エピローグ
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「もし、私がそんな世界に行ったら気が変になるかも……」
鈴木がポツリと呟く。すると虎島が影神に殴りかかった。
「一体何のつもりだい?」
しかし、それをあっさりと躱し、影神が問いかけた。
「うるせぇ! 海渡は俺の親友だ! それにこんな真似しやがって! 一体てめぇの目的はなんだ!」
「目的、目的か。そうだねぇ海渡君を独り占めにすることかな?」
「独り占めだって?」
杉崎が眉をしかめる。うふふ、と影神は笑い、そして続けた。
「海渡君が僕のイフに飲み込まれたら、僕が唯一の理解者として彼の前に姿を見せる。そして僕は海渡くんと、海渡と、幸せに暮らすんだ。唯一の理解者のこの僕が、一生彼の側にいてあげるのさ」
「てめえ、どうかしてるぜ!」
「ふふ、何とでも言うがいいさ。海渡は僕のつくったイフの世界できっと孤独にさいなまれる。人はねどんなに強がってみても孤独には勝てないものさ。そこに僕が手を差し伸べる。きっと彼は僕に感謝し、僕だけを見てくれるようになる。まさに僕にとって最高で理想の世界が出来上がるんだ」
「そんな真似、俺達がさせない!」
影神の歪んだ理想に杉崎が怒りを顕にした。だが影神ストーンバディーは不敵に笑い言葉を返す。
「それは無理かなぁ。だって君たちの記憶は僕が消していく。僕はね海渡さえいればそれでいいんだ。君たちのことなんてどうでもいい。だから壊したりするつもりもない。ただ記憶だけは消していくよ。君たちの記憶から海渡を消した時、海渡は僕だけのものになるんだから」
恍惚とした表情で影神が語り終えた。そしてその手に黒い光が集まっていく。
「さぁ、これで終わりだよ。あらゆる世界の記憶から海渡が消える。そして今こそ僕だけのものに!」
「いや、それは無理だろう」
しかし、影神が全員の記憶から今まさに海渡の記憶を消し去ろうとしたその時、これまでピクリとも動かなかった海渡から声が漏れた。
海渡の首が起き上がり、その目が影神を捉える。
「そ、そんな、海渡、君は、そうか。さては君は力を使って僕のもしもの世界から抜け出したんだね」
「え? それじゃあ海渡は戻ったのね!」
「うん、そうよ。海渡くんは戻ってきてくれたんだ!」
鈴木と委員長が弾んだ声を上げる。だが一方で虎島や杉崎、黒瀬の表情は浮かないものだった。
「ちょっとどうしたのよ皆! 海渡が戻ったのですわ!」
「……確かに戻った。だけど、もし影神の言うとおりなら――海渡は負けたことになる」
「え?」
委員長の目が点になった。まさかそんなことが、といいたいところだが。
「海渡は影神のルールに乗っかった。だが、もし世界を力で壊したとしたらそれは将棋で負けそうになっているときに将棋盤ごとひっくり返したようなものだ」
「もしくはすごろくのゴール前で一人で何度もサイコロを振るようなもの」
『すごろくのくだりいる?』
ツッコミが混じったがつまりそういうことだった。確かに海渡は戻ったかもしれないがこれでは海渡の負けなのである。
「ふふ、僕としてはちょっと残念な結果だったけど、これは海渡君の負けだね?」
「え? 何で?」
「……いや、何でってそりゃ君がルールを破ったからさ」
「破ってなんていないさ。俺はお前の魔法を受けてそのまま人生を続けた。そしてそこで改めて力をつけてこっちにもどってきたんだ」
「……はい?」
影神の顔色が変わる。彼にとってそれはあまりに想定外のことだった。
「ちょ、ちょっとまってよ海渡。だって僕の世界では君は何の力も持たなかったはずだろ?」
「あぁ、だから向こうでも頑張って力をつけた」
「いやいや、こっちではいろいろな人に好かれてそれが元で強くなれたんだろうけど、僕の世界での君の好感度は最低だった。それは無理な筈だよ?」
「何で? 好感度が最低なら、また上げればいいだけだろう?」
「え? また、上げれば、いい?」
「あぁ、そうさ」
海渡のなんてこともないような答えに、影神の肩がわなわなと震えた。
「つまり。君はあれかい? 全くなにもないそれどころかとんでもないマイナスの状態から人生をやり直しさせられたのに、めげもあきらめもせず腐ることもなく孤独を乗り越えて元の状態に戻したとそういうことかい?」
「う~ん、少なくとも孤独ではないな。お前はマイナスだというけど、嫌われるということは興味を持たれているということだ。それならいくらでもやりようはある」
「で、でも、それぐらいの対策はした! だから海渡を無視している奴だって多くいたはずだ!」
「それなら無視できないよう興味をもたせればいいだけだ」
「……は?」
海渡から飛び出る回答に影神の表情が変わっていく。今の神は明らかに動揺していた。
「あなたの負けね影神。残念だけど海渡様とは器が違いすぎたわ」
「そ、そんな馬鹿な――」
「はは、お前は勘違いしていたな。そもそも海渡は勇者になったから強いんじゃない。強いから勇者になれたんだ」
「そういうことだ。神とは言え見誤ったな。海渡の強さは与えられて得たもんじゃない。自分で掴み取ったものだ」
「そんな海渡くんが、いくら好感度が最低な世界だからって乗り越えられないわけがありません!」
「それをやっちゃうのが海渡なのよねぇ」
「……ふっ」
「流石海渡ですわ! でも、私にとっては赤王様が一番ですわ!」
「え? えっと、か、海渡すごい!」
皆が海渡を称えた。そして狼狽える影神の前にアテナが指を突きつけ言い放つ。
「さぁ影神ストーンバディー! 貴方はもうお終いです。十二神議官を代表して貴方に罰を与えましょう。理由は勿論おわかりですね? 貴方は世界を混乱に陥れ、自分勝手な欲情を満たすために関係ない人々まで巻き込み世界さえ破壊しようとした。それ相応の覚悟はしてもらいますよ!」
「くっ、この僕を君ごときがどうにかできると?」
「確かに私では無理でしょう。ですから、ここから先の裁きは勇者海渡に権限を全て託します」
「な、何だって!?」
影神がのけぞった。そして海渡がゆっくりと近づいていく。
「そういうわけだ。もう覚悟は決まったか?」
海渡が拳を鳴らし影神に近づく。その姿に恐れをなす影神ストーンバディーだったが、ふっと笑みを浮かべ。
「そうだね。僕の負けだ。好きにしていいよ。どんな罰でも甘んじて受けよう。ふふ、楽しみだなぁ。君は僕を殴るのかい? 痛めつけるかい? 地獄にでも放り込んで一生の責め苦を与え続けるかい? どんな罰でも君にやられたなら僕にとっては本望さぁ」
しかし、その顔は恍惚としていた。アテナは海渡に罰を与える権利を渡したが、どうやら影神ストーンバディーにとってはご褒美でしかないらしい。
「や、野郎なんて奴だ」
「海渡、そいつ、何をやっても悦びそうだぞ!」
「う~ん……ま、そうだね。なら、お前は俺がルールに乗ると言った。だから俺もそれに倣うよ。イフの世界に送ろう」
「え? イフ?」
「そうだ。その世界ではお前は神ではないし好感度も最低だ。何の力も持たない人間として生き続ける。死んでも転生してその世界からは出られない」
「ふふ、それって最高じゃないか。たとえどんな世界でも僕はずっと君を感じていられる」
「あぁ、そうか。だが一つ言っておくなら――その世界に俺はいない」
「え?」
直後、影神が光りに包まれてその身が少しずつ消滅していった。
「そ、そんな! 僕をそんな世界に送ろうというのか! 君がいない、君の存在しない世界なんかに!」
「そうだ」
影神がわなわなと震えた。涙さえ流している。こいつはどれだけの罰を与えてもきっと悦ぶ。だが海渡が存在しない世界となれば話は別だろう。
「流石海渡だぜ! ここにきて奴にとって最悪の罰を与えやがった!」
「うん、そうだね虎ちゃん。影神にとって大事なのは海渡様という存在」
「それがいない世界は奴にとって地獄と同じということか」
皆が納得の表情で消えゆく影神を見ていた。だが、ふふ、と影神は笑い、そして語った。
「それは違うよ。海渡、僕は今とても幸せなんだ。だってそうだろう? 君は僕の為に、僕を罰する為に、僕の為にイフの世界を作ってくれたんだ! こんな幸福なことはないよ。それを思うだけでたとえ海渡がいない世界でも、それを思うだけできっと僕はご飯何杯でもいけちゃうのさ!」
「な、なんてやつだ……」
「信じられない。こいつにとっては、海渡様が手を下したことそのものがご褒美に見えてしまうと……」
「……ふっ、なんてやつだ」
影神の姿が消えていく。そしていよいよ顔だけになりそして目だけになった時、思い出したように海渡が言った。
「あぁそうだ、いい忘れていたけど。そのイフの世界――田中がつくったものだから」
その時、残された影神の目がカッ! と見開かれた。
「……は? え、た、たなか? 君じゃなくて? まさか、あの、あの、田中ーーーーーーーーーー! そ、そんな、嫌だ、それは嫌だ、あの田中が作ったイフだけはぁああぁあああ! く、くそ、海渡ぉぉおぉおおぉおおおぉおお!」
そして――影神は消えた。海渡ではなく田中によって生まれたイフの世界へ、絶望の言葉だけを残して今、黒幕は消えたのだ――
「ま、まさか田中の世界とはな……」
「絶対に嫌なヤツねそれ」
「考えただけで気が狂いそうになりますわ!」
「全くだ本当に恐ろしい罰を与えるぜ海渡は」
『いやいや田中どんだけ嫌がられるんだよ! ま、僕も嫌だけどね!』
『だが知っているかシンキチ? その娘が真弓だ!』
その頃、田中真弓は教室でくしゃみをしていたという。
「あれ~? 誰か噂してるかな? あ、もしかして海渡様だったりして!」
「そういえばお兄ちゃん今頃修学旅行楽しんでるかなぁ?」
「ま、まぁ楽しんでると言えば楽しんでるんじゃないかなぁ……」
『顔が引きつってるぞシンキチ』
そして影神も倒され、世界に平和が訪れた。その功労者は勿論海渡であり。
「ありがとう海渡様。これで本当に世界は救われたわ。貴方は真の意味で勇者様だった。神として何かお礼を差し上げねばなりませんね」
「うむ、そうであるな。そうだ! 七つ並べるとどんな願いでも叶えてくれるという惑星がある! それを進呈しようではないか!」
「う~ん、そういうのはもういいからさ。もう修学旅行に戻っていい?」
神々に感謝され、何かとんでもないものまで渡されそうになったが海渡にとって大事なのは修学旅行にいくことなのである。
「――ふふ、どうやら海渡様にとってはこの程度、修学旅行に比べたら些細なことだったようですね」
「はは、全くとんでもないやつだな海渡は」
「でも、ま、確かに俄然楽しみになってきたな修学旅行」
「はい! 修学旅行のしおりも一生懸命作りましたし!」
「そのあたりが真面目だよね委員長も」
「……ふっ」
「私は赤王様と色々見て周りますわー!」
「え、えっと、いいのかな?」
「虎ちゃん、私達も――」
「勿論キラは私達と一緒よね!」
「うむ、主を旅行でも護り続けよう!」
「美味しいもの一杯食べたいな」
「キュッキュッ~」
「お? 何だもうホテルについたのか? おーい! 鬼瓦酒ーーーー!」
「いや、矢田先生そんなこと言ってる場合じゃないですって!」
そして、全員の意識が修学旅行に向けられ、海渡は改めてアテナに言った。
「そういうわけだから、俺たちもう行くよ」
「はい、行ってらっしゃいませ海渡様。あ、妹には自腹で向かわせてますから」
「はは、そういうところは結構厳しいんだね」
どうやら遅刻した罰なようだ。
そして海渡は異空間から無事抜け出し、本来の目的の修学旅行を目一杯楽しんだ。ホテルで合流した女神サマヨも一緒になり名所を見て回り、ホテルの料理に舌鼓をうち、何故かバイトしていた腰蓑を巻いた田中のよくわからないダンスショーを見せられ、夜は枕投げをして戦争状態になり、最終日には妹のためにオニイサマヨという木刀をお土産として購入し――
「ぐ~ぐ~zzz」
「うふふ、勇者様良く眠ってますね」
「随分とはしゃいでいたからな」
「はは、あんな海渡は初めてかもな」
「……ふっ」
帰りのリニアで海渡はすっかり寝息を立ててしまっていた。その姿に、皆は海渡と最初に修学旅行に行った日を思い出す。違うのは、今回はしっかり皆で修学旅行を満喫できたということだ。
「それにしても、寝顔だけ見てると、異世界やこの世界を救った勇者とはとても思えないわね」
「う、うん。か、可愛い……」
「うん? 委員長いたずらしたいとか思ってない?」
「そ、そんなこと思ってないよ! でも海渡くんいは色々助けられたな」
その言葉にしみじみとした様子で仲間たちが海渡を見る。すると海渡の顔が動き、そして――
「う~ん、やっぱり、むにゃむにゃ、帰ってきて、良かった――」
寝言のようにつぶやかれたその言葉に全員が笑みを浮かべ、それに答えた。
「お帰り海渡」
「あぁ、おかえり海渡」
「おかえりなさい海渡くん!」
「ふふ、お帰り海渡」
「海渡、おかえりですわ!」
「……ふっ、おかえり――」
「お帰り海渡」
「おかえりですYO! かいとさーーん!」
「うほ、おかえり海渡」
「おかえりアル海渡!」
「ふははははははよく帰ったな海渡よ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「お帰り海渡ーーーーーーーー!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
『いやどんだけ言うんだよ! おかえり海渡ーーーー!』
「ふふ、お帰りなさいませ勇者海渡様」
そして寝ている海渡がフッと笑みを浮かべ呟く――
「ただいま――」
これにて、『異世界帰りの元勇者ですが、デスゲームに巻き込まれました』は完結となります。
修学旅行からデスゲームに巻き込まれ始まった物語ですが、それだけに最後も修学旅行で締めたいと思っていました。予定通り纏められてよかった……
さて完結までお読み頂きいかがでしたでしょうか? 本編はこれにて完結ですが、落ち着いたら後日談的な物を載せられたらなと思っています。
そして完結まで読んで頂いた皆様、本当にありがとうございました!よろしければ完結記念にでもこの下の★による評価を頂けると嬉しく思います!評価を頂ければ今後の糧にも繋がります!
既に評価された方でも付け直すことが可能です。前つけた評価よりも上げたいと思われた方は勿論、下がったとしても甘んじて受け入れたいと思います!
勿論感想やレビューもお待ちしてます!
さて、それでは本当に皆様ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
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