第七十九話 最強のプレイヤー
「やったやった! 流石勇者様です! へへ~ん、や~いや~い、見たか! 私の勇者様は最強なんだからね! ば~かば~か」
海渡が一人目のプレイヤーを倒したことで、柱に縛められている女神が喜色満面で海渡を讃え相手の神に向けて悪口を言った。しかし何とも安直なそしりであり女神としての威厳などまるで感じられない。
「……全くまるで子どもだね」
「な! 私のどこが子どもだっていうのよ! うぅぅうぅううううう!」
プンスカプンと怒る女神は可愛げはあるが、子ども扱いされても仕方ない言動であった。
「そもそもこの程度で調子にのってもらっても困るかな。オニックは僕が用意した三人の中では最弱だし」
「よく聞くやつだそれ」
海渡が何かを思い出すように言った。そう、海渡は女神に頼まれて暫く異世界で暮らしていたが、そのときにもやれ四天王最弱やら、やれ五将軍最弱やら、やれ一〇八魔王中最弱やらが出てきたものである。
「とにかく、次のプレイヤーだ。いでよ――」
そして神が指を鳴らすと再び扉が出現し開き、中からローブを纏った骸骨が現れた。
「この骨はとある世界で大魔王だった男でね。圧倒的な魔力を誇る不死の魔王なのさ」
「死なないのにプレイヤーになれたの?」
「……ふふ、彼に関しては自ら僕のコレクションに加わってくれたのさ」
「カタカタ、その方が面白そうだったからな。実際様々な世界で遊ばせてもらい随分と魂を食らわせてもらった」
顎骨を打ち鳴らしその大魔王とやらが言う。
「さて、それでは始めてもらおうかな」
「カタカタ、貴様の魂は中々旨そうだ。早速いただこう【ソウルイータ】――」
その瞬間だった海渡が何かに食われたのは。それは形容しがたい姿をした異形だった。大凡生物とは言えないような形状で、不気味に蠢く何かだが口らしきものがあることだけは判別できる。
「カタカタ、あまりに呆気なかったな。我が得たスキルがこれよ。あらゆる魂を瞬時に喰らい我が糧とする。さぁ、来るぞ我が身に染み渡る魂の力」
――パァアァアアァアアン!
大魔王は砕け散った砕け散った砕け散った砕け散った!
そう砕け散った。そして醜悪な異形も消え去りそこには無傷な海渡がポリポリと頬を掻きながら立っていた。
「何だったんだこいつ」
「ふ、ふふ。まさかここまでとはね。あらゆる世界の魂を散々喰らってきた大魔王がお前の魂を喰おうとしただけで砕け散るとは……ふふ」
「何か顔ひきつってない?」
海渡が問うように言った。確かに神の頬がピクピクと波打っていた。余裕ある素振りを見せるがところどころ焦りが見え隠れしている。
「ベロベロバァ~勇者様の高貴な魂を食べようとするのが間違いなんですぅ~! 勇者様の魂なんて食べたらお腹壊すに決まってるじゃない。そんなこともわからないんですか~ですかー」
唇を尖らせてここぞとばかりに目の前の神を罵倒する女神であり、神が鬱陶しそうに目を細めた。
「というか今の褒められてるのか貶されてるのか」
自分の魂を食ったから腹を壊して死んだとは海渡としては微妙な話であった。
「……まぁいいさ。ここまでは所詮は小手調べ。最後の一人こそが本番なのさ」
神がそう嘯いた。海渡としては準備運動にすらなってないので小手調べなどと言われても困るが。
「いでよ第三のプレイヤー――アイズ」
神がパチンッと指を鳴らすと、三つ目の扉が出現し、中から黒髪の少年が姿を見せた。鋭角な瞳と三白眼。一見すると人と変わらないが決定的な違いとして額に第三の瞳があった。
「この少年は、とある世界の禁断の三つ目族でね。勿論私が保管している中で最強のプレイヤーでもある」
「ふん、こいつが俺の相手か。どうせこいつもスキルで調子に乗ってるんだろう?」
三つ目族の少年は随分と挑発的な態度で接してきた。
「さて、ここで僕が一つ予想してあげよう。海渡、君は彼の前で成すすべもなく敗北する」
にこにこと裏がありそうな笑みを浮かべながら神が宣言した。どうやらそれほどまでに自信があるプレイヤーのようだ。
「何言ってるんだか。神も往生際が悪いわね! 勇者様は最強なのよ! どうして最下級女神の私の前に現れてくれたかわからないぐらいな奇跡的な強さなんだから!」
「言ってて虚しくない?」
思わず海渡がツッコんだ。とは言え女神としてはそれだけ海渡に期待をしているということである。
「まぁいいや。時間をかけてるのも面倒になってきたし始めようよ」
「フンッ、お前みたいな連中は無駄に自信がある。そんな奴らが悔しがる表情を見るのが俺にとってたまらないのさ」
アイズが言う。かなりの自信が感じられた。どうやらこれまでの二人とは確かに違うようであり。
「それでは始めてもらおう」
「これで終わりだ!」
神が試合開始の合図を行うと同時にアイズの額の目が光り、かと思えば海渡の背後で何かが砕けた。
「うん?」
「どこみてるんだよ!」
海渡が小首を傾げるとアイズが瞬時に脇に移動し蹴りを叩き込んだ。海渡が吹っ飛んでいく。
「え? ゆ、勇者様!?」
「まだまだだぁあぁああ!」
アイズが飛んでいく海渡に追いつき下に潜り込み蹴り上げた。宮殿の天井は恐ろしく高いがその頂上付近までアイズが飛び上がりやってきた海渡を両手をハンマーのようにして叩きつけた。
――ドゴォオオオォオオォオオオオン!
海渡が床に叩きつけられ舞い上がった煙で見えなくなる。
「ハハッ終わったな。所詮ステータスやスキルに頼ってる紛い物。俺が負けるわけがない」
「え? ど、どういうこと?」
「ふふ、そういうことさ。言い忘れていたけどアイズはある意味で彼と同じ。僕の与えたステータスやスキルに頼らずにゲームで生き残ったプレイヤーなのさ」
「え? え?」
女神が戸惑う。そんな様子を愉快そうに眺めながら神が続けた。
「アイズは魔眼の力を有する三つ目族の中でも特に稀有な目の持ち主なのさ。その名は幻滅眼。幻想を滅する瞳とも呼ばれていてね。あらゆるステータスやスキルはその瞳の力で消滅させられる。異世界で彼も随分と強くなったようだけど、それだってステータスやスキルありきのことだろう? それが消滅すればいくら勇者といってもただの人さ」
「そ、そんなこと――」
女神が俯きその肩がプルプルと震えた。
「全くあんたが俺に相手させるぐらいだからどんなものかと思えば、幻滅もいいとこだぜ。あんた本当にこんな奴をコレクションに加えたかったのか?」
「はは、実を言うとそんなことはどうでも良かったのさ。僕のゲームの邪魔になりそうな馬鹿に思い知らせたかったというのが本音だ。あと最下級の女神の分際で調子に乗っている女神にもね」
そう言ってクククッ、と笑い湯悦に浸る。その時だった。
「随分といい性格しているんだなあんた」
「……何?」
「なッ! 馬鹿な!」
海渡の声が届き、神が眉を顰めアイズが驚愕の声を発した。煙が晴れ、そこにはコキコキと首を鳴らす海渡の姿。
「やれやれ好き勝手言ってくれてるけど、次は俺のターンってことでいいのかな?」




