どうとでもなるはずだったからだ。
「く、くそ! くそ! くそ!」
羅刹が海渡に何かを仕掛ける。だが海渡にはまるで当たる気配がない。
「無駄だよ。食べようとしても俺は食べれない」
「な、我の力に気がついていたのか――」
「なんでも食べる力。食べた相手が能力者ならそれを再現できる力。お前は随分と特別な力だと思っていたようだけど、この程度なら向こうにもいたよ」
海渡が語る。言われたところで羅刹には理解出来ないだろう。羅刹の力はどんなものでも自分の意思のみで喰らう力だった。餓鬼らしい力と言えるが海渡相手では弱すぎる。
羅刹の力では空間程度は喰えても高次元や多次元といったものにまでは及ばない。だが海渡の暮らした異世界にはその程度ゴロゴロしていた。
「だ、だが手足を切った程度では!」
「これ、な~んだ?」
「そ、それは我の餓鬼魂!」
羅刹の顔色が変わる。餓鬼魂は餓鬼にとっての生命線。それは餓鬼の親玉であってもかわらない。
だからこそ羅刹は自らの餓鬼魂をその力で喰らい決して誰にも見つからないようにしていた。
だが、そんなものは海渡の前では意味がなかった。
「ま、待て! それをどうするつもりだ!」
「さて、どうしようかな」
餓鬼魂を弄びながら海渡が悩むような仕草を見せる。
「そ、そうだ。一緒に組まないか? お前と我が組めばこの世界を牛耳ることなど容易い! そうだ、神さえもこえられるかもしれない!」
「悪いけど興味がないね。でも安心して俺は殺さないよ。ただし――」
そういった途端、羅刹のすぐ横に穴が出来た。そして海渡は先ず切り飛ばした両手脚と胴体を穴に放り込み、最後に頭を持って穴の中が見えるようにした。
「「「「「「「「「「ガギギギギィィイイ」」」」」」」」」」
そこには小さな、鼠ほどの大きさでしか無い子鬼がいた。穴の中が大量の子鬼で埋め尽くされている。
「な、なんだあれは!」
「餓鬼だよ」
「は? 何を言っている、あんな餓鬼など――」
「それはこの世界の自分を基準にして考えただけだろう? だけど餓鬼という存在は様々な世界にいる。そこにいるのは別世界の餓鬼だ。見た目こそ小さいが食欲旺盛でいくら食べても満たされないそういう存在だ」
そこまで話を聞いた羅刹の額に汗がにじむ。
「き、貴様まさか!」
「折角だから自分で喰われて見るといいよ」
察した羅刹の頭を別の餓鬼の巣窟に放り込む。そして餓鬼達が落ちてきた羅刹に気がつくように気配をあらわにした。
途端に小さな餓鬼が群がり羅刹に喰らいつく。
「ギイィイイアァアァアアア! 馬鹿なこの程度の餓鬼に、我が何故! くっ、死ね! 砕けろ! な、なぜだ! 何故!」
「あぁ、お前の力は全部ロックしといたからもう使えないよ。でも安心してね再生能力だけは残しておくから」
そして海渡は最後に手に持っていた餓鬼魂を餓鬼に放り投げ言った。
「そいつさえ残しておけば、何度でも再生するから。そっちはちょびっと噛むぐらいにしておきな」
「ギギィ、ガキィ♪」
海渡の言葉がわかったのか。小さな餓鬼の一体が笑顔でバンザイして返事した。
「こっちの餓鬼はそこそこ可愛らしいかもな。ま、あいつにとっては地獄だろうけど」
それだけ言い残し、海渡は引き返していった。羅刹の悲鳴はその後延々と響き続けたが、もう誰にも知られることはない――




