第六十話 ずっと俺の
キョジンズの選手は誰もが絶望に満ちた顔をしていた。3333-400――それはあまりにバカバカしくありえない得点差だった。
「400点とったからと気が緩んだのが原因だったか」
「いや、むしろよく400点も取れて3333点も取られたよね! それが不思議なんだけど!」
田中が叫んだ。あいかわらずきっちりツッコむのを忘れない。
「田中の言うとおりだ。400点をとったからと、きっと知らない間に慢心が生まれていたんだな。だから3333点も取られたんだ」
「違うそうじゃない。私が言ってるのはそうじゃなくて!」
「そうだ! お前たちも上を向け! こんなのたかだが2933点差だろ!」
「たかだかじゃないよ! とてつもなく大きな差だよ!」
「松井さんよく言ってくれた! そして俺は自分が情けない。3333点とられたぐらいで腐ってた! ちょっと肩が痛いなとも思ったけど、この程度で投げられないなんて言ってられない!」
「そこは言おう! 君、凄い数の球投げてるからね!」
「よっしゃーーーー! 残り2933点差ひっくり返すぞ!」
「「「「「「「「おおぉおおおう!」」」」」」」」
「いやだから無理ゲーだって! 無理だってばぁあ!」
――デッドボール! アウト! ストライクストライクストライクッアウトっ!
「「「「「「「「もう2アウトとられた……」」」」」」」」
「あぁあぁあ! 全員がめちゃめちゃ落ち込んでいる!」
9回表が始まってそうそう、あっさり2アウトとられ絶望感漂うメンバーなのだった。
「パパ! なんでデッドボールで塁に出たのにすぐアウト取られるのよ!」
「無茶言わないで! あんなメチャクチャな球、もう尻壊れるかと思ったよ! 塁に出ただけで褒めてほしいよ!」
ちなみに田中は塁に出てすぐに牽制でアウトをくらったのだった。
「皆さん落ち込まないでください! そ、そうだタイム! タイムです!」
「ふん、何をしたところで無駄だと思うがな」
デッドスの監督がタイムを発動した委員長を見ながら舌なめずりする。悪寒を背中に感じた委員長だったが、何とか皆を元気づけようと奮闘した。
「私サンドイッチを作ってきたんです! これを食べて元気に」
「え? あ、いや」
そして委員長がバスケットを取り出し皆にサンドイッチを勧めた。ハルの顔が青い。
「い、委員長ぉおおお!」
「うぉおお! 委員長がここまで言ってくれてるんだ! 頑張らないとな!」
「おう、よっしゃ折角だから皆これ食って元気だそうぜ!」
「「「「「「「いただきま~す!」」」」」」」
「で、皆倒れて動かなくなったと」
海渡達がベンチまで来てみると、田中とハル以外の全員が倒れて痙攣を起こしていた。監督すらもう立ち上がれない。
「私が悪いんです! きっと使った卵が傷んでいたんだ! ごめんなさいごめんなさい!」
「いや、卵のせいではないと思うよ」
「か、海渡くん――」
海渡がそう言うと佐藤がうるうるした目で海渡を見た。きっと私を庇ってくれてるんだ、と思っているようだが、海渡が卵のせいではないと言ったのはそういう意味ではない。
「おい、どうでもいいが、いい加減試合を再開しろ。出来ないなら負けということにするぞククッ」
するとデッドスの監督がやってきて不敵な笑みをこぼしながら再開の催促をしてきた。
「見ての通り全員とても戦える状態じゃないんだ」
「そんなものこちらの知ったことか」
「うん、だから選手交代していいかな? そちらだってこんな形で終わるのは不本意だろ?」
「代わりの選手だと? 一体誰がいるというのだ?」
「それは勿論――」
――え~それでは気を取り直して3番虎島さん!
そしてウグイス嬢役の田中真弓が次のバッターを発表した。キョジンズの選手がほぼリタイアしてしまったがデッドスがまぁいいだろうと不敵な笑みをこぼしながら許可を出してくれたのでほぼ総入れ替えとなった。
「くくくっ、どうせあとワンアウトで終わりだ。ついでだからあの連中も地獄に叩き落としてやるとしよう。可愛らしい少女も増えたしな」
ベンチでそんなことを呟く監督である。そしてバッターボックスに立つ虎島をみた。
「力はありそうだが所詮は高校生のガキだ。うちのピッチャーの球を打てるわけが――」
「うぉおぉお! パーフェクトカウンターフルバースト!」
――カキィイイィイイン!
「……は?」
監督が唖然とした。何故なら監督が自信をもって送り出したピッチャーの球が打たれホームランとなったのだ。
「ば、ばかな、ありえん! そんなバカな!」
――4番海渡様!
「え? さ、様?」
田中真弓が何故か海渡のときに様付けになったのを佐藤は聞き逃さなかった。
「ぐ、偶然だ! 偶然に決まってる! 奴の球は音速を超えるのだ! 打てるわけがな――」
――カキィイイィイイイイン!
「は、はぁああああぁああ!?」
しかし海渡はあっさり打ってしまった。監督の目が飛び出しそうになる。
――5番ミラクちゃん!
「キュッキュ~~!」
「ちょっと待てぇええええい! それは何だーーーー!」
デッドスの監督が叫んだ。バッターボックスにスライムがバット持って立っているというシュールな光景を見ればそうもなるだろう。
「見ての通りスライム、のようなロボットだ」
「そんなもの代わりとして認められるわけ無いだろう!」
「交代の選手表は出したしそっちも認めただろう」
「が、ぐ……」
確かに名簿にミラクの名前があった。これで文句はいえない。
「くそ、だがあんなわけのわからんものに打てるわけが」
――カキィイイィイイイン!
「うそおぉおおおおおお!」
「ミラクが打った! ミラクが打った!」
可愛らしいスライムの活躍に女性陣が湧き上がる。
――6番杉崎さん!
「待て待て待て! 何故俺!」
杉崎が慌てた。
「そうじゃないと人数足りないし」
「いやいや無理だろ! 流石に俺は無理だろ! お前ら何か軽くホームラン打ってるけど人間の打てる球じゃないぞあれ!」
「大丈夫。見た目だけで立ってみればそうでもないから」
「いやいや、それは流石に、く、仕方ないから立つけど打てなくても文句言わないでくれよ」
不承不承ではあるが杉崎がメットを被りバッターボックスに立つ。そして相手ピッチャーが投げた。凄まじく速くとても打てるわけがない、と思っていた杉崎だったが、確かに海渡の言う通り立ってみればそこまで速く感じなかった。
「これなら打てる!」
――カキィイイイン!
「きゃ~杉ちゃん素敵~~!」
花咲が杉崎に声援を送る。
「海渡なにかしたのか?」
「少し強化しただけだよ」
「あぁなるほど……」
どうやら魔法で肉体を強化したようだった。ルール上魔法を使っては良くないとはされてないので問題ない。
――7番星彩さん
「馬鹿め! 女なんかに打てるわけ」
――カキイイィイイイン!
「ブフォオォオォオオオ!」
女だからと舐めていた監督だがその偏見はすぐに打ち砕かれた。
――8番マックスさん9番フォワードさん
――カキンカキィイィイイイン!
――1番田中
「何で呼び捨て!? ぐぼぉおぉおおお!」
田中はデッドボールだ。これに監督はほくそ笑んだ。田中なら牽制でさせる! と思ったが何故か瞬間移動したように塁に戻るためさせなかった。
――2番赤王さん
「キャーーー赤王様~~~~!」
金剛寺が立ち上がり興奮して叫んだ。彼女はアカオの正体に気がついていない。
――カキィイイイイイン!
そしてアカオもホームランだ。そこからまた虎島がボックスに立ち。
――カキィイィイイン! カキィイイイン! カキィイィイイイイン!
こうして海渡たちのずっと俺のターンは続いた。




