第八十六話 夜の道は危険?
おまたせしました!新章開始です!
「うぃ~ヒック、もう一軒いこ! もう一軒!」
夜の繁華街を妙齢の女性が二人歩いていた。一人は頬が赤らんでいるがまだほろ酔いと言ったところか、しかしもう一人はかなり出来上がっている。
「もう、郁代ってば呑み過ぎじゃない?」
「な~にいってんだよ。たく、これだから教師は真面目でいくないってばさ!」
「いやいや、郁代も教師じゃない全く」
「え~? そうだっけ? へへ、あんたも教師だろ? 教師の教子ってか! ギャハハハ!」
「もう、それの何が面白いのよぉ」
そう言って笑い、郁代が彼女の肩をバンバンっと叩く。ちなみに教子はほろ酔いの方の名前である。
「いいからいいから、いい店知ってんだってば。次の店は私が奢ってやるから、ドンッと! 大胸に揺れたつもりで行こう!」
「大船に乗ったつもりでしょそれを言うなら」
「何を言ってんだ! こんな大きな胸をぶら下げておいてぇーーー!」
「キャー! ちょ! もう貴方だって大きいじゃないもう!」
胸を鷲掴みにされて思わず悲鳴を上げる教子だ。そんなことを言い合いながら郁代の知ってる店に向かう二人だったが――教子がキョロキョロと辺りを見回し。
「郁代、本当にこっちであっているの? 何かだんだん人気のない場所に来てるんだけど……」
確かに既にいい時間でもあり、外灯も少ない路地裏に入り込んでしまっていた。
「大丈夫大丈夫、隠れ家的な店だからぁ、だからぁ、て? あれ? ここどこ?」
「ちょ、もうだから呑み過ぎだってば。全く、何か物騒っぽい場所だし一旦戻ったが方がいいかもね」
郁代がぽかんとした顔で頭にクエスチョンマークが浮かんだように首をひねった。彼女から言い出したことだというのに道がわからなくなるとは教子も苦笑を見せ、とにかく来た道を引き返そうと考えたようだ。
そんな二人に忍び寄る影があった。
「姉ちゃん、どこか探してるのかい?」
「だったら俺達と遊ぼうぜ」
「あぁ、この世のものとも思えないような経験をさせてやるよ」
道に迷ってしまった二人に三人組の男が声をかけてきた。こんな人気のない場所は物騒かも、と教子は考えていたようで、案の定妙な連中が寄ってきたなと嘆息する。
「あん? 何だお前ら? 私達と遊びたいって? ば~か、お前らなんかじゃ役不足だっての」
「郁代ってば、それ意味が違うんだよ?」
「うん? そうだっけ? はは、流石美人教師様だねぇ」
「貴方も、だから教師でしょ。もう」
軽口を叩く郁代を引っ張りながら教子は連中を無視して先に進もうとする。だが、彼らの内二人が正面に回り込んできた。
背後にも一人ついており、狭い路地とあって逃げ場が防がれてしまった。
「もう、ちょっといい加減にしてよ。私達は急いでるの。あまりしつこいと警察を呼ぶわよ」
「警察か、それで何とか出来ると本気で思っているのか?」
「え?」
「こんな夜に、女二人でのこのこ人気のない場所にやってきた不運を恨むんだな」
教子が怪訝そうに眉を顰めた。ただ軽薄なナンパかと思ったが、男たちの雰囲気はそれよりも更に怪しく危ない匂いがする。
「ヒック、お前らいい加減にしとけよ。私達を怒らせたら怖いんだからなぁ。相手みて声かけろよ」
郁代が一旦教子から離れ、しゃっくりしながら連中に警告した。だが構うことなく男の一人が近づいてくる。
「ほう、それは面白い。で? 一体何を見せてくれうというんだ?」
そう言って男の一人が教子の肩を掴んだ、が、その途端腕を捻られ地面に叩きつけられる。
「おお。流石、教子の護身術と言う名の凶器は健全だねぇ」
「もうからかわないの。さ、わかったでしょ? これ以上絡んでもいいことなんてないんだから――」
「なるほど、人間にしては多少やるようだな」
倒れた一人を見下ろしながら連中に警告する教子だが、投げられた男が立ち上がり首をコキコキっと鳴らし妙なことを口にする。
「人間って、何言ってるのかしら? 貴方達は人間じゃないとでも?」
「ククッ」
「ハハッ」
教子の問いかけに、起き上がった男とは別の二人が不敵な笑みを零した。
「そのとおりだ。俺たちは人じゃねぇ」
「……はぁ、全く。悪いんだけど私達、そんな下らない冗談に付き合ってる暇なんて――」
「これでも冗談に見えるかなぁ――」
呆れ顔でため息をつく教子だったが――正面にいた男の口が裂けありえない程の大口を開けた。
「え? う、うそ!」
「ギャハハハ! ビビったか。そうさ、みての通り俺たちは人間じゃない!」
戸惑う教子に向かって男が笑い出し、太くて長い舌で開口した唇を舐め回したわけだが――
「プッ、ププッ、ギャハハハハハ! おいおいマジかよ! 見たかよ教子、くちが、くちが、口が裂けたよ! 口裂け男かよ! 今どき、く、口裂けって、しょ、昭和かよ! ププぅ、駄目だ、腹が捩れるぅ、大体口裂け男って、私ブサイク? とでも聞きたいのかギャハハハハハハハハハ!」
郁代が腹を抱えて笑い出した。膝を突き地面をドンドンっと叩きながらすっかりツボに入っている様子だった。
「呆れた、この状況で笑えるのってあんたぐらいよ」
「て、テメェらふざけんなよ! ぶっ殺す!」
「全く、意味分かんないけど、口が裂けてるぐらい、え?」
口裂け男が叫ぶと、迎え撃つ姿勢を見せる教子。その姿は中々に勇ましいが、口裂け男の口から伸びた舌が教子をグルグル巻きにしてしまう。
「い、いやだ何これ気持ち悪い! ちょ、放しなさい!」
「馬鹿が! 誰が放すか! 随分と調子に乗ってくれたが、このまま餌をしっかり喰わせてもらうぜ!」
「おい、いきなり食欲の方を満たすなよ」
「そうそう。俺たち餓鬼はあらゆる欲を味わう種族なんだからよ」
「わかってるって。へへ、二人共上玉だからな。しっかり味あわせてもら――」
――バシュンッ!
「は? ぎ、ギャァアアァアアア! 俺の舌がぁああぁあああ!」
その時だった。空気を裂くように飛んできた一本のナイフが、長く伸びた舌を切り飛ばし、教子を解放する。
「な、誰だ!」
「――私は、餓鬼を狩る者、人呼んで餓鬼殺し……」
男たちが振り返ると黒衣の人物が姿を見せ、ゆっくりと近づいてきていた。その声は若い女のものであったが顔は般若の面で隠されてしまっている。
「餓鬼殺しだと!」
「俺達の仲間を何人も殺しているってあいつか!」
「がぁああ、ち、畜生俺の、俺の大事な舌がーーーーなんてなぁ」
二人の男が彼女の口にした名称に反応し、そして舌を切られた男は絶叫する、もその舌がみるみるうちに再生していった。
「馬鹿が、俺たち餓鬼は傷つこうがいくらでも再生が可能なんだよ。餓鬼殺しかどうか知らねぇがたった一人でノコノコやってくるとは馬鹿なやつだ」
「全くだ精々後悔させてやる!」
「おっと、捕まえたら仮面を剥ぐのを忘れるなよ。いい女だったら可愛がってやるよ」
下卑た笑みを浮かべる男達。だが、そんな様子にも構うことなく般若の面を被った女が近づいてきて語る。
「相変わらずゲスな連中だ。やはり餓鬼は生かしてはおけない。私の目的は全ての餓鬼を駆逐すること。餓鬼は殺す、見つけて殺す、命乞いしても殺す、追い詰めて容赦なく殺す。それが私の――」
「チェストォオオォオォオオオオオ!」
「ぐぼおぉおぉぉおおおッ!?」
三人の男の意識は完全に近づいてくる彼女に向いており、また餓鬼殺しを名乗る女も、どことなくノリノリで口上を決めていたのだが、そこへ郁代が背後から近づき、男の股間を蹴り上げてしまった。
やられたのは舌を切られた男であり、股間を押さえて蹲ったところへ郁代は更に股間に追撃した。
「オラァ! 舐めた真似しやがって! この糞が! 潰れろ! 死ね! 百億回死ね!」
「出たわね、伝説の鬼の金的」
「えっと、あ、あの、あの――」
郁代の容赦ない攻めに、般若の女も戸惑う始末なのであった――
郁代「はーはっは!金玉は潰す!みたら潰す!容赦なく潰す!」
般若の女「私の決め台詞が……」




