第八十九話 美狩と教子
「あ、これとか似合いそう。ちょっと試着してみようよ」
「……こんなのは駄目だ。動きにくいし機能性に欠」
「いやいや、おしゃれなんだから機能性より可愛さだと思わない?」
教子がそんなことを言いながら美狩に似合いそうな服を選んでいた。
今日は日曜で学校が休みとあって、教子は美狩と街に繰り出していた。もっとも美狩は乗り気ではなかったが、本人は似たような服を数着持ってるのみで荷物も本当に必要最低限のものしか持っていなかった。
これでは保護者として放ってはおけないというわけで必要な物を揃えようと一緒に買い物にやってきているわけである。
「美狩ちゃん美人だしおしゃれしないと勿体ないわよ。まだ若いんだし、もっと若者らしく楽しく過ごして欲しいの」
「私には成すべきことがある。そのためにもこのようなところで浮ついている場合ではないのだ」
「本当、そういうところ融通がきかないわね」
美狩のセリフに教子が呆れ顔を見せる。
「勿体ないと思うんだけどなぁ。おしゃれしたら男の子が放っておけないわよ。まぁ今でもかなり興味は持たれてそうだけど」
「そんなものに私は興味がない。それに私は女を捨てたのだ」
「あら、まだ諦めるには早いわよ? 中学生なんてまだまだ成長期なんだから」
教子は美狩の寂しい胸元を見つめながら励ましの言葉を掛けた。美狩の肩がプルプルと震え頬に朱色が差し込む。
「そういう意味ではない! それと余計なおせっかいだ!」
「やだ、ムキになってるってことは気にしてたのね。ごめんね」
「気にしてなどいない! 大体そんな巨大な瘤みたいなものぶら下げていても戦闘において邪魔なだけだ! 必要ない!」
美狩が叫ぶ。正直かなりムキになっている感じはあるが、教子はどこか微笑ましいものを見るような目を向けていた。
「全く。そんなことより、前も聞いたと思うが一体どこまでわかっていたのだ?」
「どこまで?」
「とぼけるな! 私のことを最初から知っていたのだろう? だからこそあのような特殊なクラスにいれたのだ!」
美狩が詰め寄り問いただしてくる。あぁ、と教子は苦笑いだ。
美狩がこのような考えに至ったのは鳳凰院による影響が大きい。たまたまというか偶然というかとにかく美狩と鳳凰院の会話は何故か噛み合うのだ。
そして結果的に教子の受け持つクラスは悪の組織に立ち向かう為に密かに集められた異能集団が集まる特殊なクラスということになってしまったのである。
もっともここまで思い込んだのには、それを信じた美狩の質問を敢えて謎ありげにはぐらかした教子にも責任があるのだが。
「悪いけど、その件はまだ話せないのよ」
「……そうか。フッ気にするな。私とて全てを明かしたわけではないからな」
美狩は大真面目で答えているし実際特殊な力を持っていて餓鬼とかいう化け物と戦い続けていることも事実なのだが、どうしても言動が鳳凰院に重なる感じに見えてしまう。
「さて、話は戻して服よ」
「だから私はそういうのは、むっ! こ、これは……」
服を選ぶのをひたすら拒んでいた美狩だったが、その視線がある一点に向けられた。
「あ、もしかして気に入ったのあったの? どれど――」
教子の表情が固まった。美狩がジッと見ていたのは黒いマントだったからだ。何故ここにこんなマントがとは思ったが、しかし美狩の視線は釘付けだ。
「……これが欲しいの?」
「な、何を言っているのだ! 別に私は欲しいなどと!」
「……買ってもいいわよ」
「な、何! 本当か! い、いやしかし、そのようなことで借りをつくるわけには……」
「何言ってるのよ。これは保護者として当然のことだから子どもはそんなこと気にしないの。ただしこれを買う代わりに私の見立てた服も購入します。それでいいわね?」
「む、むぅ……」
そして結局マントが諦めきれなかったのか美狩は教子の選んだ服も購入してもらうことになった。
とは言えある程度美狩の意思も尊重し動きやすいカジュアルな物がメインとなったが。
そして店を出る二人だが、マントに関しては美狩がつけていきますと即答したのは言うまでもない。
そしてこのままランチにしましょうか、と口にしたその時、美狩のスマフォが鳴った。ちなみにこれも教子が契約し与えたものだ。
最初は美狩も手紙でいいとか、スマフォなどなくても伝書鳩でいいなどといい出した為、忍者か! と突っ込みたくもなったが今はスマフォの基本的な機能ぐらいは使いこなせるようになっている。
「もしもし、うむ、菜乃華か。何? いや今は教子と一緒で、え? 合流? 馬鹿をいえ。前も言ったが私は――」
と、そこまで話したところで教子が美狩のスマフォを取り上げ。
「あ、菜乃華ちゃん? そう先生よ。うん、丁度今お昼でもと思っていたから、わりと近いわね。それじゃあすぐ向かうわね~」
そして通話を終え美狩にスマフォを返す。
「はい。じゃあ合流するわよ」
「待て待て! 何を勝手に!」
「えぇ? でも折角友だちが誘ってくれてるんだしいいじゃない。何か向こうは真弓ちゃんにあと委員長という子も一緒みたいだしね。賑やかな方がランチも楽しいわよ」
「いや、だから私は馴れ合うつもりは……」
「友だちと遊ぶことは別に馴れ合いじゃないわ。大事なことよ。ほら私も一緒なんだから」
「む、むぅ――」
こうして結局美狩と教子は菜乃華や真弓、そして町でバッタリ出会い一緒に遊ぶことになったという委員長とランチを楽しんだ。
「はぁ美味しかった~ね、美狩ちゃん?」
店を出た後、菜乃華が満足気に語り、そして美狩に話を振った。
「食事など必要な栄養分さえ摂取できれば味など関係がないのだ」
美狩の答えはなんとも味気ないものであった。
そのあたりはやはり普段から気を張り詰めているハンターだけあるのか、非常にドライな考え方である。
「でもチョコパフェは美味しそうに食べてたね。好きなのチョコ?」
「そ、それはその、ち、チョコは携行食としてもすぐれているからだな!」
だが、続いての質問に凄く彼女は慌てた。そう、すました態度を取ってはいるがチョコパフェを物欲しそうに見ていたのも事実であり、それを察した教子が頼み、来てしまったものは仕方ない、と零しながら美狩が幸せそうにチョコパフェを頬張っていたのも事実なのである。
「何か私までご馳走になってしまってすみません」
「いいのいいの気にしないで。それにしても郁代の生徒だったなんて世の中狭いものね」
委員長がお礼を言うと、教子は微笑み、意外な繋がりがあったことを喜んだ。
「でも、美狩ちゃんが教子先生と暮らしていたなんてびっくりです」
真弓が興味ありげに言った。美狩は自分からはそういうことを語らない為、教子の元にいることも今はじめて知ったのである。
「色々とあってね。ふふ、妹が出来たみたいで嬉しいけど」
「うん! 美狩ちゃんって可愛いからその気持ちわかるかも!」
「は? か、可愛い! 私がか?」
「あ、わかるかも。何か凄くしっかりしてそうで天然なところもあるのが凄く」
菜乃華と真弓にそう言われて美狩は紅くなっていた。その様子もまた可愛いと思われる要因なのだろう。
美狩は否定しているがしっかり友だちが出来ているようね、と教子もホッとした様子だった。
「さて、これからどうしようか?」
「いや、帰るのだろ?」
そしてランチが終わったことで教子が次の予定を問う。美狩はこのまま帰宅するつもりなようだが。
「え~まだランチが終わったばっかりだよ」
「そうそう。折角の休日なんだしまだ遊び足りないよ」
菜乃華と真弓は不満そうだった。確かに帰るにはまだ早い時間帯と言えるだろう。
「そうかい、なら俺たちに付きあってもらおうか」
「――ッ!」
その時だった。彼女たちを男たちが取り囲んだのは。美狩の目つきが鋭くなり、圧が増す。
「え? 何おじさんたち?」
「ククッ」
菜乃華が問いかけると男の一人が不敵に笑う。
「全員私の側に寄って離れるな! こいつらは人ではない!」
「えぇ? もしかして美狩ちゃんのお友達?」
美狩が危険と判断し叫ぶ。その言動に菜乃華はそういった類の知り合いなのかな? と思ったようだが。
「……菜乃華ちゃん、真弓ちゃん。今は美狩の言うことを聞いて頂戴。後、委員長も――」
しかし、教子はこれがただの痛い妄想集団ではないことを知っている。教師として生徒を危険な目に合わせるわけにはいかない。自分も前に出て関係ない皆が危険な目にあわないようにと周囲を見回したところでハッとした顔を見せる。
「委員長ってのはこのおっぱいのデカい姉ちゃんのことか?」
「「「「なっ!?」」」」
「ひっ、ご、ごめんなさい。私――」
そう、時既に遅し、委員長は既に餓鬼に捕まっていたのだった――
その頃、海渡は虎島や杉崎達と遊び歩いていた。
虎島「最近割と平和だよな」
杉崎「いやいや油断しているとまた委員長が危険な目にあうかも知れないぞ」
虎島・杉崎「て、まさかな~あっはっは」
海渡「う~ん」




