第六十三話 餓鬼
「言われたとおり来てやったぞ。いい夢見れたかよ――悪餓鬼」
我鬼を、廃工場の屋根の上から見下ろしながら海渡が言い放つ。直後戸惑いの表情を浮かべた我鬼が海渡を見上げ歯牙を噛み締めた。
「テメェか、海渡ってのは!」
「そうだけど?」
誰何する我鬼へ茶化したように返す。浮かび上がった我鬼の血管がピクピクと波打った。
「チッ、ふざけやがって馬鹿が。おい! こうなったら一人ぶっ殺せ。そうだなそっちの野郎でいい」
「へへ、だそうだ。残念だったな。ま、娘とお前の妻は俺らがたっぷりかわいがってやるよ」
「ヒッ!」
我鬼の仲間が佐藤の父親に拳銃を突きつける。父親は顔を歪め短い悲鳴を上げるが、構うことなく引き金を引いた。
「ぎ、ギャァアアアァアアァアアア!」
だが、倒れたのは佐藤の父ではなく、銃を向けていた男だった。地面に倒れ膝を押さえて地面を転げ回っている。
「自分で自分の膝を撃ってたら世話ないよね」
「か、海渡くん!」
海渡がすぐ目の前に現れたことで、佐藤が安堵の表情で声を上げた。父親と母親はお互い顔を見合わせていたが。
「えっと、海渡くんって貴方が良く話してくれているあの?」
「え? だ、誰だそれは! 私は知らないぞ!」
佐藤の母親が思い出したように口にする。一方父親の方はどうやら知らなかったようで動揺していた。
「な、何だこいつ? さっきまで屋根の上にいたんじゃ?」
「い、いいからぶっ殺せ! 相手は何も持っちゃいねぇんだ!」
突如出現した海渡に一瞬動揺するも、悪餓鬼のメンバーが一斉に襲いかかってきた。日本刀を振り下ろされると、海渡が指で弾き折れた刃が肩に刺さり倒れ、鉄パイプで殴りかかってきた男は壁に叩きつけられ、拳銃を撃ってきた連中は海渡の手で発生した跳弾によって地面を転げ回ることとなった。
結局我鬼以外の連中はあっさりと戦線から離脱することになる。
「き、君凄いな」
「本当、こんな強い彼氏がいたなんて驚き」
「は? か、彼氏!」
「ち、違うよ! そんなのじゃないから!」
母の言葉に父が驚き、佐藤がワタワタした。顔も真っ赤であり、父親の眼鏡が曇る。
「で、でもありがとう海渡くん」
「うん、委員長もいつも大変だよね」
委員長にお礼を言われ、海渡も委員長を労う。すると佐藤の父が隣に立ち眼鏡を直しながら口を開く。
「私からもお礼を言わせていただくよ。君は本当に強いんだね。ところでうちの娘とは一体どういう関係なのかな?」
「関係?」
「お、おとうさ」
「てめぇらいつまでもウゼェことやってんじゃねぇよ」
刹那、我鬼が佐藤の父親の背後に現れ手刀を振り下ろす。
「ぬぉ!」
しかし、その手が父親の首に届く前に一直線に吹き飛ばされた。そのまま足をつくも勢いに任せて地滑りするように離れていった。
その姿を認めた後、海渡が佐藤に言った。
「……委員長、家族と一緒にその中に入って待っていて」
「え? で、でも海渡くんは?」
「俺なら大丈夫だから」
真剣な顔で海渡が返すと、一瞬戸惑うも佐藤は父と母を連れて廃工場の中に戻っていった。
「海渡くん、信じているから!」
「うん、任せて」
そして扉が閉まり、海渡はロックの魔法で更に施錠を掛けた。
「ふん、大事な女とその家族を守りたいってことか。慎重なことだな」
「守りたいのは確かだけど、皆にはこれから起きることは刺激が大きいかもしれないからね」
立ち上がり睨みを効かせてくる我鬼に海渡が答える。
「よくわかってるじゃねぇか。これからテメェは俺にボロボロにされるからな。腕の一本や二本じゃすまねぇ。四肢を全て切り飛ばしてたっぷりいたぶってやるよ。体を輪切りにしてやってもいいかもなカカッ」
獰猛な笑みを浮かべながら我鬼が続ける。
「だけどなぁ。そんな扉閉めても無駄だ。お前をボロボロにしてから全員引きずり出して死にかけのテメェの目の前で嫌ってほどいたぶってやるよ」
「お前には出来ないかもしれない」
「ちょっと腕に覚えがあるぐらいで大した自信だな。だったら俺からも宣言してやる。テメェは俺には絶対に勝てない。何故なら!」
我鬼が消えた。かと思えば海渡の背中をとっていた。
「俺は普通の人間じゃねぇからだよ! その腕もらっ、た?」
海渡の肩ごと手刀で切り飛ばそうとしていた我鬼だったが――その時には既に自分の腕の肩から先が飛ばされていた。
「ぎ、があぁああぁああ! 畜生、どうなってんだこりゃぁああぁああああ!」
「遅いんだよお前」
肩を押さえ転げ回る我鬼を海渡が冷たい目で見下ろしていた。
「ち、ちく、しょう、よくも、よくも、俺の、腕を!」
しかし、立ち上がり背後に回った後、我鬼が失った筈の腕で海渡に掴みかかってきた、が、その時には四肢が跳ね飛ばされ地面を舐めることとなる。
「ぎいいぃいいいやぁああぁああ! 俺のぉ、腕がぁ、足がぁああぁああ!」
我鬼がまたもごろごろと地面を転がった。あまりに情けない姿だ。
「わ、わかった。俺の負けだ。見ろよ、腕も足もなくしたんだ? もう戦えねぇよ。許してくれよ」
「お前、人に許しを乞えるような立場かよ」
答えつつ海渡が近づく。
「迂闊なんだよ馬鹿が!」
すると手足が再生した我鬼が背後に回り攻撃を仕掛けてきたが、途端に輪切りになりボトボトと地面に落ちた。
「ひいいいぃいいいぎいぃいいあぁああぁああ! 畜生! 何なんだくそがぁ!」
「やかましいやつだな。あと、何でいちいち後ろをとるんだ? 毎回それやってたら意味ないだろう。迂闊なのはどっちなのか」
海渡が呆れ顔で言っていると、再生した我鬼が立ち上がり、鋭い目を向けてきた。
「何なんだテメェは! さっきから俺を見ても、まるで何事もないようにしやがって。わかってるのか? 手足が切られても、こっちは再生してるんだぞ!」
我鬼が叫ぶ。憤り同時に焦りも見られた。
「と、言われてもな。何だ? 人じゃなくて餓鬼だなんてすっご~いとでも驚いてほしいのか?」
海渡が答えると、我鬼の目が見開かれる。
「……は? ど、どういうことだ! 何故それを!」
「そんなに驚くことでもないさ。ちょっと鑑定すればそれぐらいわかる。お前が人間じゃなくて餓鬼で、心臓の代わりに餓鬼玉が備わっているってこともね。だから不死身なんだろう?」
我鬼がギリっと唇を噛み締めた。拳を強く握りしめる。
「一体何だテメェは? 何者なんだよ」
「そんなの決まってるだろう? ただの普通の高校生さ」




