第二十三話 死配人Deathの素顔
「凄い凄い! チーターよりはっやーーい!」
「ガウガウ♪」
キングレッドの上で鈴木がはしゃいでいた。風をきるように走るその勇姿に心奪われているようでもある。
「振り落とされないようしっかり掴まってろよ花」
「う、うん、杉ちゃん」
一方で杉崎の幼馴染である花咲は彼の腕にしがみつきちょっと嬉しそうにしていた。
「ほ、本当に速いね……ちょっと怖いかも」
「ならしっかり海渡に掴まっていたらどうだ?」
「ふぇ! 虎島くん、な、何言ってるの~」
「心配なら掴まってくれてもいいけど?」
「ふぇ!?」
一方で海渡の背後で顔を強張らせていた佐藤は、虎島の助言という体のお節介に顔を赤く染めていた。海渡としてはそれでも全くかまわないわけだが。
「しかし本当に速いなこいつは」
「チーターより速いのは確かだろうね」
海渡は大体時速120kmぐらい出てるかなと判断した。しかもそれでもまた余裕そうである。全力なら更に速度は増すだろうが、これで皆のことを気遣ってくれているのかもしれない。しかもチーターと違って持久力もある。
その上でパワーが段違いだ。進行方向上のシャッターは全てキングレッドのパワーで破壊されている。
「ところでこいつ、どこに向かってるんだ?」
「外には向かってるけど、人を追いかけているようでもあるね」
「ガウガウ!」
虎島の問いには海渡が答え、キングレッドも肯定するように元気に吠えた。
「人って誰~?」
鈴木も気になったのか疑問の声を上げる。
「そりゃ、まぁ、死配人だろうね」
海渡は正面を見据えながらそう答える。
『爆発まで後5分』
「5、5分だって杉ちゃん!」
「大丈夫か、速いとは思うけど」
「ま、問題ないと思うよ」
「ガウガウ!」
杉崎と花咲が心配そうにしていたが海渡は余裕の表情で軽く答えてみせる。出口が近いのは感知しているし、間に合いそうもなかったら転移魔法を使えばいいだけなので問題ない。
流石にいざとなったら常識の範囲内でなどと気にしている場合ではないから躊躇する気はなかった。
しかし、それは杞憂でもあった。なぜならすでに出口はすぐ目の前まで迫っていたからである。
「よし抜けたぞ!」
デスホテルから紅蓮の獅子が飛び出し、虎島がガッツポーズを決める。そこから更に疾駆するキングレッド。直後、背後からド派手な爆発音が聞こえてきた。
「本当に自爆しやがったよ」
背後を振り返りながら呆れたように虎島が言った。海渡も後ろを覗き込むようにして見てみたが炎が上がっていてホテルは目下大炎上中である。
「けっこう金掛けてたんじゃないのかねあれ?」
「うん、勿体ないよね」
杉崎が眉を落とし、隣の花咲も建物の崩壊を目にしながらそんなことを言った。
「自爆って凄い無駄遣いだよね」
「物を大事にしないのは良くないと思います!」
鈴木も自爆するのはアホらしいとでも思っているようだ。佐藤は委員長らしい発言をしている。
しかし、結果的に海渡たちはホテルから脱出したので確かにこれは大きな無駄遣いと言えるだろう。海渡はやろうと思えば自爆そのものを止めることも出来たが敢えてしなかったのは結果的にその方が、このゲームを始めたDeathに経済的なダメージを与えられるだろうと判断したからだ。
全員が言うように、くだらなくはあったがあれだけのゲームを作る上に手間も金もかかっているはずなのだ。それを自ら爆破してしまった。これではもう掛かった費用の回収は厳しい。それに許可もなく建物を爆発させるのは当然違法だ。もっともデスゲームを始めた時点でとっくに法なんて犯してしまっているが。
「あ、見えてきた」
そうこうしているうちに前を走る車が見えてきた。山の道でも難なく走れるオフロード車であり速度も結構出ているがそれでも紅蓮の獅子からは逃れられない。
あっという間に車体の横にたどり着くと中にいた仮面の男がギョッとした様子を見せた。
そのまま追い抜き、クルッとターンをして足を止める。
「ちょ、ちょっとあいつ突っ込んでくる気だよ!」
「そうだね。でも大丈夫だよ」
鈴木が緊迫した声を上げるが、海渡がなんてこともないように返した。すると車のタイヤが破壊され、制御が利かなくなった車はそのまま脇にそれ高木の幹に激突した。
「何だ整備不良か?」
「いや、多分こいつが横を通り過ぎた時タイヤになにかしたんだろう」
「ガウガウ!」
杉崎の思っていたとおり、確かにキングレッドがすれ違いざまに爪でタイヤを引っ掻いていた。この獅子の力なら軽く撫でただけでもタイヤ程度軽々と壊せてしまう。
「く、くそ!」
すると車の中から一人の男が飛び出してきた。骸骨を模した仮面を被っていて黒のロングコートを羽織っていた。手には散弾銃が握られ銃口を向けてきている。
「死ねっ!」
男は問答無用で散弾銃をぶっ放してきた。だが海渡が前に出て銃弾をあっさり受け止めてパラパラと落とした。最早海渡にとっては当たり前となった銃弾受けだ。
「そ、そんな散弾銃の弾を、う、受け止めるだと?」
「あ、うん。俺野球でキャッチャーを何回かやったことあるから」
「そんなキャッチャーがいてたまるか!」
男が叫んだ。相変わらずツッコミが激しい。
「ガルルルルゥウゥウウウウウ!」
すると皆を下ろしたキングレッドが躍り出てきて仮面の男を威嚇した。
「ひぃいぃいぃいいいい!」
仮面の男は情けない声を上げながら再び引き金を引く。銃声が轟くが今度は海渡も動かなかった。何せキングレッドの肌は頑丈である。
散弾銃程度では傷一つ付かないしなんなら跳ね返った弾の一部が男にあたった程だ。痛い痛いと傷口を押さえて転げ回る姿が滑稽だったがそこにキングレッドがのしかかったことで更に大きな悲鳴を上げた。
「た、助けてぇ! 食べないでぇ!」
「ガウガウ!」
「お~いそんな不味そうなの食べたら腹を壊すぞ」
海渡に言われキングレッドが男から離れて戻ってきた。海渡がよしよしと頭を撫でる。
「う、うぅ、どうしてこんな目に……」
仮面の男が体を起こした。膝を押さえて苦しそうにもしている。銃弾がそこに跳ね返ってきたのだろう。痛々しいが自業自得なので海渡は特に何もしない。
「ぷっ、おいおい、このおっさんが主催者なのかよ」
「ちょ、杉ちゃん笑っちゃ悪いよ」
するとその光景を眺め続けていた杉崎がプッと吹き出し笑い声を上げた。それをたしなめる花咲だが、彼女も笑いを堪えきれずにいた。
キングレッドに食べられこそしなかったが仮面は外されコートもぼろぼろだった。そのため、正体が白日のもとにさらされたのだが――出てきたのはハゲ散らかしたおっさんだった。腹も出ていて見た目にもかなりむさ苦しいおっさんでもある――




