第六十四話 最強の証明
「何が普通の高校生だ、ふざけやがって。しかし俺ら餓鬼のことまで知られた以上、やはり生かして返すわけにはいかね~な」
「……この状況でどの口がそれを言うのか」
牙を剥き出しにそんなことを語る我鬼に、海渡も呆れ顔だった。現状、追い詰められているのはどうみても海渡ではなく我鬼である。
「この状況か、カカッ。確かに俺はお前に散々コケにされた。腕も足もいろんなもんが切られ壊されもがれた。だが、その度に俺は再生した。テメェも知っての通り俺は不死身だ」
「……そうみたいだね。餓鬼魂ってのがその要因か」
海渡が言う。我鬼は海渡にどれだけ致命的攻撃を受けても再生してみせた。
「そうだ。しかも餓鬼魂そのものが破壊されることはねぇ。つまり俺は何度でも再生できる。そして!」
我鬼が距離を詰めて海渡に攻撃を振るう。刹那、頭部がグシャッと潰れた。倒れるが、しかし頭も再生したかと思えばすぐに命を奪いにまた攻めてくる。海渡はその度に返り討ちにしてみせた。
「ケッ、まだ駄目か」
「随分としつこいな」
「あぁ、そうさ。俺はしつこい。だが、そろそろお前も気づいてきたか? 俺の変化に?」
「変化ねぇ。例えばお前の動きがだんだんと速くなっていることとかか?」
海渡が答えると、我鬼がニィっと不敵に笑ってみせた。
「ご名答! そして餓鬼魂は相手の強さを記憶し、それにあわせて再生時に細胞が強化される。確かにお前は強い。認めてやるよ。だが、それも最初だけだ。いずれ再生を続けた俺が勝つ! それが餓鬼の強さだ。あらゆる欲望に飢えている餓鬼は強さにも貪欲ってことさ! より強いものは大歓迎! お前なら殺しそこねた警察なんかよりずっと楽しそうだ!」
そう語り、ケタケタと笑い声を上げる。
「……そんな理由で警察に動画を送って挑発したのか?」
「ま、あれはお前が匿ってるあいつらにも国家権力がどれだけ脆弱で役立たずか知らしめるためだったけどな。そういえばどうやったか知らねぇがそれもテメェに邪魔されたんだったな。全くそれはそれで惜しいことをしたぜ」
自陣満々に語る我鬼に海渡は肩を竦め。
「国家権力が脆弱だって? 随分な自信だな」
「当然だ。俺たち餓鬼は最強の種族だ。お前も知ってるだろう? 世間では妖怪としても名が知れてる。ま、あれは俺らからすれば不完全な話でしかないが、この俺に掛かれば警察だろうが自衛隊だろうが、何なら軍隊だろうが余裕でぶっ殺せる。最強だからな」
「ふ~ん……」
特に強がりや誇張ではなく、我鬼本人は本気でそう思っているようだった。それを聞き届けた海渡は一考し。
「そこまで言うならちょっと試してみようか」
「は? 試す? 何を言ってんだ?」
直後だった。海渡が指を鳴らし、かと思えばどこかのジャングルみたいなところに我鬼とその仲間たちが立っていた。
「……は?」
「え? あれ、俺たちどうして?」
「確かさっきまで廃工場に、あれ?」
突然なされた景色の変化に我鬼が面を食らったような顔を見せ、仲間たちも動揺する。
「あぁ、悪餓鬼のメンバーはおまけだよ。武器もそのまま使えばいい」
「は? な、何で空に! テメェどういうつもりだ!」
海渡は空中に浮かんでいた。我鬼がその姿を見上げ怒鳴り散らす。
「お前ら、最強なんだろう? だったら証明してみろよ。ほら、最初の相手は古代の覇者の恐竜たちだぞ」
「……は?」
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
その時だった、空気を震わす咆哮が聞こえたかと思えば、木々をなぎ倒しながら巨大な恐竜達が姿を見せた。
「ひ、ひいぃいい! あれ、ティラノサウルスだぞ!」
「じょ、冗談じゃねぇ逃げろ!」
「あ、馬鹿! 何を勝手に!」
姿を見せた恐竜に恐れをなし仲間の何人かが逃げ出した、が、瞬間突撃してきたトリケラトプスに轢かれ肉片となった。
「な、あっさり死にすぎだろテメェら!」
「ひ、ひぃいいいいい!」
直後残った仲間たちがティラノサウルスによってバクバクと喰われていく。仲間の血肉が雨のように降り注ぎ、我鬼がぎりりと歯牙を噛みしめるが。
「上等だ! 恐竜だろうがなんだろうがぶっ倒してやるよ!」
そういって先ずトリケラトプスに立ち向かうが、その突進によって弾き飛ばされ空中に投げ出されたところでティラノサウルスが頭から噛み付いた。更にもう一匹のティラノザウルスが腰に噛みつく。
「あ、ぎいぃいいいい! 畜生、放せ、放しやが、ガァアアアアアアア!」
ブチブチと体が引きちぎられ、結局我鬼も恐竜の餌食となった。するとまた場面が代わり、今度は広い平野に投げ出される。
「ハッ! な、何だこれ?」
「やれやれ、最強だ何だと言っていたわりに恐竜には負けるんだね」
「な、何だと!」
我鬼が見上げるとまたも海渡は空中にいた。
「て、テメェ下りてきやがれ!」
「何をそんなに怒っているのか。お前が最強だっていうからそれを証明させてやろうと思ったのに。さて、次の相手は原始人だ。今度こそ最強だって証明して見せてよ」
「げ、原始人?」
「ヘッド! 妙な毛皮を着た連中がこっちに向かってきます!」
「何?」
「「「「「「「「「「うほほほほほほほほっほおおおおおいいぃいいい!」」」」」」」」」」
いつのまにか現れた大量の原始人が我鬼と仲間たちへと向かってきていた。それぞれ棍棒やら石斧やら石槍などを手にしている。
「ど、どうするんですか!」
「ビビるな! 相手は所詮知恵もない原始人だ。お前らの武器で撃ちまくれ!」
我鬼に言われ、チームのメンバーが銃で応戦。それによって倒れた原始人もいたが過去に存在した原始人は存外肉体が丈夫だった。数の差もある。結局取り囲まれ仲間は全身滅多打ちにされ死亡し。
「ち、畜生がテメェなんかに負けるかぁあああ!」
我鬼だけは暫く抗うが、しかし、結局数の暴力によって腕が飛び足が飛び、最終的には原始人にボコボコにされ肉片と成り果てた。
そしてまた舞台が変わる。
「こ、今度はなんだ?」
「戦国時代がベースだ。ねぇ、最強ならそろそろ証明してよ」
「ざ、ざけんな! 武士なんかに負けてたまるか」
「「「「「「「「「「うぉおおおぉおおおおぉおおおぉおおおおお!」」」」」」」」」」
嘯く我鬼だったが、鬨の声が響き渡り、10万を軽く超える軍勢が一斉にせめて来たことで目の色が変わった。だが、戦国時代ならこれぐらいの人数は特に珍しくもない。そして最強を名乗るならこれぐらい倒せてなんぼなのだが――仲間は勿論、我鬼も四肢を切られ首を刎ねられ結局また負けた。
その次は近世の軍との戦いだったが、大砲の登場、しかもそれが大量にとあってあっさり吹き飛ばされた。
「はぁ、はぁ、ちくしょうが……」
「情けないな。さっきから負けっぱなしだろお前」
「て、てめぇ……」
「まぁいいや。次はいよいよ現代。相手は警察官。お前が随分と自信を持ってた相手だよ」
「は? カカッ、馬鹿が警官になんて負けるかよ!」
直後、悪餓鬼の面々と我鬼が警官に取り囲まれた。
「カカッ、出たか国家の犬ども! いいか俺らは」
「撃てぇえええぇええええ!」
得意満面で語りだす我鬼だが、問答無用で警官たちが発砲した。それは実弾ではなかったが強化ゴム弾でありこれはこれでダメージは大きい。我鬼は勘違いしていた。
確かに日本の警官は犯罪者だろうとそう簡単に命を奪おうとしないが、非殺傷能力を持つ武器が手ぬるいなんてことはない。
更に網に絡め取られ電流を受け、催涙ガスや閃光弾のコンボで全員地面を転げ回った。
「畜生! 目がぁ! 目がぁ!」
「今回は特別に続いて自衛隊とも戦ってもらうよ」
「あぁああ、な、なに?」
直後自衛隊と入れ替わり、戦車や機関銃を一斉に受け、そして彼らは敗北した。
「はぁ、はぁ、ち、くしょう、なんだってんだ糞が!」
「おいおい、本当負けてばっかじゃないか。最強が聞いて呆れる」
海渡がやれやれと両手を広げてみせた。
「ふ、ふざけんな! お、俺は最強なんだ! くそが!」
「そう。なら次の相手に勝てたらそれでもいいよ」
「上等だ! もうやり口はわかったぜ! どんな相手でも相手してやるよ!」
「そう。じゃあ次は、誰もが知っている地上最強の軍隊だ」
海渡がそう言った瞬間。彼らは島に立っていた。そして海からは空母が空には戦闘機が。地上には戦車の大群が容赦ない総攻撃を仕掛けてきた。我鬼は破れた。何かする暇すら与えられずにだ。
「これで、今のところ全敗だな。身の程を少しは理解できたかい?」
再び場面が代わり、広い大地に彼らは立たされていた。今度は海渡も地面に降り立っている。
「て、テメェクソ野郎が!」
海渡に気が付き我鬼が掴みかかってきた。だが、それを海渡はひらりひらりと避ける。
「お、おい、今度は何なんだよ一体!」
そんな中、我鬼と一緒に何度も蘇生している面々も疑問の声を上げるが。
「これがラストステージだ。ここだけは俺も付き合ってあげるよ。最後だからお前の能力もしっかり働かせといてやる」
「な、なんだと?」
海渡への攻撃を止め、怪訝そうに問う我鬼。すると海渡が空中を指差しその問いに答えた。
「核兵器だよ」
刹那、彼らを襲う熱と光。仲間はあっさりと燃え尽きた。肉片すら残らなかった。我鬼もそれは同じだったがすぐに再生し焼き尽くされるという行為を何度も何度も繰り返された。そんな中、平然としていたのは海渡だけであった。
「が、あぁ、ぎ、ぐ、ぞぉおお――」
そして気がついた時、彼らは元にいた廃工場の前で倒れていた。
「これで終わりだ。自分たちの弱さを知った気持ちはどうだ?」
海渡が問う。すると憎々しげな顔で海渡を睨む我鬼だったが。
「あ、あぎぃいいいいい! いてぇえええ! いてぇえええよおぉおおお! なんだこれ、ああぁああぁああ!」
途端に我鬼が地面をのたうち回る。それは他の仲間にしてもそうだった。全員呻き声を上げ悲鳴もあげている。
「ど、どうなってやがる、全身が焼けるように、がぁああああぁあ!」
「あぁそうだった。いい忘れていたけどさっきの戦いは基本は仮想現実みたいなもの。だけど同時に本物でもある」
「が、な、なに? どういう、うぐうぅうううぁああああぁ!」
「つまり、最後の核兵器で受けたダメージは本物ってことだ。あの戦いでは世界中の核兵器を相手にしてもらった。つまりお前たちは核兵器のダメージを受けたってことだ。その意味わかるかい?」
「な、ま、まさか、お、汚染――」
そう。彼らは核の攻撃を受けた。しかも我鬼に関して言えば世界中の核兵器のダメージを全て受けきったのである。
「あ、そうそう。流石に他の仲間は可愛そうだと思ったから、君の餓鬼細胞をちょっとわけておいたよ。これで彼らもそう簡単に死ねない。当然汚染された細胞もそう簡単に死なないってことでもあるわけだけど」
海渡のその宣告は死の宣告に近かった。つまり彼らはなかなか死ねない上で一生この苦しみを味わい続けないといけないわけである。特に我鬼はより苦しい痛みが伴う。二度と誰かを傷つけようなんて気が起きないほどに。そんなことを考える暇すらないだろうが。
「ふ、ざけやがって、てめぇだけ安全な設定で、俺らを笑い者にしていたのか!」
我鬼が叫ぶ。最後のステージだけは海渡も一緒にその場にいた。だが、海渡は平然としていた。
「いや、俺は特になにもしてないさ。条件はお前らと一緒だ」
「ざけ、ゲホッ! だったら、なんで」
血反吐を吐きながら我鬼が海渡に問う。
「どう思おうが勝手だが、俺はあの程度じゃ死なないしダメージも受けない。ただそれだけだ」
「……は? ゲホッ! あぎぃい、いてぇ! ふざけや……」
だがそこで言葉が止まった。我鬼を冷たく見下ろす海渡を見た時、彼はやっと気がついた。それが事実であることを。
結局我鬼と悪餓鬼たちはその後駆けつけた警官によって連行されることになる。もっとも誰一人として自力では歩くことも出来ない状態であり警察も困惑していた。しかも彼らの細胞だけが核に汚染されているという不可解な状況である。
そして我鬼は、捕まる時彼らの肩に掴まり涙を流して叫んだ。
「き、君、放しなさい」
「なぁ、教えてくれよ? 俺は、俺達は、一体何と戦っていたんだ、一体あれはなんだったんだよおおおおおおおおおお!」
悪餓鬼達の苦しみは今後一生続くこととなる――




