第四十八話 力が欲しいか?
(力が、欲しいか?)
(いや! それもういいよ! 何なの気に入ってるの!?)
(正直言えば人生で言ってみたいセリフで100位以内には入るほどに)
(微妙だな! いや、よく考えたら何で普通に脳内で会話できてるの? 我の言葉理解できてるの!)
(まぁそれぐらいはできるよ。アカオは頭もいいから意思疎通できるとは思ってたし)
頭がいいと言われて悪い気はしないアカオだが、正直言えば今はそれどころじゃない。
(もう細かいことは突っ込まないが、今大変なのだ。主人が妙な連中に狙われている。助けに来てくれ!)
そしてアカオは海渡に助けを求める。海渡の強さはアカオが一番良くわかっている。こんなに堕落する前の全盛期のアカオに何もさせず威圧だけで屈服させた程なのだから。
(だが断る)
(何で!?)
しかし、海渡はあっさり断ってきた。まさかそうくるとは思わなかったのかアカオがやたら驚いた。
(俺が助けるより、アカオが頑張る時じゃないかな? 仮にもアカオは番犬みたいなものだし)
(い、いやしかし……)
(それに金剛寺さん心配してたしね。アカオが太ってしまったから送り迎えの役をクビになって動物園に売られてしまうかもって。でもここでしっかり屋敷を守れることをアピールできれば、その不安もなくなるだろう?)
(む、むぅ)
アカオが申し訳無さそうに唸る。まさか主人がそこまで心配してくれているとは。そしてだからこそ海渡は自らが乗り込むような真似はせず、自分に戦えと言ってるのだろうと判断した。
ただ海渡はそういう思いもなくはないが半分ぐらいは面倒なのである。
(しかし、今の我では力不足で、とてもあいつには――)
(うん、だから――力が欲しいか?)
(またそれか! 結局それはいったい何なのだ?)
(俺、相手を進化させる力を持ってるんだよね。だから今進化すれば奴らに対抗できると思うんだ)
(進化だと!?)
これにアカオが驚いた。アカオは博士の研究によって人工的に生み出された生物だ。故に進化という意味では既に終えていると言えた。既に下手なライオンが全く相手にならないほど強いのだ。もっともそれは今や過去のことだが。
(この我が更に進化できるというのか!)
(できると思うよ。最強の竜と呼ばれてるバハムートだって改とか零式とかアルティメットに進化してるぐらいだもん)
(いったい何の話をしてるのだ?)
(あれ? 知らないバハムート?)
(いや知ってはいるが……)
アカオが困った感じに答えた。金剛寺がアニメや漫画を見たりゲームが好きだったりするので、その影響でバハムートについては知っているが空想上の生物だ。この状況ではあまり関係ないと思ったのだろう。
だが海渡にとってはリアルである。異世界には普通にバハムートがいた。ちなみに神話だと実は巨大な魚だったりするようだが、異世界では近代の空気をしっかり読んでくれたのかバハムートは竜であった。
ただ、中には見た目が巨大な魚な竜のバハムートというややこしいのもいたりしたが。
(しかし、進化するとして、その何かあるのではないか?)
(何かって?)
(それはまぁ、それ相応のリスクとか……)
アカオにとってそれが心配な点だった。強力な力にはそれ相応のリスクがあると、金剛寺が見ていたアニメで言っていた気がする。
(特に無いね)
(ないの! なにそれいいこと尽くしじゃん!)
驚くアカオ。進化して強くなれる上にリスクがないなんて最高か! と気分が高鳴った。
(あ、でも敢えて言えば一つ)
(何だやっぱりあるのか。そうであろう。そんな何のリスクもなく力が手に入るわけ――)
(進化にすごくエネルギー使うから確実に痩せちゃうんだ)
(ぜひともお願いします!)
アカオがテンション高めにお願いした。今のアカオにとって痩せるはリスクでもなんでもなく寧ろご褒美である。これで苦労してダイエットに励む必要もなくなるのだ。
(なら、力が欲しいか? 力が欲しければ、痩せさせてやる!)
(何かちょっと変えてきた! いやだから欲しいって! あ、そんなことしてる間にもう連中が結構向こうに! 海渡早く!)
(もう、本当に仕方ないなぁアカオくんは)
(いや、なんなのだその普段ぐうたらな少年にお願いされて仕方なくみたいなノリは?)
そもそも最初に力が欲しいか? と持ちかけてきたのは海渡であり、アカオは若干腑に落ちない気分だった。
(じゃあ進化するね~)
(随分とノリが軽いな……)
そんなので本当に大丈夫なのか? と若干不安になるアカオだが、途端に全身が熱くなり、力が湧き上がってくるのを感じた。
体が重い要因だった脂肪も目に見えて減少していき体も引き締まっていく。そして――進化を終えたアカオは自分の姿を見て驚いた。
「な! これは、手がある、足も、というか、この姿、人間! 我は人になったのか!」
(う~ん、正確には獣人に近いかな? 鑑定では獅子神と出てるね)
そう、なんとアカオは進化したことで人型の獅子神となっていた。ちなみに肌の色はアカオの時の様相を残していて、獅子の耳と尻尾が生えていた。
「力が漲る、これなら――フンッ!」
アカオが地面を蹴る。軽く走っただけだが、途端に音を置き去りに先を進んでいたラバースーツの男とブラックエンペラーを追い抜き正面に立っていた。
「な、何だ!」
『むぅ、何者だ?』
一人と一匹の進行を妨げるように先回りしたアカオに驚き、そしてブラックエンペラーが誰何してくる。
「何だ、もう忘れちまったのか? アカオだよ」
「…………アカオ?」
『誰だアカオって?』
襲撃者コンビが揃って疑問符混じりの顔を見せる。彼らはあくまでキングレッドとして認識しているのである。
「しまった! アカオは名前だった。キングレッドだキングレッド!」
「何キングレッドだと?」
『てかお前アカオって名前だったのか、プッ――随分と可愛らしい名前じゃないか』
ブラックエンペラーが吹き出し黒い体を小刻みに揺らした。
「しかし、こいつが本当にあのキングレッドなのか?」
怪訝そうにラバースーツの男が口にした。確かにさっきまでライオンだったのが人になるなど信じがたい話だろう。
「進化したのさ。もう以前とは違う」
「進化だと? 馬鹿なそんな話聞いたことがないぞ?」
『ふんっ、確かによくわからない話だが、匂いはキングレッドのものだ』
ブラックエンペラーが鼻を鳴らし、語った。獣の嗅覚は鋭い。故にキングレッドの匂いを感じ取ったのだろう。
「そうなのか? いや、だけどそう言われてみれば、肌も赤いし、耳と尻尾もあるな……」
『ふん、だが、だとしたら馬鹿なやつだ。脆弱な人間になどなって何ができるというのか?』
「だったら試してみるか?」
『懲りないやつだ。だったらまた切り刻んでやるよ!』
そしてブラックエンペラーがアカオに向けて駆ける。一気に距離を詰め瞬時に三桁を超える爪を振るう――が。
『な、消えた、だと?』
そう、ブラックエンペラーの視界からアカオが消えていた。意味もわからずキョロキョロと左右を確認するブラックエンペラーだが。
「頭の上だブラックエンペラー!」
「なにぃいいぃいいいいッ!?」
男に言われ、視線を上げるブラックエンペラー。すると確かにアカオはブラックエンペラーの頭の上で直立していた。
「こ、この!」
ブラックエンペラーが頭の上のアカオに爪を振るう。だがアカオはあっさりと避け、再び視界から消える。
「は、速い!」
『くっ、どこだ! 今度は!』
「後ろだ」
『な、何だと! ブベッ!』
振り返ったブラックエンペラーに蹴りを叩き込む。吹き飛んでいったブラックエンペラーを眺めながらアカオが言った。
「これは、ダイエット中に食べられなかったデザートの分!」
『ふっ、ふざけるな!』
再びブラックエンペラーが飛びかかるがアカオがまた消える。
『くっ、どこだ! 上か! と見せかけて後ろか!』
「下だ!」
『ぐぼぉおおお!』
必死に相手を探すブラックエンペラーだったが、あざ笑うかのように地面から飛び出したアカオの頭突きがその肌を強打した。
「今のはダイエット中に食べられなかった高級牛肉の分だ」
『グォオォオオオオオ――』
地面から這い出ながら恨みつらみを語るアカオ。見ると腹を前足で器用に押さえ悶絶するブラックエンペラーの姿があった。
「てか、全部個人的なことばかりじゃねーか!」
ラバースーツの男が叫んだ。確かに全て個人的な恨みばかりである。
「く、くそ舐めやがって。ぶっ殺してやる!」
「無駄だ止めておけ。もうお前じゃわらに勝てない」
『な、なんだと?』
「いや、そのわらって何だよ……」
戸惑いの表情を浮かべるブラックエンペラーである。一方ラバースーツの男は突如謎の一人称を使い出したアカオを怪訝に思っていた。
『この新世代の俺が、旧世代の貴様に勝てないというのか!』
「そうだ、どうやらわら、修業して少し強くなりすぎちまったようだ」
「いや、いつ修業したんだよ! お前さっきまでそいつに手も足も出なかっただろう!」
ラバースーツの男がツッコむがアカオは無視した。
『舐めるなよ! この俺は新世代のエリートだ! 貴様になんて負けるか!』
「頭を冷やせブラックエンペラー! しっかり見れば捉えられない相手じゃないだろう!」
怒りを顕にするブラックエンペラーをラバースーツの男が窘めた。
ブラックエンペラーの目に冷静さが戻る。
「ふん、全く仕方のないやつだ」
そう言いつつラバースーツの男が隠し持っていた手榴弾のピンを抜き、アカオに投げつける。
途端に爆発するが、アカオはそれを逃れて上空へと飛び立った。
『見えたぞ!』
「これは本マグロの分だーーーー!」
『グフォオオォオオオ!』
どうやら見えたらしいが、すぐに舞い戻ってきたアカオに顔面を殴られ吹っ飛んだ。
「くっ、俺達が本マグロに何したってんだ!」
ラバースーツの男が歯噛みし悔しがる。
「もうわかっただろう? お前らはわらには勝てない。ソイツを連れてとっとと帰れ。そして博士によく言っておくことだ。もう二度とわらには近づくなと」
「……なるほど。どうやら確かにかなり強くなったようだな。しかし、まだ俺がいることを忘れてないか?」
アカオが忠告するがラバースーツの男が不敵に笑ってみせる。その様子にアカオが眉を顰めた。
「……とても強そうに見えないが?」
「まぁそうだろうよ。だが、俺には動物と意思疎通できる以外にもうひとつ力がある。やるぞブラックエンペラー!」
『くっ、こうなったら仕方ない!』
そしてラバースーツの男がブラックエンペラーの背中に手を添えた。途端に男にブラックエンペラーが融合していき、人のように二本足で立つ黒い虎がそこに現れた――




