第五十二話 デス料理
田中が死んだ。それはクリーンな大会においては衝撃的な出来事だった。果たして田中を殺したのはいったい誰なのか――
「よっ!」
「ゲホッ! ゲホッゲホッ!」
「あ、生き返った」
なんと、田中が息を吹き返した。海渡が背中を叩くと何かが田中の喉から飛び出て思いっきり咳き込んでいる。
「餅が喉に詰まったんだね」
「まさかこの料理にそんな罠があるとは」
「うぅ、天国の婆さんが見えた。婆さんにBBT(婆婆に天国から追い出された)を喰らってなかったら危なかった」
「寧ろお婆ちゃん中々バイオレンスだな」
とにもかくにもまたもギリギリで命は助かったようだ。
「さぁ気を取り直して続いて唐辛 新さんの料理だ!」
「これがおらの一億倍辛王拳亀は麺派だーーーー!」
「いやぁ、無駄にテンションが高いですね。さて、これは亀の甲羅を器にしたラーメンのようです。しかしスープがめちゃめちゃ赤い!」
「世界中のあらゆる香辛料を詰め込んだ激辛ラーメンが俺の料理だ。今まで千人に振る舞い千人を病院送りにした激辛ラーメンこれが俺の100%中の120%だ!」
「口調が安定しないね」
海渡がツッコんだ。
「というか1000人食べて1000人病院送りってそれもうほぼ毒よね!」
死坊がイラッとした顔で述べる。どことなく自分のアイデンティティーが失われている気がしてならないのだろう。
「さて、早速海渡くんがラーメンを啜ったぁ! さぁ味の評価は!」
「むぅ! これは! とてつもなく辛いけど、辛さの中に辛さしかなく、そして程よく辛くそれでいてとにかく辛い。辛さで麺の旨味が消し飛び、チャーシューの旨味も食感も全てが台無しだ。それでいてこのマグマのようなスープにもまた辛さしかなく全ての材料の良さを殺している」
「おーっとこれは中々辛辣だ! 激辛料理だけに!」
「よっしゃーーーー!」
「何で喜んでるのよあんた」
海渡の評価を聞いて喜ぶ新にあきれて見せる死坊である。
「さて次は虎島選手が口をつけるさてその評価は!」
「……きょのりゃーめんはりぇきしょこにゃいだ、てゃべりゃれにゃいよ」
「おっと唇が真っ赤だーー! 呂律も回っておらずそして虎島くんちょっぴり涙目!」
「よっしゃーーーーー!」
「だから何がよっしゃーなのよあんた」
死坊が冷めた目でツッコむ。
「く、俺はそもそも辛いのが苦手なんだ……」
「キュッキュ~♪」
「おっとしかしスライムは美味しそうに食べてます!」
「はい、ミラクちゃん」
「キュ~♪」
「さぁ気を取り直して景ちゃん、おっと既に亀の丼が空だーー! これは驚きだぁ!」
「私は味は普通だったと思います」
「よっしゃーーーー!」
「だからよっしゃーじゃないでしょ。あとあんた、今そのわけのわからないスライムに全部食べさせてたわよね?」
「さて続いてキャロットちゃん、なんと! 真っ赤だったスープが真っ白になってるぞーーーー! これはいったい!」
「ふふ、美味しかったですよ」
「よっしゃーーーー!」
「いやよっしゃ~じゃなくて、てかそれいったいどうなってるのよ!」
「さて、残りは田中ですが」
――ピクッピクッ……。
「し、死んでる! 何と田中が死んだーーーー!」
「またなの! あんたいい加減にしなさいよ!」
その後、キャロットの回復魔法で蘇生した。
「あ、危なかった……天国のばあちゃんとじいちゃんに爺婆乱舞喰らってなかったらあぶなかった……」
「あんたどれだけ祖父母に嫌われてるんだよ……」
どうやらまたもや田中は天国から追い出されたようである。
「そもそも田中に天国行く資格ないからね」
「そうなの!?」
海渡に言われ驚く田中だが、自分のやったことを考えれば当然とも言えるだろう。
「さて、それでは続きましていよいよ本日の紅一点! 委員長の料理だ!」
「うふふ、貴方、きっといい料理を作るのでしょうね。うふふ」
死坊が佐藤の様子を見ながら不敵に笑う。これまである意味毒みたいな料理みたいだったが、佐藤はコックバットというサイトのランキングで首位を独占したほどだ。もっともそのサイトのことを死坊は良く知らないが。
「私がつくったのは、と、特製カレーです!」
「あらあら、カレーね……」
意外と普通だなと死坊は思った。とは言えカレーはいくらでも工夫の余地がある料理だ。家庭的な旨さを求めたカレーからスパイスを取り入れたプロもうなるようなカレーまで様々なアプローチ方法がある。
「さ、召し上がれ」
そして佐藤が鍋のフタを開けた。途端に紫色の煙が周囲に充満。殺人級の香りが漂い、観客から悲鳴が上がった。
「お~っとこれは凄い! なんとなんと紫色のカレーだ! しかも魔女がつくったのかと見紛うほどに泡が立ちまくったいかにもヤバそうな代物。まさにこれは伝家の宝刀、佐藤特製デスカレーだぁあああ!」
「え? いや、これはシーフドカ――」
「ちょっと待ちなさいよ! 何そのデスカレーって! というか何この色! 私でもこうはならないわよ! 何なのこれ!」
「いやいやこれが佐藤シェフの得意料理デスカレーなんですよ」
「意味わからないわよ! 料理サイトで首位を独占したのよね!」
「勿論! あのカルトな人気を誇る絶対にコックになってはいけないような料理を集めたコックバッドで絶対食べたくない料理1位、食べたら先ず死ぬ料理1位、こいつを料理人にしてはいけない1位とあらゆるジャンルで首位を――」
「そういう意味だったの!? てか貴方さっきコックバットと言ってたじゃない! バッドじゃなくて!」
「あ……間違いましたテヘペロ♪」
「全然可愛くないわよ! 真っ先にぶっ殺すわよ!」
「ヒッ、な、何なんですか貴方怖いなぁ!」
クッ、と死坊が呻いた。
「大体これ、あの子達本当に食べるの?」
「馬鹿にしないでほしいな。それは俺たちに対する侮辱でもある」
「どんな料理でも食べてみるまではわからんからな」
「キュッキュッキュッキューー!」
「そうね。勿論ひとくち食べただけで判斷する場合もあるけど、全く食べないなんてありえないわ」
「本当に失礼しちゃいます。むしろ食べることこそが生きがいなのですよ!」
「真弓~~! そして愛するつ」
「想定外のところで聞いたわよそのセリフ! あと一人さっき一口も食べてないし!」
まくし立てるように言い切った後、死坊はゼェゼェと息を荒くさせた。その隙に佐藤がデスカレーを用意する。紙やプラスチックだと溶けてしまって使い物にならないため、とにかく科学的に強い器が用意された。
「か、海渡くん、どうかな?」
そして佐藤がもじもじとしながら海渡に問う。一方海渡は張り付いたような笑顔を浮かべつつ、何かを行使。口の中が淡く光ったかと思えば海渡がカレーを一気に口の中にかっこんだ。
「ふぅ、うん。オイシカッタヨ」
「本当に! よ、良かったぁ~」
「ちょ、ちょ待て海渡お前いま!」
「頂きました」
「くっ、おま!」
涼しい顔で海渡がごちそうさまするが、虎島は気がついていた。海渡が瞬時に口の中に時空収納を展開させカレーを全て収納したのである。
「虎島くんもどうぞ」
「う、うむぅ……」
笑顔で薦めてくる佐藤だが、虎島は動揺していた。これはヤバい気がすると思っていた。虎島も異世界で修行した影響で危険察知能力が高い。このカレーは虎島の危険察知能力に見事に引っかかっていた。
「あ! カレーの殿様が!」
「え?」
「なんとカレーの殿様が!」
「キュッ!?」
佐藤と司会者が後ろを確認する。その間に虎島がスライムのミラクを掴みカレーの皿に乗せた。するとミラクが顔を顰めた。大体何でも食べるミラクがだ。しかし虎島に頼まれ渋々カレーを取り込む。ちゃっかり景もカレーを食べさせていた。
「どこにもいないけど……」
「はは、ごめん見間違いだった。あとカレーを食べたぞ」
「わ、私も頂きました。とても美味しかったですよ?」
「本当、良かったぁ。ちょっぴり薄いかなって心配だったんだけど」
誰もがそういう問題じゃないと思ったという。
そして次はキャラットにカレーを用意する。
「キャラットさんも、口に合えばいいのですが……」
佐藤はキャラットが異国から来ているのを気にしたようだ。しかしキャラットは余裕だった。カレーに魔法を掛ける。そう、これでさっきの激辛料理のように大体なんとかなる、はずだったのだがわずかに色が薄まったがそれでも紫のままだった。
キャラットの笑顔が引きつる。
「どうですか?」
「…………あ! あんなところに四大カレー天使が!」
「え?」
「いったいどこに?」
「ウゴッ!」
この隙に、キャラットがカレーを田中に流し込んだ。
「見間違いでしたわ。あと、ごちそうさまです」
「わぁ、良かったぁお口に合って」
「おっとぉ、これで全員が完食だ~~! これは凄い!」
「え? ど、どういう意味?」
佐藤が目を白黒させる。そして司会者が田中に目を向けるが。
――ピクッピクッ
「田中がまた死んだーーーー!」
「いい加減にしなさいよ貴方!」
田中はこの後ギリギリ生き返りました。
「はぁ、はぁ、天国のばあちゃん達からババァストラッシュを受けてなかったら危なかった」
「だから天国は無理だってのに」
田中はいくら天国にいこうとしても追い出されるだけなのだ。
「さぁいよいよ死坊の料理だぁあぁあ!」
「何か釈然としないけど、私の特別料理をたっぷりごちそうしてあげる――」
そして不敵な笑みを浮かべた死坊の死の料理が遂に彼らの前に並べられた――




