番外編⑦ その五 デスバレンタイン
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「勇者様よかった。まさかオイスタスデミルドールガッポネスハンニャソマラヤエルミザークルベスボロイヤオーガストファイナルアトミックゼロスビスタルスデスボラクロネス・イトウに襲われるとは思ってなかったよ~」
半泣きになりながら海渡に飛び込んできたサマヨだったが、海渡は華麗に身を捻って躱し、ため息混じりにサマヨを振り返った。
「……それ、イトウは姓なのか名なのか?」
「気になるのそこ! 海渡くん!」
同時に叫ぶ佐藤委員長。確かにもっとツッコむべき所がある。
「イトウは地球でいうところの名字よ!」
「あ、名字なんだ……」
どちらにしても長過ぎる。
「それで、どうして俺たちはオイスタスデミルドールガッポネスハンニャソマラヤエルミザークルベスボロイヤオーガストファイナルアトミックゼロスビスタルスデスボラクロネス・イトウに襲われたんだ」
「えっとね。別にオイスタスデミルドールガッポネスハンニャソマラヤエルミザークルベスボロイヤオーガストファイナルアトミックゼロスビスタルスデスボラクロネス・イトウに襲わせたかったわけじゃなくてオイス――」
「待って待って! その長い名前を言い続ける必要ないですよね!」
思わず委員長がツッコんだ。委員長がツッコむのは珍しいが他にツッコミ要因がいないのだから仕方ない。ツッコミマスターのシンキチも今は不在である。
「そうよね。勇者様イトウの事は置いておくとして、真の目的は勇者様を招待することだったのです!」
「招待……何か時折勝手に招待されてる気がするけど、改めてどうしたの?」
「フフン。この女神サマヨ。地球のイベントの事もよく知ってるのです! そう! 今日はバレンタイン! なのです! そこで勇者様に私の愛の籠もった手作りチョコレートを!」
「よし。帰ろうか委員長」
「えッ!?」
サマヨの話を最後まで聞かず引き返そうとする海渡。それにちょっと驚く委員長であり。
「待って待って勇者様帰らないで~ちょっと転移先間違えてヒヤッとさせたことは謝るから~!」
「ヒヤッとするレベルじゃないぞサマヨ」
宇宙空間のような場所に放り込まれてわけのわからない化け物に襲われているのだから、確かにちょっとどころではない。現実なら謝罪会見を開いているレベルだろう。
「私は勇者様の力を信じてましたから。きっと勇者様ならイトウも倒せると!」
「信じてると言えば済む話でもないんだけどねぇ」
更に言えばイトウを倒したのは海渡ではなく委員長のチョコレートなのだが、佐藤委員長の気持ちを考えてそれは言わずに飲み込んだ。
「色々と材料も揃えたんだよ勇者様! 勇者様に少しでも美味しいチョコレートをご馳走しようと思って、この場で手作りしようと思ったのに!」
「えっと、材料が揃ってるのですか?」
「うん! 神界中を回って最高の材料を用意したんだよ!」
「あ、あの、最高の材料でなくていいのですが、少し余っていたりしますか? 実はさっきので私が作ったチョコレート落としちゃって……」
懇願するような目でサマヨに問う佐藤。一方でその横では海渡が顔を引き攣らせていた。
「そうだったんだね。ごめんね私のせいで。それなら材料は沢山あるから好きなのを使ってくれていいよ~」
「本当ですか! ありがとうございますサマヨ先生! 材料費は支払いますので!」
「いいよいいよ。そもそも私のせいだし、折角だから一緒に作ろう♪」
「先生――私、嬉しいです!」
妙に盛り上がるサマヨと佐藤委員長。一方で海渡は能面のような顔で二人を見ていた。
「サマヨ。本当に委員長とチョコを作るつもりか?」
「勿論だよ海渡。ウフフ、私はこうみえて寛大なのですよ。大丈夫、わかってるからね♪」
そう言って謎のわかってる感を出すサマヨ。だが絶対にわかってないと海渡は考える。そして思い出した。サマヨは佐藤委員長の料理を直接見たことがなかったな、と――。
「じゃあ委員長。こっちで一緒に作ろうね」
「はい!」
「……俺も手伝おうか?」
「勇者様は座って待っててね」
「料理は私とサマヨ先生で頑張るからね」
二人の笑顔に何も言えなくなる海渡である。出来れば手伝う体で手を加えたかったのだが、二人の真剣なオーラに当てられ大人しく待つことになったのだ。
こうしてしばらく待つと、二人が戻ってきて、先ずはサマヨが手作りのチョコレートケーキを披露した。ハート型だったり海渡様LOVEの文字があったりが気になりはしたが、カットされたチョコレートケーキを海渡は食べてみた。
「ど、どうかな勇者様?」
「うん。ビターで美味しいね。サマヨは何でもできるな」
海渡が褒めると、パッと顔を輝かせるサマヨ。まるで純真無垢な乙女の反応だ。
「えっと、その、実は私が作ったチョコレートも食べてほしくて」
サマヨのケーキを食べた後、委員長が頬を赤らめて言ってきた。いよいよ来たと海渡が身構える。
「委員長も頑張ってたよね! なぜか料理の様子を見ようとしたときから記憶がないんだけど、きっと美味しく出来てるよ!」
記憶がないのくだりで既に嫌な予感しかしない海渡である。
「か、海渡くんどうぞ召し上がれ!」
笑顔でテーブルに置かれた物体――皿の上で寄生植物の如く脈打つ漆黒の塊。触手が蠢き、滲み出す燐光に照らされた眼球がギョロリと海渡を見据える。皿の縁からは溶けたチョコ――らしき液体がポタリポタリと垂れ、床に落ちた瞬間「シュウウ」と小さな煙を上げた。
「ぎゃあああああああああ!?」
サマヨが両手で頬を押さえ、背中を反らして三メートルは飛び退く。背後にいた天使の輪が三重にずれ、羽根がパタパタと千切れるほどの勢いで飛び回り、終焉がやってきたかのように大騒ぎだ。
「え? えっと、委員長これは……?」
「は、はいっ! 少し甘めにしようと思って天使蜂蜜を全部入れたのだけど。大丈夫? 苦手だった?」
いや、甘い甘くない以前の問題だろう、と海渡は内心でツッコむが、口角だけ上げて微笑んだ。サマヨは背後で「オーマイガッデス!」と絶叫し光の檻を展開、チョコに聖水をパシャパシャかけているが、逆に触手が再生して増殖中。
(……覚悟を決めるしかないか)
そう腹を括った海渡はフォークを構え、そっと魔法を行使。刹那、視界が裏返る――。
*
「あれ? ここどこ~!? て、委員長にサマヨ先生まで? なんでなんで?」
海渡の姿をした田中がキョロキョロと周囲を見回し、とぼけた声を上げた。どう見ても戸惑うエキストラである。
「か、海渡くん。もしかして気に入らなかったの?」
委員長が潤んだ瞳で田中を覗き込む。その足下では眼球チョコが「グブブ」と不気味な泡を吹いている。
「ひっ! なにこれぇぇぇぇ!?」
田中は引きつった笑みを浮かべたまま半歩後退。
「え? チョコレートだけど、もしかしてやっぱり……」
委員長が涙目になり海渡の姿をした田中が慌てだす。そんな姿を海渡は地球から見ていた。そう、田中の姿で――。
「はぁ。田中との入れ替わりなんて出来ればしたくなかったけど、仕方ないよね。他の皆を巻き込めないし」
一人嘆息する海渡。そう海渡はこのときだけ、田中と中身を入れ替えたのである。一方で田中も状況を飲み込めてなかったが、持っていたスマフォの画面で自分を見て気がついた。
「い、入れ替わってるうぅうぅうううう!」
「え? あの、海渡くん?」
「いやいやいや! 違うんだよ~私はそうじゃなくて、え?」
しかし右手が勝手に動き、フォークでチョコをザクッ!
「グェブァアア――!」
およそ菓子とは思えぬ断末魔。田中は涙目で拒否しようと考えるが、身体は言うことを聞かない。
『田中。お前の犠牲は無駄にしない』
脳内に響く海渡のテレパシー。田中は「ヒィィィ」と情けない悲鳴を上げながらチョコをパクリ。
三十秒ほどで全身が痙攣し、白目を剥いたままドサリ。
「だ、大丈夫!? 海渡くん!」
委員長が慌てて駆け寄ると、田中はムクリと起き上がり、虚ろな目で完食に向けて再びフォークを突き立てる。もちろんこれは海渡の遠隔操作である。
「か、完食してくれた……ありがとう海渡くん!」
委員長がぱぁっと笑う。その横でサマヨは感涙しつつも天使の輪を二重に補修中。
全て食べ終えたのを確認し、海渡は入れ替わり魔法を解除。田中は衝撃で再び気絶したが、至って無事だ。
「さ、流石海渡様……!」
とんでもチョコを胃に収めた勇者に、サマヨは尊敬と畏怖の入り混じった眼差し。
こうしてデスバレンタイン――田中視点ではまさに死のバレンタイン――は無事(?)幕を閉じたのだった。
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