番外編③ その一 死者の溢れる町
「くそっ、どうしてこんな!」
「木崎くん、怖い……」
木崎という男が一人の女性の手を取り走っていた。一瞥すると彼女の目には涙が溜まっている。
そして背後から悍ましい呻き声を上げながら走ってくる集団の姿。しかもそれらの集団は見るからに正気では無く肉体も酷く損傷している。
「大丈夫だ叶。お前は絶対に俺が守る!」
「木崎くん……」
叶が顔を伏せる。一方で木崎は周囲の状況に目を向けた。現在、町では歩く屍が徘徊し人々を襲っている。ゾンビという奴でありニュース番組でもその話題で持ちきりだ。
インターネットの掲示板でも噛まれたり噛まれなかったりという報告で溢れている。
しかし多くの者からすれば解せない話だ。日本では死体は火葬される。つまり死体は残らない。にもかかわず何故ゾンビが町に溢れてしまったのか。
しかもこのゾンビやたらと機敏だ。走るのは勿論飛んだり回転したりなんなら体操選手ばりの動きを見せるのもいる。
「この状況じゃ不利だ! あそこに車がある。あれを拝借しよう!」
「え? でもそれ窃盗だよ」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないし!」
車に乗って逃げることを提案する木崎。だが叶はわりと冷静だった。もしかしたら事件が解決した後に警察から事情を聞かれたり場合によっては起訴されたりなんてことを心配しているのかもしれない。
「しめたキーがついてる!」
「なんて不用心なのかしら」
木崎は車に鍵が刺さりっぱなしだったことを喜び、叶はこんな状態で車を放置しておくなんて盗んでくれと言ってるようなものじゃない、と会ったこともない車の持ち主の防犯意識に疑念を抱いた。
「とにかく乗って」
「確かにやむを得ない緊急事態とも言えるし大丈夫かしら……」
「いいから早く!」
二人で車に飛び乗る。木崎はすぐにエンジンを始動させアクセルを踏み込んだ。
「うぉおぉぉぉぉおぉおお!」
ゾンビ達を跳ね飛ばしながら車が進む。
「木崎くん!」
「あぁこのまま突き進むぞ!」
「ひき逃げなんて駄目よ! 今ならまだ間に合うわ!」
「いやだからなんでだよ!」
叶が木崎を咎め自首を勧めた。一方で木崎は叫び困惑顔である。
「ゾンビを轢いても罪にはならないよ!」
「でもゾンビだって生きてるし最近は世間も色々とうるさいし、あ、それに木崎くんシートベルト!」
「いやそれどころじゃないんだって!」
確かに木崎はシートベルトをしていなかった。叶はしっかりしているのにだ。これは良くない。
「杵崎くん。シートベルトはして!」
「ハンドル操作で手一杯だよ!」
「でもさっきからピーピーうるさいのよ!」
「……」
木崎は困った。確かに言われてみればシートベルトをしてないことでブザーがなりっぱなしだ。耳障りな音でありしっかり交通ルールを守ってシートベルトをしている叶からすれば納得出来ないことだ。
「とにかく私の前では交通ルールを守って」
「わ、わかったよ」
そして木崎がシートベルトを装着しようとするが。
「木崎くん赤!」
「だから今そんなこと言ってる場合じゃ!」
「違う! 車!」
「え? うわぁああ!」
木崎が見ると正面に横切る車が見えた。このタイミングだと激突する。慌ててハンドルを切った結果明後日の方向に進みそのまま壁に激突した。
「く、くそ……」
ふらふらになりながら木崎が運転席から出る。幸い大した怪我はないようだ。外に出て頭を振る。
「ヴゥゥゥゥゥ――」
「ヒッ、そんな! どうしてゾンビが!」
だが車から出てきた木崎にゾンビが迫った。
「危ない!」
ゾンビが木崎に襲いかかったその時、叶が飛び込んできてゾンビに一本背負いを決めた。
「ふぅ、一本ってところね」
「た、助かった。ありがとう叶! 怪我はない――」
木崎の喉が詰まる。その時、木崎は見たのだ、叶の腕に痣が出来ていることを。
「叶、ゾンビに……」
「え? あ、確かにちょっと傷が出来たね。でも大丈――」
「大丈夫なわけあるかーーーー! お前ゾンビ映画みてないのか! ゾンビの感染力は凄まじいんだよ! ほんのかすり傷でも受けたらもう終わりなんだよ!」
「いや、でも」
「ごめん叶――」
絶叫し、そして木崎が拳銃を取り出した。
「え? 木崎くん、どうしてそんな物?」
「当然だろう。ゾンビが大量に出てるんだから念の為これぐらい用意する。ごめんよ叶、君を守れなく。でも、このままあんな醜いゾンビに変わり果てるぐらいなら――この俺の手で殺してやる! そして俺の心のなかで一生!」
「はい、ストーップ」
彼の言動に青ざめる叶へ銃口を向ける木崎だったが、何者かの声が割って入る。そのまま瞬時にして拳銃が取り上げられた。
「は? な、何だ貴様!」
「う~ん。何だと言われたら普通の高校生?」
「ふざけるな! 拳銃返せよ!」
「駄目だよ。その人の事、撃とうとしてたじゃない」
普通の高校生がやれやれといった様子で木崎に指摘する。すると木崎が顔を歪め言い返してくる。
「知ったふうなことを言うな! いいか? 叶がゾンビに傷を付けられたんだ! もうゾンビになるんだ! だから俺がこれで楽にしてやるんだ!」
「だったらもう心配ない――」
「危ない!」
その時だった。普通の高校生の背後からゾンビが覆いかぶさってきたのは。見ていた叶が叫ぶが。
「ほいアンチアンデッドっと」
「へ?」
しかし彼は慌てる様子もなく襲ってきたゾンビに手のひらを向けた。ゾンビの体が淡く光り――
「て、あれ? 俺何してるんだ?」
正気に戻った男が目を丸くさせキョロキョロとあたりを見回すのだった。
「な、なんじゃそりゃーーーーーーーー!」
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