第八十話 海渡の真実
時は少し遡り――
「ようこそいらっしゃいました勇者様」
「え? 俺のこと?」
気がつくと海渡は見知らぬ空間に立たされていた。目の前には白いローブを纏った金髪の美しい女性が立っていた。
「はい、その、私が貴方を召喚させていただきました女神なのです」
「へぇ、本当にこんなことってあるんだなぁ」
勇者と呼ばれた彼はキョロキョロと辺りを見回しながら感想を述べた。意外に冷静だなと思いつつも女神が口を開き。
「あの、お名前をお聞きしても?」
「海渡、伊勢 海渡だね」
海渡が答えると女神がニッコリと微笑み。
「それでは勇者海渡様。その、本題となりますが、実は私に協力して頂きたいのです!」
そう話を切り出した。海渡はそんな女神をまじまじと見ながら反問する。
「協力?」
「はい、実はカクカクシカジカで」
「女神様の管轄する世界で竜が暴れたり帝国がやたらめったら戦争起こしたり、モンスターが溢れたり冥界の皇帝が常世に溢れたり一〇八大魔王が好き勝手してたりする魔境状態だから何とかしてほしいと」
女神からの勇者への願いはこうであった。実はこれ以外にも細かいことを含めると、その異世界には万を超えるほどの問題が山積みだったわけだが流石に全てを説明しきれず主要な問題を話したというわけだったのだが。
「それで、その実は凄く心苦しいのですが」
「何だろ?」
「は、はい! 実はこの手の召喚をする女神や神様は大体召喚した勇者様などに特別な力を与えたりするのですが、わ、私には何もなくて……そのあまり力が強くないと言うか、召喚するだけで結構な力を消費してしまうぐらいでして。ですので、本当に最低限の援助だけでいつ死ぬかもわからないような世界に送らねばいけないのです! ご、ごめんなさい!」
「何かいきなり謝られた」
腰の低い女神だなというのが海渡の第一印象であった。
「勿論送った先で勇者様がしっかり生き残れるように、剣の師匠は用意してあります。かなり厳しい修行になるかとは思いますがどうか!」
女神がペコペコと頭を下げてお願いしてくる。その姿を見つめつつ海渡が問う。
「う~ん、地球には戻れるの?」
「そ、それは勿論! 今断っても戻すことになりますが、ですが全てが片付いた後でも確実に!」
そこまで言って女神はハッ、とした顔になった。またやってしまったとも思ってしまった。こんなことを言えば当然断られ元の世界に戻してほしいと言われるに決まっているからだ。
「ふ~ん、ならまぁいいかな」
「あぁ、やっぱりそうですよね。こんな条件で引き受ける方なんて……え! あの、今何と?」
「まぁいいかなって」
「え、ええええぇええ! ほ、本当ですか! 本当に異世界に行ってくれるのですか!」
「そうだけど嫌だった?」
「そんなことはありません! うぅ良かったです。これまで100万9999人の勇者様にお願いして全て断られていて、これが101万人目で、これも断られたらいよいよどうしようかと」
「100万人に断られた時点でもう少し危機感もった方がよくないかなぁ」
中々根気強い女神かとも思った同時にちょっと天然なのかな? とも思った海渡。なにせ今の流れで言うと、この女神100万9999人にもうっかり断っても戻すと明かしてしまったことになる。とても要領が悪い。もっともいい意味で言えばとても素直とも言えるかも知れないが。
「ですが、お願いしておいて何ですが本当に宜しいので?」
「う~んそうだね。昔近所のお姉さんのお父さんの従兄弟の婆ちゃんの家の隣に住んでいた長老とよばれている人が、昔勇者だったらしくて、もし女神様に召喚されるようなことがあって困っていたら助けてあげなさいと言っていたからね」
「は、はぁ……」
海渡の返答に女神は何と答えてよいかわからない顔を見せた。地球式の冗談なのかな? とも思ったわけだが。
何はともあれこうして海渡は女神の手で異世界に送られ、そこで剣の師匠から教えを受けることになるのだが。
「お、おい! 何だあの勇者とかいうの! とんでもないぞ! たった1日で俺の技を全て模倣した上、より進化させやがった!」
「え?」
勇者の指導をお願いした剣の師匠は既に引退していたが元はSランクの冒険者であった。指導が厳しいことでも有名でそう簡単に弟子を認めたりしない男でもあった。故に勇者は数年の修行を余儀なくされるだろうと思ったわけだが、実際は1日で彼が教えるものがないどころか逆に教えてほしいぐらいにまで成長したという。
「なんでも再従兄弟の隣のおじさんの妹の旦那の兄の義理の弟がプロのものまね師だったとかよくわかんねぇこと言っていたけど、他にもじいちゃんのじいちゃんの友だちの妹の親戚の師匠が西洋剣術のマスターだったとか、そんなことを言ってあっさり超えていきやがったんだよ俺を。一体何者なんだあいつは!」
そう、そこで初めて女神は自分が召喚した勇者がとんでもない存在だったのでは? と思い始めその後も海渡は賢者より凄い孫の魔法をマスターした上でオリジナル魔法を作ってみたり神の修行を難なくこなして恐れられたりしてきたわけであり――
◇◆◇
「お前は俺の魔眼でステータスを破壊された筈だ! なのになぜ!」
「う~ん、昔幼稚園の保母さんのお父さんの弟の初恋の人のお爺ちゃんが、もしこれから先ステータスを手に入れることがあってもそれに慢心してはいけない、ステータス以上に鍛え上げステータスそのものを超えていかねばステータスを破壊するような奴に襲われた時に苦労するから、といって色々と伝授してくれたからかな?」
「ふ、ふざけるな!」
海渡が怒りの滲んだ質問に答えるとアイズが吠えた。海渡の言っていることが無茶苦茶すぎると思ったのだろう。
「……まさかこんな時に冗談を言うとは、あまりおもしろくないけどね」
そのやり取りと見ていた神が不機嫌そうに言う。だが海渡は小首をかしげ。
「俺、冗談とか苦手なんだけどなぁ」
「それは、まぁ見ていればわかるさ」
呆れ顔で神が言葉を返した。その光景を大人しく見ていた女神だったが。
「プッ、クスクス、ははは! もうおかしい!」
柱に縛られたまま笑い出した。もし自由に動けたなら腹を抱えて笑っていたかも知れないほどの様相であった。
「……何がそんなにおかしいのかな?」
「それはおかしいわよ。ま、でも仕方ないわよね。私も最初はそれが冗談でも嘘でもないだなんて思わなかったもの」
「……冗談でも、嘘でも、ない?」
「そうよ! 勇者様は私に初めて会った時も、そして今に至っても全て真実を語っているのよ! そう、敢えて言うなら勇者様は凄く顔が広くて、しかもとんでもない能力を持った知り合いが多いということなのよ!」
「は?」
これには神も驚きを隠せない様子だった。しかし、事実なのだ。そうデスゲームに巻き込まれた時に何故そんな力が? の質問に答えていたことにしても、ごまかすためについたその場しのぎの嘘などではなく全てが真実。しかもその誰もが海渡に力を伝授していた、それこそが海渡の真の強さの秘密なのである。
「俺、好奇心は旺盛なほうなんだよね」
海渡が言う。そんな海渡に、流石勇者様、と女神が褒め称えた。
「ふん、何かと思えば。それがどうした! 所詮は辺鄙な星で手にした技術! この俺様は三つ目族のエリートだ! 田舎育ちの下級勇者なんかに負けてたまるか!」
だがアイズはそんなこと知ったことかと叫んだ後、その体が灼熱のような色に変化し。
「見たか! これが俺のスキル、憤怒の魔神! この状態の俺は通常状態の100倍強い! 貴様など一撃で――」
「て、結局お前がスキルに頼ってんだろうがぁあアァあアァッ!」
「グボラァアアアァアアアァアアア!」
しかし、得意になるアイズに海渡の激しいツッコミが炸裂。その激しさ故にアイズの身はあっさりと消し飛んでしまったのだった――




