番外編② その五 姫様と勇者
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海渡は王の勧めもあり英気を養う宴に参加していた。一方で英気を養うといいながらも腹に一物あった王は、娘のアイリシアと妻に海渡を誘惑し既成事実を作り魔王討伐を諦めさせろと命じた。
「素敵ですよ殿下」
鏡の前でメイドに褒められるアイリシア。胸のあたりがパックリと開いたドレスだった。見てるだけでなんとも恥ずかしくなる。
「ねぇアイリシア。こんな格好で大丈夫かしら? 恥ずかしいわ。もういい年なのに」
「いやママなんてノリノリで着替えてるの!?」
アイリシアが叫んだ。自分のドレスも恥ずかしく思ったが母はもっとすごかった。少しでも着衣が乱れたなら先っぽが飛び出さんばかりの危険な格好だった。
「だって折角だしちょっと冒険してもいいかなって。うふふ私実は冒険者に憧れていたことがあるのよ」
『いやいや冒険の意味が違うよね! それ冒険者の冒険と明らかに違うよね! 冒険者の冒険ってのはもっとこうロマンがあって、でも今のそこにはエロしか!』
「今なにか聞こえたかしら?」
「空耳?」
何やらツッコミらしきものが時空を超えて飛んできた気がしたが空耳と判断された。
「コホン。とにかく勇者様は私の方で何とかしてみますからお母様は大人しくしていて下さい」
「アイリシア……やっぱり貴方勇者様が」
「――行ってきます」
何かを察したような母の視線を受けながらアイリシアは海渡のもとへ向かった。背中に掛けられた母のファイトの声が気恥ずかしかった。
「勇者様……」
バルコニーで空を眺めていた海渡に姫が声を掛ける。
「あぁ。姫様か」
海渡がアイリシアに気が付き一瞥した。だがそれだけだった。反応が薄い。折角勇気を出してこれまで着たこともないような危ないドレスを選んだというのに――残念に思い若干ムッ、ともした。
「その勇者様。私を見て何か思いませんか?」
「最近は寒くなってきた。そんなに前を開けていたら冷えるぞ。風邪を引かないようにな」
「な! も、もう! なんですか私を子供扱いして!」
アイリシアが頬を膨らませると海渡がフッと薄い笑みを浮かべた。海渡が初めてあった時アイリシアはまだ六歳だった。それから十年が経ち彼女も十六歳になった。だが海渡も年を重ねた。今の海渡からすればアイリシアは年の離れた妹みたいな感覚であり、その為か地球にいる妹の菜乃華を思い出してもいた。
だがこの世界の感覚で言えばもういい大人であり、王族であれば結婚していてもおかしくない年齢だ。
「――地球は向こうの方かな」
空を見上げながら海渡がつぶやく。アイリシアはその言葉を聞き逃さなかった。
「ち、きゅう……確か勇者様の生まれ故郷ですね。確かちきゅうという世界のにほんとか?」
「あぁそうだ。ここと違って平和でのんびりした星、いや世界だったよ」
海渡が答える。こちらの世界で星といっても空の星としか認識されない。宇宙という概念もない世界だから仕方ない。そもそも世界の仕組みが違う。地球のように大気圏を越えたら宇宙という単純なしくみではないのだ。地下にも空にもそれぞれ世界があるような場所だ。
太陽と月もあるがそれも概念としてそこにあるだけだ。
「……勇者様は魔王を倒しそして元の世界に戻るのですね」
「あぁそうだ。元々その予定だった。まさか十年近くいることになるとは思わなかったが」
ハッキリと海渡が答えた。それがアイリシアには少しさみしかった。
「その、私、いえこの世界の皆が勇者様に残って欲しいとお願いしたらどうしますか?」
「帰るよ」
「そ、そうですか……」
あまりの即答ぶりにアイリシアがしゅんっと肩を落とす。
「……そもそも俺はこの世界の人間ではない。女神との約束もあったから魔王までは倒すがそこから先はこの世界の問題だ。これ以上俺が関わるべきではない。特に最近はその思いが強くなった」
勇者の口調にはどこか突き放すような冷たさも感じた。だがその理由をアイリシアは知っていた。
「……皆が勇者様を頼りにしすぎるからですね。私もそれは危惧してました。お父様にももっと国王としてしっかりすべきと生意気にも言ってしまったことがあります」
「そうか……その考えは間違っていない。王はあんたの父親だ。俺じゃない」
「そう、ですね……」
一瞬だけ海渡が王になってくれればと思ったアイリシアだがその言葉を飲み込んだ。
「勇者様のお気持ちよくわかります。私ももっと皆に自覚を持ってもらい、これからのことを考えられるよう訴えていくつもりです。ですからどうか勇者様は魔王を……その脅威がなくなってこそ私達は新たな一歩を踏み出せる。それも勇者様任せで情けなくありますが……」
「いや。問題ない」
魔王に関しては仕方ないと海渡は考えている。この世界の魔王は強い。例えて言うなら歴代のD的なあれの魔王とF的なあれの魔王が全て合体してもまだ足りないぐらい強いのである。
『その例えだと寧ろなんとかなりそうじゃない!?』
もっと言えばウ○テ○マの王様より強い。
『そいつはやべぇ!』
何やら声が聞こえてきたが海渡は無視した。
「それよりも姫と話せてよかった」
「え?」
「最近人々の変化に戸惑っていた。だがあんただけは昔から変わっていない。いい意味でな。正直言うと今の王では心もとないがアイリシアがいてくれるなら安心だ」
そう言って海渡がアイリシアを振り返りその肩に手を乗せ伝えた。
「これからのことは頼んだぞアイリシア」
「――はい勇者様。どうかお気をつけて」
こうして結局アイリシアは海渡の誘惑を諦めるのだった――
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