番外編⑧ その六 田中はタナカ
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「田中。ちょっと杉崎のお父さんに殺されてくれない?」
「嫌ですよ! 何なんですか藪から棒に!」
海渡の発言に田中が飛び上がらんばかりに驚いた。いくら見知った仲とはいえ、いきなり「殺されて」と言われて冷静でいられる人材はそう存在しない。
「海渡。それは流石に直球すぎないか?」
「でもそれが一番手っ取り早いよね?」
「いやいや! そんな雑な理由で殺されたらたまったもんじゃないですよ!」
「大丈夫だよ田中。お前、殺しても死なないから」
「いやそれ“実際に死なない”って意味じゃないからね!」
田中はよほど殺されたくないのか必死だ。
「大丈夫だって。田中はしぶといから、不幸にはなっても死ぬことはないんだよ」
「さも当たり前みたいに言われても……とりあえず、なんでそんな話になってるのか説明してくださいよ」
「田中のくせに生意気だ」
「何が!? いや、至極真っ当な要求だと思うんですけど!」
海渡の酷な物言いに、流石の田中も納得していない。
「どうする杉崎?」
「まぁ俺の親父が関わってることだしな」
そして杉崎が田中に事情を説明したのだが――
「なんと! これから娘の真弓が、大大大大大好きなパパに会いに来ると!」
「大事なのはそこじゃねぇよ」
「相変わらずポジティブだな、田中は」
説明を聞いてなおこの反応である。娘の真弓からはハッキリと拒絶されていても「愛されてる」と思い込んでいるあたり、根が深い。深すぎて地底文明に到達している。
「それにしても、まさか杉崎くんのお父さんがそんな目に遭ってるとは知りませんでしたよ」
「まぁ、あんたに敢えて言うことでもないしな」
田中に冷静な顔で返す杉崎。確かに田中に聞かせたところで実りは薄い。
「でも、亡くなったお父さんが転生して、デッドチャンネルを未だ追っているなんて驚きですね。世間ではとっくに解決したというのに」
「確かにそうだよね。杉崎のパパなら、それぐらい調べがついてるんじゃないの?」
田中の疑問に便乗して鈴木が問う。
「まぁ俺も説明したし、ネットの使い方もわかってるから調べてはいると思うけど……“それも隠蔽されてる”って思い込んでるんだよ」
「そうなんだね。恨みがそれだけ強いってことなのかな……」
杉崎の答えに、委員長の顔が曇る。杉崎父の気持ちを慮っているのだろう。
「今の話でわかったと思うけど、田中が犠牲になるのが一番早いんだよ」
「だから何故! 私の命を何だと思ってるの!」
「田中」
「答えになってないよ!」
あっさり過ぎる海渡に、田中のツッコミが止まらない。
「もう諦めろよ、タナカ」
「なんかちょっとイントネーション変わったけど誤魔化されないよ!」
「もういいだろう、タナカ。それぐらいやってやれよ」
「いやいや“それぐらい”じゃないから! とっても大きな事だから!」
「いいじゃん。あんたなんて、とっくに死んでてもおかしくないんだし」
「辛辣!」
海渡、虎島、鈴木に説得されるも、田中は首を縦に振らなかった。
「なぁ田中」
「あぁ杉崎くん。比較的まともな君ならわかってくれるよね?」
「あぁ。だから頼む。親父を納得させるために死んでくれ!」
「“死んでくれ”って言っちゃったよ! 私の人権どこ!」
「諦めろよ田中。お前はヒト科じゃなくてタナ科なんだから」
「タナ科って何ッ!?」
「いや、むしろTANAKAか」
「なんでKARATEみたいに言ってるの!」
そこで、田中のスマフォが震えた。画面には見慣れない番号。非通知ではないのが、逆に不気味だ。
「……もしもし? こちら田中ですが」
スピーカーモードに切り替える田中。教室の空気がわずかに張りつめる。
『初めまして、タナカさん。|デッドJr.と申します』
若く、薄笑いを含んだ声。背筋にじんわり冷気が走る。
『あなたの娘さんと、そのお友だちを“お預かり”しています。返してほしければ――』
ビクリと肩を震わせる真弓の名を、誰かが小さく零した。田中の顔から血の気が引く。
「――待て、真弓だと? おい、どういう――」
『詳しくはメッセージを送ります。場所とルール、そして“観客”の募集方法も。あ、安心してください。昔みたいに派手にはやりませんよ。今は“上品に”やる時代ですから』
ツー……ツー……ツー。
通話が切れるや否や、田中の端末に次々と通知が降ってくる。地図、時刻、禁止事項、“視聴者参加型”の文言――悪夢の形式美。
「まさか……本当に“デッド博士”の息子が動き出すなんて――」
杉崎が唇を噛み、拳を握る。教室の空気が一瞬にして凍りつきシリアスな空気が流れ始めた。
海渡は短く息を吐く。
(やっぱり――面倒どころじゃない)
静寂の中心で、通知音だけが無遠慮に鳴り続けた――。
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