第七十話 モンスターが溢れ――
おまたせいたしました!第五章モンスターがあふれた世界編のスタートです!
今回の章はちょっと長くなるかもしれませんが……
男は世界を見下ろしていた。視界一面に広がる広漠とした腐海。存在するのは大量のモンスターのみ。
かつてはこの世界にも人間がいた。エルフやドワーフと言った種族もいた。勇者や魔王もいたことがある。
だが今となっては見る影もない。帝国や王国といったものは全て滅んだ。いや、この男が滅ぼしたと言っても良いだろう。
その男はある意味では神に近い存在だった。魔王と呼ばれてもおかしくないとも言えた。彼はこの世界にモンスターを増殖させた存在だった。
そして大切に育ててきた。モンスターと――この世界を滅した。彼にとって必要なのは破滅だった。破滅こそが彼の全てだった。そのためにモンスターを利用した。彼が破滅させたのはこれが初めてではなかった。
これまでも幾つもの世界を渡り歩き、モンスターを植え付け育て増やし世界を滅した。元々モンスターのいた世界などもあったが、特殊な寄生モンスターを放ち我がものとした上で滅ぼしたりもした。
それが彼の全てだった。彼の生きがいであり彼の存在意義であった。
「ふふ、よく育ってくれたね」
世界に溢れたモンスターを満足気に眺めながら、彼はそう呟いた。ローブのフードを目深に被り、口元だけで笑みを深める。
「それにしても、半年かぁ。随分と脆かったなぁこの世界は――」
顎を擦り、若干物足りなさそうな声を漏らす。半年前には数多の種族が溢れた世界だった。そこにモンスターを移動させ、数多のダンジョンも生み出した。
それが彼のやり方だった。彼は破滅させることが好きだったが、ただ闇雲に世界を蹂躙するやり方は好まなかった。これは彼にとっては一つのゲームでもあった。世界を賭けたデスゲームと呼んでもいい。
ならばそれなりのルールは必要だ。ゲームマスターである自分だけ有利なゲームなど面白くも何とも無い。だからダンジョンも出現させる。
ダンジョンにはお宝も用意する。世界によってはついでにスキルやステータスなんてものを授けることがあった。そうやって世界にも藻掻いてもらわなければ面白くない。
そして世界を渡り歩く彼は今のところ全勝中だった。どれぐらいの世界にモンスターを溢れさせ、破滅させたか、1万から先は覚えていないが彼が今ここにいることが不敗の証明だった。
「さて、終わった世界にいつまでもいても仕方がないね。そろそろ次の世界に向かわないと」
そう言って手を掲げると空間に画面のようなものが広がった。それを思念で操作し次の世界を設定する。
「既に決めているんだよね。最近面白くなったという辺境の世界。地球だったかな。何か手強そうだという話だし、そこならこの世界よりは楽しめるかなぁ」
そして画面を地球の映像に切り替えた。広がるは日本の町並みだった。
「随分とゴミゴミとした世界だね。ふむ、魔法もステータスも多くの人には浸透してないんだね。なんだいこれ? こんな世界、そのままじゃイージーモードすぎるじゃないか。やれやれしょうがないな。でも、それはそれで面白いかな。ステータスを持たなかったような連中が持つとそれはそれで面白いことが起きる」
独りごちほくそ笑む。これまでにも特別な力を持たない世界というのは存在した。そういった世界にステータスを与えると最初はモンスターやダンジョンの出現に絶望し、だがステータスの使い方を知ると希望を見出し、かと思えば世界の種族同士で争いだす。
そして最後には自滅するのだ。その様子も彼にとっては格別なものであり、そういった愚かな種族の姿を見るのも楽しみの一つだった。
「ふむ、女の子のレベルは世界の中でもかなり高そうだねぇ。この佐藤委員長って娘は胸も大きいしゴブリンやオークが喜びそうだ」
ふと画面に映った少女を眺めながら男が言う。ゴブリンやオークは多種族の牝を利用して繁殖する。しかもあれで意外と面食いだ。
「ふふ、色々と楽しくなりそうだね。さぁ始めようか――」
そして男が両手を掲げると世界のあちことに巨大な魔法陣が浮かび上がっていった。世界を超える時空転送の魔法陣だ。
これで一斉に地球へモンスターを送り込む。きっと向こうの人間どもは大騒ぎになるだろう。科学というのがある程度発展している世界だ。
世界中の軍も動き出すし核兵器も飛び交うかも知れない。だが問題はなかった。なぜなら地球よりも発展した世界などこれまで幾つもあったからだ。地球の核兵器の全て総動員した威力を豆鉄砲みたいな兵器で軽々と放つ世界だってあった。
だがそんな世界ですら彼の放つモンスターの前では無力だった。地球を照らす太陽の100京倍のエネルギーと熱量を誇る太陽を自在に操る英雄のいた世界すら滅ぼした。それと比べたら地球の科学力など吹けば消し飛ぶ程度のものでしかない。
「時は来た――」
恍惚な表情を浮かべ男が呟く。いつでもそうだった。新たな世界にモンスターを送る時はいつだって気分が高揚し嬉しくなる。その先の滅亡を思うと、それに必死に抗おうとする人類を思うと、震えるほどの快感に酔いしれてしまう。
「さようなら滅んだ世界。こんにちは――地球」
そして今まさに、男の手でモンスターたちが転移されようとしたその時だった。
――パリィイイィイイイイイイイン!
魔法陣が一斉に――割れた。男の口元に変化。その直後である。視界が紫色の炎に染まり、世界に溢れていたモンスターがあっという間に燃やし尽くされてしまった。
「…………は?」
その光景に思わず男は間の抜けた声を発してしまう。そして呆然と立ち付くす。一体何が起きたのか理解が出来ずにいた。
あれだけ多くいたモンスターが全て燃え尽きてしまっている。いや、正確には上空に一匹だけ残ったモンスターがいた。だがそれは男も知る由もない一匹の竜だった。
『……またつまらぬものを燃やしてしまった』
「つまらなかった? ごめんね」
『いや、そうではない。なんとなく言ってみたかっただけだ。我を頼ってくれて嬉しいぞ勇者よ』
「そう。それならよかった。ありがとうねヘルバーン」
『うむ、またいつでも呼ぶがいい』
そして紫色の鱗が特徴の巨大な竜が消え去った。後に残った少年に男は体を向ける。
「……何だおまえは?」
「海渡さ。地球人のね」
そう海渡が答えると、ローブの男がフッと微笑し。
「なるほど。なぜあんな辺境の星が噂になっているかと少々不思議だったけど、お前がいるからなんだねぇ」
「噂? それはよくわかんないけどね」
「勇者と呼ばれていたが、なるほど、それなりの力はあるようだね。だけど、お前は一つミスをおかした」
「ミス?」
男に言われ海渡は小首をかしげる。すると男は両手を広げ。
「私が用意したモンスターはやろうと思えば幾らでも蘇生できるのさ」
「ん~? 無理だと思うけどなぁ」
「なるほど。あれだけの竜だ。きっと魂すらも消滅する炎程度は吐いていたのだろう。だが甘い。私はそこにいたという事実があればいくらでも蘇生出来るのさ。消失の蘇生」
男が何やら魔法を行使した。翳した手が輝いたかと思えは世界を灰色の光が覆った。
「さぁ、これで再びモンスターが……モンスターが……は?」
しかし、男の目論見は見事に外れた。なぜなら光が収まった後も世界には何も現れなかったからだ。焼かれたモンスターなど一匹も蘇生していない。
「な、なぜだ! なぜ私のモンスターが!」
「そりゃヘルバーンはやろうと思えば存在したという概念ごと焼き尽くすからね」
「な、ん、だと?」
事も無げに語る海渡であるが、聞いていた男は唖然とした様子を見せていた。
「ば、馬鹿なことを。ありえない。現にモンスターの記憶は記憶は――」
しかしそこで男の動きが止まった。頭を悩ませ必死にモンスターについて思い出そうとした。だが無駄なことだ。ヘルバーンによってこの男が使役したモンスターがいたという事実も焼き尽くされている。
「こんな、こと、が、ふ、ふざけるなぁああぁあああぁああ!」
男が憤る。涙さえ流している様子だった。この男とて最初からこれだけのモンスターが扱えたわけではない。
最初はゴブリン一匹やスライム一匹から始めたはずなのだ。それを地道に続けてここまで来た。掛かった年月も途方も無いほどだ。
それが一瞬で消え去った。その悲しみはきっと相当なものなのだろう。
「貴様、私が、私がこれだけのモンスターを集め育てるのにどれだけの時間を掛けたと!」
「そう言われてもね。自分の星を滅ぼそうなんて考えてる奴に容赦する必要なくない?」
海渡のいうことはもっともだった。放っておけば世界中にモンスターが溢れてとんでもない被害が出ていたのだから、殲滅できる力があるなら振るわない理由がない。
「黙れ黙れ黙れーーーー!」
すると男の体がどんどんと膨張していき、様々なモンスターが組み合わさった巨大な存在に成り果てた。
「お前のミスは、モンスターを操るこの私が、使役しているモンスターより遥かに強いのだということを考慮していなかったことだ! この状態の私の拳はあらゆる物を破壊する! 死ねぇ!」
すっかり化物となった男が拳を繰り出す。一方海渡は。
「ホイッ」
――ピンッ。
「グボォオオォオオ――」
デコピンだった。指をピンっと弾いただけで男は空高く飛んでいき砕け散った砕け散った砕け散った砕け散った!
男は自らがモンスターより強いと豪語していたが、ならばこう考えるべきだった。滅炎竜ヘルバーンを軽々と召喚した海渡は、勿論ヘルバーンより遥かに強いのだということを。
「うん、ま、夕食前の運動にはちょっと物足りなかったけど、まぁいっか」
そして海渡は自分の部屋へと戻っていった。こうして人知れず地球と委員長の操は守られたのだった――
◇◆◇
黒瀬 帝は完璧だった。もう言うまでもなく完璧だった。そんな黒瀬は犬の扱いも完璧だった。プロのブリーダーが舌を巻くほどに完璧だった。
そんな黒瀬は勿論犬の散歩も完璧だった。今日も愛犬のチワワのキングと散歩していた。
散歩中、キングはウンチをした。だが完璧な黒瀬は犬のウンチの処理も完璧だった。袋を取り出しトングも準備する。とあるスターがハンバーガー一つ食べる姿をとってもかっこいいと称賛される程に、黒瀬の所作も完璧かつ優雅だった。
その時だった。正面から海渡が歩いてくるのが見えた。思えば今回は妙に出番が早い気がして嬉しい気もするが、しかしそれでも許せないと思った生かしてはおけないと思った。
そしてこれはチャンスだと思った。作戦はこうだ! 先ずキングをけしかけ海渡の脚にシッコをかけてもらう。その隙に懐に飛び込みキングのフンを嗅がせる。その匂いで海渡は死ぬ。
作戦は完璧だった。だがその前に黒瀬はいつもどおりコインを弾いた。くるくると回転して運命のコインが落ちてくる。
「キャンキャン!」
「あ――」
だが黒瀬がコインを弾いたことで遊んでもらえると思ったのか、キングがじゃれついてきた。その影響でコインを掴みそこね、結果フンの中にコインが埋もれてしまう。しかもコインは見事に立ち上がっていてどちらかわからない。
「あれ黒瀬? 犬の散歩?」
「……うん。毎朝の日課なんだ」
「そうなんだ。可愛いな。なんて名前?」
「キング」
「そっかキングよしよし。ところで、何かコインが……」
「大丈夫。ちゃんと拾うから」
「そ、そうか……じゃあまたね」
「うん、またね」
こうして結局黒瀬は海渡と世間話しただけで何もせず、犬の糞を処理しコインを回収して帰るのだった。だが負けるな黒瀬! 犬の糞をしっかり処理するのは偉いぞ!
この章はこれで終わりです。
いははやかなり長くなってしまいました(汗)
次からは新章となります!
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