番外編⑦ 四の四の四の四の四四四聖四愛十四日
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「こ、これは――」
海渡に最大の危機が訪れようとしていた。眼の前にいるのはまさに黒い悪魔と表現して、いいのかもわからない紫色の物体。ウネウネと蠢く触手状の何かが獲物を探し求め、物体の中にプカプカと浮かぶ眼球のような物がギョロギョロと動きこちらを見つけると更にその動きが速くなった。
まるで餌を前にした野獣のような目がギョロリと開く。海渡は思った。一体何故こんなことになってしまったのか、と。
時は少し戻り、その日は世間一般でいうところの聖バレンタイン――海渡のクラスの男子もどこかソワソワしていた。
「なぁなぁ、今日って何の日かわかる? ほら、黒くて甘くて、そういうのを男子に配る日じゃんか」
矢島が女子相手にせがむように言うが、多くの女子はそんな矢島を無視していた。しかし矢島は決してめげることなく、女子の机に手を置いて更にせがんだ。
「ねぇねぇ、何くれるの? ねぇねぇ、何?」
「きもッ!」
悲鳴に近い声を上げて女子が逃げていく。そんな後ろ姿を見て立ち付くす矢島であった。
「はぁ、矢島。お前はがっつきすぎなんだよ。手当たり次第に求めても逆効果だぜ」
「う、うるせぇ! いいよな杉崎は! 毎年大量のチョコを貰いやがって!」
「いやほら、俺は求めてなくても貰えるし」
「その余裕に痺れない憧れない! 腹が立つ!」
矢島が頭を抱えて悶絶した。そんな杉崎の机の上にはチョコレートが山盛りになっていた。
「はぁ、俺の気持ちがわかるのは鮫牙、お前だけだぜ」
「うん? 俺は何枚かもらったぞ」
「はぁああぁああぁああッ!?」
矢島が素っ頓狂な声を上げた。よく見ると鮫牙の机の上には確かに幾つかのチョコ入りの箱が乗っていた。
「おま、冗談だろ! お前クラス一番の嫌われ者だった筈じゃんか!」
「失敬な奴だなお前は」
言われた鮫牙が眉を顰めた。確かに失礼な話だが、デスゲームの事もあり、暫く鮫牙が女子から嫌われていたのも事実なのである。
「ま、鮫牙もすっかり真面目になったからな。意外と好感持ってる女子も増えてきてるんだよ」
「確かに。最近は勉強にも一生懸命だもんね」
「前なら今のやり取りの中でグーパンが飛んでそうだからな」
杉崎の言葉に頷く、海渡と虎島である。
「こうなったら俺は異国の女子に目をつけるぜ!」
「いや、それはやめたほうが」
「マックスちゃ~ん! キャラットちゃ~ん! フォワードちゃ~ん!」
しかし海渡の忠告も聞かず、異世界からやってきた三人に駆け寄る矢島であり。
「ほう、つまり貴様は私に切られたいというわけだな?」
「ちょこっと焼かれたいと、そういうわけね」
「ウフフッ、そんなに黒いものが好きなら幾らでも反転回復魔法で呪い殺してあげますよ」
「ヒィィイィィィイィイイイッ!?」
三人に迫られ、矢島が悲鳴を上げて逃げ回った。容赦ない攻撃を喰らい続ける矢島だが、海渡の魔法でギリギリ死なない程度に留まっている。
「虎ちゃん、これ」
「え? お、俺にか!」
マックス、フォワード、キャラットの意識が矢島に向けられている間に景が虎島に近づきそっとチョコを手渡していた。
「……集斗はもう沢山もらってるし、いらないよね」
「ば、馬鹿いうなよ。舞のは別に決まってるだろう」
そして杉崎もまた花咲からチョコを受け取り頬を紅潮させていた。いつの間にか二人は下の名前で呼び合う仲になっており、どこか微笑ましく思う海渡である。
「はぁ、このチョコレートをお渡ししたいですわ。赤王様……」
「ガ、ガウ」
恋する乙女と言った表情でチョコを両手に呟く金剛寺。その姿を困った顔で見つけるアカオであった。矢島と一部の男子嫌いを除けば教室全体が甘い空気になりつつあった。
海渡はバレンタインを普通に祝える日常に安堵を覚えてもいる。
「海渡くん、あ、あの」
呼ばれ顔を向けるとそこには委員長の姿があった。袖で口元を隠しながらモジモジしているその姿に、海渡は何故か不安を覚えた。
「あ、あのね! 実は私チョコレートを!」
そういって委員長が箱を差し出した瞬間、二人の景色が変わった。
「え? え? えぇえええぇええぇええッ!?」
それはまるで宇宙空間のような場所だった。驚いた委員長が手放したことで、持っていた箱が落下し、同時に迫っていた巨大な口が箱ごと飲み込んだ。
「あlfkぁfjかfjぁfkwふぁkfじゃklfじゃlfjkぁfjkぁfjヵfjkぁjfヵjfヵfjkぁッッッッッ!?」
とたんに謎の口を広げていた形容しがたい物体から悲鳴が上がった。そして次の瞬間には、その口のような物がまるで風船のように破裂し、同時にビックバンが発生。海渡は委員長を守るように障壁を張り、衝撃から逃れた。
「うぅ、せっかく作った私のチョコレートが」
「今のが、チョコ、レート?」
海渡でさえ動揺を隠せない。今現れたのは異世界にいた化け物た束になってかかっても敵わない異形。もちろん海渡なら倒せる相手ではあるが、だとしてもチョコレート(?)一つで倒せることに驚きだった。
そしてまた景色が変わり――そこは以前によく呼ばれた女神の空間であった。
「ご、ごめんね海渡ぉぉおお! 大丈夫だった!」
「犯人はお前かサマヨ」
サマヨの謝罪を耳にしながら呆れ顔を見せる海渡である――。
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