第八十七話 餓鬼殺し
「おら潰れろ! 砕けろ! 男として死ね! 雄として終われ! そのまま――」
「いいかげんにしろこの牝豚がぁあああ!」
相手の股間を蹴りまくる郁代だったが、しかし男は立ち上がり郁代の足も掴んで逆さ吊りにした。
「な、おま、こっちはスカートなのに変な持ち方するなこら!」
「うるせぇ! このアマが! 再生するっていってもなぁ、そこを蹴られればそれなりに痛いんだよ!」
「へへ、全く活きの良い餌共だ」
「こうなったら今日は踊り食いといくか?」
「それは無理だ。おまえたちはもう死ぬ」
餓鬼の三人が好色な笑みを浮かべる。だが般若の女が予告するように言った。さっきまで郁代の様子に戸惑っていたがまたクールな感じを醸し出している。
「あ? 何を言って、へ?」
「な、なんだこりゃ?」
「体が、バラバラに――」
「あいたッ!」
そして三人の体に亀裂が走り、かと思えば肉片となって地面にばら撒かれた。そして郁代が地面に落っこちた。当然そうなる。
「ちょっと、助けてくれたのは感謝するけど、もうちょっと優しくしてよね。いきなりは駄目なのよいきなりは」
「何を言ってるの?」
郁代の言葉に般若の女は小首を傾げる。
「チッ、何をしたかしらねぇが無駄なことを」
すると頭だけの男が口を開いた。普通は当然死ぬ。しかし、首だけになった男たちはまだ喋れるようだった。
「俺らはいくらでも再生できる」
「バラバラになったところですぐに」
「これ、な~んだ?」
頭だけの状態で平然と語る三人。すると般若の女が見せつけるように腕を掲げた。手の中には三つの玉が握られていた。
「な、馬鹿な! そ、それは」
「フッ、そうだ」
「嫌だ、郁代の蹴りで本当にとれたのかしら金玉」
「そう、まさにこれはきんた――ち、違う! 何を言い出すんだ!」
教子がハッとした顔で言った言葉に般若の女が反応しツッコんだ。顔は見えないがどことなく顔を真っ赤にしてそうな気がする。
「コホン、そうだ。これが餓鬼玉だ!」
「あの子、何か格好つかないわね」
立ち上がった郁代が言った。大体この二人のせいなのだが。
「お前たちはこれが体内にある限り再生する。だが、肉体から離れたらその効果は、もう言わなくてもわかるな?」
「ま、待て! やめ――」
しかし、男が全てを語る前に腕を振り餓鬼玉を全て切り裂いた。途端に男たちが絶叫し、その口が永遠に閉ざされた。
「え? ちょ、ちょっと待て。貴方、もしかして殺したの? 流石に殺すのはちょっとまずいんじゃない?」
「あん? 大丈夫だろこんなの。正当防衛正当防衛」
「いやいや、過剰防衛でしょもう」
教子が息絶えた男たちの様子に眉を顰める。郁代はのんきだが、ここまでやってしまうと正当防衛が通じるか微妙なところに思えるが。
「よく見るんだな」
空気を読んだのか般若の女が倒れた男たちを指差しながら言った。教子と郁代が視線を這わせると、男たちの死体がドロドロになって溶けていった。
「うわ、きも」
「これ、どういうこと?」
「言ったはずだ。私は餓鬼殺し。そしてこの連中は人ならざる餓鬼。人の常識の外にいる存在――」
「うわ、これすげーイカくせぇよ。なぁ、もしかしてこれ精ピーじゃね? なぁなぁそうだよなぁ? これピー液だよな?」
「…………」
ドロドロに溶けてなくなっていく餓鬼共だが色といい匂いといい、まさにピーを想像させるものだった。
「確かに臭いわね。いくら溶けると言ってもこんな匂いが残るのは迷惑じゃないかしら?」
「いや、その、それはそのうち全て消えてなくなるから」
「タンパク質に戻るのか?」
「……と、とにかく私の役目は終わった。おまえたちはこのことは忘れて日常に戻るのだな」
郁代の発言を無視し般若の女が踵を返す。
「いやいや、待て待て待て待て。何勝手に話まとめてんだよ。こっちは助けてもらったんだからお礼をしないと」
「……そんなものは必要ない。私は餓鬼殺し。餓鬼を殺すのは当然のこと。ではさらばだ!」
そして般若の女は地面を蹴り大きく跳躍――
「だから待てって!」
「グベッ!」
出来なかった。いや飛んだのだがダッシュで近づいた郁代が足首を掴んだことでべシャッと顔面から地面に落ちることになったのだ。
「本当に格好つかないわね」
「誰のせいよ!」
思わず般若の女が叫ぶ。その時だった。地面に叩きつけられたからかピシッと般若の面に罅が入りパカッと真っ二つに割れた。
「き、キャッ! 顔が!」
「おお、何だお前、超美少女じゃん」
「でも若いわね。大分若いわ」
「や、やめろ見るな!」
「いやいや、もう見えたし。てかそんな隠すことないだろ? すげー整った顔をしているんだから」
「そういう問題ではない! あぁもう! 何なのよあなた達もう! 大体おかしいじゃない! 餓鬼よ餓鬼! 人でない化け物なのよ! それなのに全然怖がらないし、こ、股間とか蹴ってるし! バラバラになってもその状態で喋りだしても全然驚かないし!」
怒涛の勢いで少女が捲し立てた。どうやらずっと二人に思うところがあったらしく仮面が割れたことで一気に爆発したようだ。
「そうは言ってもなぁ。こっちもそれなりに修羅場をくぐってきてるからなぁ」
「それは貴方だけでしょ。サバイバルロストに巻きこまれた~とか大概なんだし、それに比べたら私はそうでもないわよ」
「何言ってんだよ。私らかつては教郁コンビでブイブイいわしてたじゃん」
そんなことを楽しげに語る二人に、目を細める少女だ。厄介な二人に捕まってしまったと思ってるのかも知れない。
「とにかく、私とお前達では住む世界が違うのだ。もう関わるべきじゃない。じゃあなグベッ!」
「だから待てって」
「だから足を掴むな足を!」
再び地面に落とされ、少女は鼻を押さえて涙目だった。
「ねぇ、貴方帰るってどこに? 両親はこのことを知っているの?」
すると教子が少女に問いかける。教師として放っておけなかったのかもしれない。
「……両親はいない。母が餓鬼に殺された。それから私は餓鬼を駆逐することだけを目的に動いている。だから――て、うわっ!」
少女が驚く。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった郁代の顔がすぐそこにあったからだ。
「大変だったんだなあ。お前、大変だったんだなぁ」
「ちょ、顔をこすりつけるな! 鼻水が!」
少女が慌てる。逃れようとしているが郁代が強く抱きしめていてそうもいかない。
「なぁ、お前、年は幾つなんだ?」
「そんなこと関係ないだろう!」
「もしかして、そう見えてすごくお婆ちゃんだったりとか? 140歳ぐらいだったりして」
「な! そんなわけあるか! 14歳だ! あ――」
ついつい年齢を明かしてしまう少女。すると郁代がニヤァっと不敵な笑みを浮かべ。
「よし決めた! 助けられた恩もあるしな! お前のことは今日から面倒見てやる! 教子がな!」
「て、え! わ、私ぃいぃいい!?」
「いや、何を勝手な!」
「いいからいいから任せておけ! 教子は中学の教師だし丁度いいからな! 教子にまかせておけば大丈夫だから!」
「いや、そもそも今の流れでどうして私に?」
「何よあんた。教師なのに行く宛もない少女を放っておくの? 大体うちはワンルームだけど教子は部屋広いだろ?」
「……はぁ、全く貴方は本当に。しょうがないわね」
「いやいや! だから私の話をきけーーーーーー!」
◇◆◇
「え~突然ですが、今日から入ってくる転校生を紹介しますね」
「転校生だって菜乃華ちゃん。私にも後輩が出来るんだね!」
「いや、それ後輩って言うのか?」
菜乃華の通う中学に転校生がやってきた。それに真弓が顔を綻ばせた。ただ、貞春の言うように後輩とは言えないだろう。
「教子先生、男子ですか~女子ですか~?」
菜乃華が質問すると担任の教子が笑顔で女子よと答え、教室が盛り上がる。そして――
「さ、入って」
「……くっ、何でこんなことに」
「もう、いい加減覚悟を決めなさい! ほら!」
そして教子に手を引っ張られておかっぱ頭の少女が入ってきたわけだが。
「はい、それじゃあ自己紹介」
「……私は、鬼滅 美狩 だ。わけあって今日からこのクラスに入ることになったがお前たちと馴れ合うつもりはないからそのつもりでいてくれ――」




