第九十五話 餓鬼の城
大量の餓鬼が襲ってきたがわりとあっさり皆で倒した。その内の一体がなんと美狩の家族の仇だった。
「ククッ、その男の言うとおりだと思わないか?」
「何?」
そして名前も与えられない程度の仇が不敵な笑みを浮かべる。
「いやいや確かに名前出てないけど、もうちょっと言い方あるだろう!」
「シンキチ、一体誰にツッコんでるの?」
教子が怪訝そうに問う。確かに傍から見たなら何も無い空間に一人でツッコんでいるようにしか見えないだろう。
「ツッコミのしすぎで遂に幻聴にまでツッコむようになったのか」
「いや、もしや怪しい薬を」
「え! だ、駄目ですよそんな薬なんかに手を出しちゃ!」
「出してないよ! 大体僕は元々厨二病だから、なにもないところで喋るぐらい普通だろ!」
「「「「「あ~確かに」」」」」
「あっさり納得されたぁああああ!」
凄まじく説得力のある一言だったのである。
「ふふ、馬鹿な話は終わったかな?」
死にぞこないの餓鬼はどうやらシンキチらの話が終わるのを待っていてくれたようだ。
「律儀だな!」
「とにかく、お前が私の仇なのは確かだ」
「そのとおりだ。だからこそ、こんな終わり方でいいのかと聞いている。そもそもまだ名前すらだしてもらってないんだこっちは。ありえないだろう? だからここで提案だ。お前の持っている餓鬼魂を返せ。そうすれば俺は再生できる。そのうえでお互い仕切り直しといこうではないか。しっかりとした舞台を整えた上で、ドラマティックな対決を行うのだ。家族の仇だぞ? こんなことで終わらせていいのか? よくないだろう!」
仇の餓鬼が美狩にそんな提案を持ちかける。美狩は顎に指を添え、そして――
「だが断る!」
「グギャアアァアアアァアアア!」
糸であっさりと餓鬼魂を切り裂いた。仇の餓鬼は死んだ。
「……パパ、ママ、私やったよ。仇を取ったよ」
「いやいや! 涙しているところ悪いけど、何この、なんかこう、モヤッとした感じ!」
やりきった感を出す美狩だが、シンキチのツッコミは止まない。それがシンキチだ!
『そうだぞシンキチ。ここはもっと言うべきだ』
「お、おう!」
『だが断るの使い所が違うと!』
「そっちかよぉおぉおぉおお!」
ダマルクの指摘にシンキチが頭を抱えた。とにかくツッコミの休まる暇がない。
「……え? ち、違うの?」
そして美狩は頬を染めてちょっぴり恥ずかしそうだった。どうやら本人は正しいと思っていたようだ。
「照れる美狩ちゃんかーいーかーいー」
「きゃわわ!」
「よ、よせって」
美狩に菜乃華と真弓が近づき頭を撫でたりギュッとしたりしていた。それを見ていた赤井の顔がほんわかしたものに変わる。
「はぁ、尊い」
「あんたそういうキャラだったの!?」
どことなくクール感を最初だけ漂わせていた赤井だが、そうでもなかったようだ。
「姉ちゃん、俺はあんたが気に入った。どうだ? 落ち着いたら今度一杯?」
「だが断る」
「え! 断るの!」
「だが断る」
「いやそこをなんとか」
「だが断る」
「ちょっとだけ! ほんのちょっとでいいから何もしないから!」
「だが断る」
「何このやりとり! 教子先生もなんか壊れたレコードみたいになってるし! てか渋いと思ってたのに竜藏のそのしつこさにがっかりだよ! ゲホッゲホッ!」
竜藏と教子のやりとりにまたもシンキチがツッコんだ。そして咳き込んだ。
「いけない! もうシンキチの喉は限界なのよ!」
「あともう一度本気でツッコんだらもうシンキチの喉は一生治らないって、うぅ」
「そ、そうだったのか? 大丈夫なのかシンキチ!」
「いやいや嘘だから! 何そのわけのわからない設定、てか遂に美狩までシンキチ呼びになってたぁあああ!」
シンキチが仰天していた。美狩だけはまだあの名で呼んでくれると信じていたのだろうが、もうそれは許されない。
「いやいやそれはないって。ほら皆思い出して。ぼくの名前はほうお――」
「あれ? そういえばあのピエロがいないような?」
シンキチが両膝をついてがっくりとうなだれた。何故かあの名前を言おうとしたら邪魔が入る。とは言え、確かに空中に浮いていた筈のピエロはいつの間にかいなくなっていた――
◇◆◇
「糞! まさかこんなことになるとは――」
ピエロはただ一人、あの場から逃げ延びていた。そのうえで餓鬼の王が潜む餓鬼城までやってきていた。
その上で玉座に座る餓鬼王を前にしながら土下座状態を維持し、小さな声で愚痴る。
同時に彼は不安にかられていた。餓鬼の王は厳しい御方だった。同族であろうと自らの意にそぐわないものは決して許さない。
「……あれだけの餓鬼を集め人間の真似事をしてデスゲームとやらに手を出した割にこの失態。それについて無食お前はどう考える?」
無食はピエロの名前だった。そしてこの場には無食以外にも三人の餓鬼がいた。この四人は餓鬼王が抱える餓鬼で最強の餓鬼とされる手練だった。
しかし、だからこそ失敗したことへの王の怒りは強い。
「羅刹様申し訳ありません。この度の不手際、決して許されることではありませんが、今一度、今一度チャンスを頂ければこの汚名を返上してみせます!」
羅刹、それが王の名だった。そして無食が必死に懇願するが。
「チャンスを与えるか与えないか、それを決めるのは我だ。何故貴様如きが我を差し置いてそのようなことを述べる?」
その瞬間、空気が凍りつくのを感じた。無食は殺されると悟った。餓鬼は不死身だが例外はある。それが目の前の王、羅刹だ。羅刹の力にかかればたとえ最強と呼ばれる餓鬼の一人であっても例外なく始末される。そして無食はこの瞬間自分の死を悟り――逃げた。一目散に逃げた。逃げるぐらいなら戻らなければよかった気もするがそれは愚策だった。
戻らなければ羅刹は絶対に許さない。無食はいつ羅刹の手で殺されるか怯えながら暮らさなければいけなくなる。それはゴメンだったが、結局は逃げるという道を選んでしまった。
生涯怯えて暮らし続けるにしても今ここで始末されるよりはマシだと思った。
「愚かな――」
しかし、それもまた悪手であった。幾ら最強の餓鬼の一体と言っても王からすればあまりにも脆弱な存在。逃げたところで無駄なのだ。
だが、それでも無食は逃げる必死に逃げ――
――グシャッ! ドスンッ!
「……え?」
そして無食は死んだ。逃げる途中で何かに潰され、しかも逃げていたはずなのに羅刹の鎮座する広間に潰れた死体が落ちてきた。
「――流石羅刹様は容赦がない……」
「あぁ、なんたる強さ。それこそ我れ餓鬼の王。底しれぬ強さに私の心は、あぁ! あぁ!」
「…………(ガクガクガクガク)」
「…………」
残された三体の餓鬼が三者三様の反応を見せる。
そしてそんな最中、羅刹は。
(あれ? 今、我なにかしたっけ?)
平静を装いながらも一人戸惑っていたのだった――




