第三十九話 妹の友だち達
皇帝の遊戯も終了し、その日も海渡は無事に自宅に帰ることが出来た。もっとも海渡にとって無事ではない日は訪れるのか? といったところでもあるが。
「お兄ちゃんおかえり~」
「あぁ、ただいま――お客さん?」
自宅に戻ると妹とちょうど玄関の前で会った。明るい声でおかえりと言ってくれる、そんな妹がいることに幸せを感じる海渡でもある。
だが、ふと見慣れない靴が玄関に並んでいることに気がついた。一つは女の子が履くような小さな靴。問題はもう一つ、明らかに男物と思われる靴があったことだ。
「うん今友だちが来てるんだ」
「……友だち?」
「友だちだよ?」
海渡が疑問の声を上げると、不思議そうに妹の菜乃華が小首をかしげた。友だちぐらい来ることがあってもおかしくないよね? といった表情だが海渡にとって問題なのはそこではない。相手が男かも知れないということだ。
「……挨拶ぐらいしておかないとね」
「え? 本当、なら丁度良かったかも……」
「丁度いい?」
「うん、結構大事な話でね。友だちもお兄ちゃんと話したいって」
「……ほぉ」
随分と度胸のある友だちだと思った。大事な話……まさか大事な妹に手を出そうとしているのか? と警戒を強めた。菜乃華は胸こそ佐藤に遠く及ばない程に小さいが海渡にとっては大事な愛妹なのである。
勿論、幾ら妹が大事と言っても生涯彼氏を作るななどと言うつもりはない。妹とていずれ恋をして結婚だってするだろう。
しかし、今の妹はまだ中学生だ。流石にこの年で彼氏はまだ早いだろうと海渡は考える。世間一般で考えると中学生でも彼氏の一人ぐらいいてもおかしくないし兄というだけで干渉し過ぎでは? と思われるかも知れないが、海渡は異世界で10年も過ごしていた分、気持ち的には妹というより娘を見るような感覚で接しているところもあるのだ。
「……相手次第だな。ただ、どうしてもというならお兄ちゃんより強くなきゃだめだな」
「何言ってるの? 大丈夫?」
思わず心情が言葉になって漏れてしまった海渡である。妹の菜乃華は普通に心配してくれた。兄思いの良い妹だと海渡は思う。
で、ある以上やはり彼氏となる男にはそれ相応の魅力が求められる。最低限妹を守れる強さが欲しいところだ。つまり兄を超えろということだと考える海渡だが、その時点で妹に彼氏を作るなと言っているのと同じである。
「居間にいるから」
どうやら妹をたらし込んだ不貞な男はすぐそこにいるようだ、と海渡は気合を入れ直す。実際のところ別にたらし込んだとは限らないが既に海渡の中では茶髪で色黒でサングラスをしていていかにもチャラそうな男の姿が目に浮かんでいた。
「あ、お兄さん! おかえりなさい!」
「うん? あれ、君は?」
だがしかし、居間に足を踏み入れた海渡を出迎えてくれたのは以前にも挨拶を交わした可愛らしい少女だった。
最近菜乃華の中学校に転向してきたという友だちであり名前は田中真弓といったはずだ。
しかし、この不意打ちに海渡は若干ながら肩透かしを食らったような気分になった。
何せ彼の中では居間に入った瞬間、ちーっすとか言いながら菜乃華の肩に腕を回すいかにも頭の悪そうなチャラ男を想像していたからである。勿論その場合は問答無用でワンパンいれたが。
「あ、でも、靴はもう一つ」
「ふぅ、すっきりした。あれ? 伊勢この人は?」
背後から声がした。振り返るとそこには少年が立っていた。
「あ、うん。前もチラッと話したよね。私のお兄ちゃん」
「おお、伊勢のお兄さんでしたか」
「お前にお兄さんと言われる筋合いはない」
「へ?」
「ちょ、お兄ちゃん何言ってるのよ!」
妹の菜乃華が慌てて間に入ってきた。しかし海渡としては気が気ではない。何せ相手は随分と馴れ馴れしく伊勢などと妹を呼んでいる。
もっとも名前でなく名字なのだからまぁまぁあることだとは思うが。
「失礼しました。え~と伊勢、さんと同じクラスの長島貞春です」
居間のソファに腰掛け改めて挨拶を交わした。
正直海渡の思っていたようなチャラ男とは程遠い少年であった。坊主頭で中学生の割に体つきはいい。恐らく何かしら部活でもやっているのだろうと海渡は判断した。
「もう、ハルもそんな畏まらないでいいよ。お兄ちゃんのことは気にしないでいつもどおりで」
「……ハル?」
「あ、皆からそう呼ばれてるんです」
どうやら愛称のようだ。ただ海渡としてはもっと気になることがあった。
「皆から呼び捨てられているのか?」
「え? はぁ、まぁクラスでは大体」
「私はまだ慣れてなくてハルくんって呼んじゃっているんですが」
真弓が照れくさそうに言った。どうやら大体呼び捨てというのは本当のようだ。だが、だからといって油断できない。
「……君は強いのかな?」
「はい? え~と強いかどうかはわからないけど、一応野球部所属、です――」
「お兄ちゃん何か圧が凄いよ! どうしたの!」
貞春が完全に萎縮してしまっている。もっともこれでもまだ殺気を込めてないだけマシだが。
「もう、それより話を聞いてよ」
「む、いよいよか」
「いよいよ?」
海渡が身構えると菜乃華が小首をかしげた。
だが、海渡はわかっている、と顔を引き締め貞春をじっと見ながら。
「それで話というのは何だ?」
「え? いえ、話があるのは俺じゃなくて田中なんですが……」
「へ? そうなの?」
「そうだけど?」
妹に顔を向け聞くと、何言ってるの? と怪訝そうな様子で返事された。そう、完全に海渡の早とちりだったのである。
「なんだそっか。俺はてっきり」
「てっきり何?」
「いや、何でも無いよ。うん、それで田中さんの話というのは?」
妹の疑問には答えず、海渡は真弓に話をふった。菜乃華は若干不服そうではあったがとりあえず今は大事な話というのを聞くことにする。
「それが、実はパパのことで……」
パパというと散々女遊びしていた上、ホテルの経営に失敗して愛想をつかれ離婚されたというなんとも既視感のある父親のことかと海渡は思い出す。
「そのお父さんが何かあったの?」
「それが、ママが離婚した後もしつこく復縁を迫ってきていて……ママはあんなだらしないハゲと復縁なんて絶対ムリ生理的に無理声を聞くだけで蕁麻疹が出るって言ってずっと拒否ってるのですが……」
凄まじい嫌われっぷりだなと海渡は若干相手も気の毒になった。ただしつこく復縁を迫るというのも見苦しいなと思う。
「それでママはもう電話も拒否してるんだけど、今度は私にしょっちゅうBINEでメッセージが来てて電話も来るし、それで弱ってるんです」
どうやら相手は母が駄目なら娘にという手だったらしい。だが、海渡はそこでふと疑問に思ったことがあった。
「そういえばそのお父さんって捕まったんじゃなかったっけ?」
「それが不起訴になったとかで……だからそれなら先ず働けと言ったんですが、何か謎の組織に追われていてそれどことじゃないとかわけのわからないことも言っていて……」
「きっとその元親父さん、そんなデタラメ言って気をひこうとしているんだぜ」
「本当、そんな手まで使ってくるなんて気持ち悪いよね」
確かになと海渡は思う。ただ気をひくにしては幼稚な理由だなとも思った。
「それでいい加減諦めてほしいんだけど……最近は一緒にいないと私達も危険だなんだとか言いだしてるし」
「遂にそこまでいったか。全く嘘八百並べて言い寄ろうなんてとんでもないですよね!」
貞春に語りかけられた。わりと気軽な感じである。だが妹と付き合いたいなどと言ってきたわけではないが海渡はまだ気を許したわけではない。
「う~ん、お母さんみたいに拒否したら?」
「それが一番いいのかもだけど……だけど今私まで拒否したら絶望して自殺でもしちゃわないかと不安で……」
「田中は心が優しいんだよな。俺ならふざけるな! と怒鳴って二度と相手しないぜ」
確かに、聞くところによるとあまりいい父親ではなさそうだが、それでもやはり実の父親ということで見捨てられないのだろう。優しい子なんだなと海渡も思った。
それから暫く真弓と話す海渡だったが。
「とりあえず、俺も何か手は考えてみるよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
こうして一旦は海渡預かりとし別れた。
「海渡さんは何か頼りになりそうですね!」
話が終わったらいい時間になっていたので全員帰ることになったが帰り際、貞春にそんなことを言われた。
正直言えば、悪い男ではないなというのが海渡の印象でもある。帰りもしっかり真弓を送り届けるようだ。
ただ、それでも油断はできないと考える海渡でもある。




