第百十八話 初めての犠牲者?
酔っ払いは矢田先生だった。何故か今の先生は男だったが男が女として参加している場合もあるのだから別段おかしいことはなかった。
「てか、ゲームなのに酔っぱらえるの?」
「しぇんしぇいは成人モードなんですぅ! 成人モードは酒ものめるしぃ、しぇーーきゅしゅも」
「あわわわわわ! 何言ってるんですか先生ーーーーーー!」
委員長が慌てた。おかげで先生が何を言いたいかは聞けなかった。
「成人モードって何かドキドキするよね」
「いや、海渡ってよく考えたらとっくに成人超えてるんじゃないのか?」
「それは過去の話だからね」
今の海渡は文字通り高校生なのだから、皆と何も変わらないのだった。
「そういえば金剛寺どうした?」
「あ、そういえばいないね」
「きゃぁああぁああ!」
皆が金剛寺がどこにいったのかと心配する中、当の彼女の悲鳴が響き渡る。
「大丈夫か金剛寺!」
悲鳴を聞き海渡たちが駆けつけた。
「きゃあぁあ! 赤王様ぁ!」
だがすぐにずっこけた。悲鳴は悲鳴でも歓喜の声だったのである。
「お前、結局出てきたんだな」
「いや、何か襲われてたからつい……」
アカオが申し訳無さそうに頭を擦った。どうやら金剛寺がモンスターに襲われていたのを見つけて、アカオは手助けしてしまったようだ。
「まぁとりあえず行こうか」
「てか、俺ら初っ端から結構大きなパーティーになってるよな」
「そう?」
確かにぞろぞろと中々の大所帯だ。何故か酒瓶片手の先生もついてきていたりとデスゲームなのにあまり緊張感のない一行だった。
だが、そんな彼らの前に漆黒のドレスを身にまとった女が姿を見せる!
「来たわね光の勢力! 私は闇の勢力が女神! 女神サマヨよ!」
「へぇ~……」
そう、海渡の目の前に姿を晒したのは暗黒女神を自称する女神サマヨだったのだ。
「きゃ、きゃぁあぁあぁあ勇者様どうしてここにーーーー!」
「まぁ俺達もゲーム始めてたし」
「先生、向こう側だったのね」
「それにしても暗黒女神って……」
女神サマヨの登場に皆苦笑していた。
「ノリノリだったよね女神様」
「きゃぁああぁあ! 違うのこれは、そうじゃなくてーーーー!」
わたわたと慌てだす女神サマヨである。
「しかし際どい格好してるな……」
「ポンコツだけどスタイルはいいんだよな女神様」
「へぇ……」
「杉ちゃんそうなんだ~」
「「ハッ!?」」
花咲と景の冷たい視線に悪寒を感じる杉崎と虎島であった。その後ちょっと気まずい感じになったのは言うまでもない。
「うぅ、でもよりによって勇者様と別々な勢力になるなんて、神様はなんてひどい仕打ちをするの!」
「いや、神様だよね?」
神に悲観する女神サマヨだが、そもそもあんたが神なのである。
そんなときだった。
『おい! 誰か聞いてるか! こっちで一人やら
れた! 誰か助けられるのはいないのか!』
「この声、鮫牙か!」
『杉崎! お前やってたのか!』
「俺達もいるよ」
『海渡もかよ!』
「ちょうど良かった。鮫牙ちょっとお茶買ってきて」
『鈴木まで! てかふざけんな何でゲームでまで、てそれどころじゃねぇんだよ!』
「何があったの鮫牙くん?」
『委員長もかよ! いや、とにかく今は念話のスキルでメッセージを送ってるんだが一人やられてしまって死にそうなんだ! 新婚らしくてみてらんなくてよ……』
「鮫牙が人助けですって? 雨でも降るのかしらですわ!」
『う、うっせぇ、俺だってたまにはそういうことも、て、とにかく今大変なんだ、あ、ヤバイ』
『済まない、僕はもう』
『いや、貴方、貴方ーーーー!』
どうやら声を聞くにプレイヤーの一人が亡くなってしまったようだ。
「うそ、もしかして死んでしまったの?」
『そうだよ畜生! 何でゲームで人が死ぬんだ!』
鮫牙の悔しがる声が聞こえた。お兄ちゃんと、妹が縋るような目を向けてくる。そして――
『いやぁ貴方、どうして私をおいて先に死んだの! 貴方がいなくなったら、私に残るのは保険金の三億円だけじゃないのーーーー!』
そんな奥さんの声と思われる悲鳴が聞こえた。だが聞いていた皆は最初は悲しげだったが今はちょっと微妙な顔つきになった。
「まぁ、そんなに心配しなくていいと思うよ」
『いや! 海渡そんな言い方はねぇだろ! 確かに今のはちょっとアレだったけどよ』
『そうよどこの誰かわからないけど勝手なこと言わないで! 三億円は残るけどあの人の命にはかえられないのよ!』
奥さんの声が聞こえた。ちょっと芝居がかってる気がしないでもないが悲しんでるようだ。
「うん、でもすぐ教会で復活するからね」
「へ? 教会? え、でもお兄ちゃん、このゲームは死んだら終わりなんだよ!」
『そうよ! 生きてるなんてありえない! あの人はもう三億円なのよ!』
「ずっと思ってたけどもう絶対三億円のことしか頭にないよねこの人!」
「シンキチの野郎タブー中のタブーに触れやがった」
「誰もが思っていても言わなかったことを……」
シンキチのツッコミに冷や汗をかく杉崎と虎島だ。しかし薄々誰もが気づいていたことである。
『えっと、俺も念話持ってるけど、その、教会で復活できたわ』
その時、別な念話が割り込んできた。雰囲気的に死んだと思われていた旦那であろう。
『……え、貴方、生きていたの?』
『生きていたら悪いのか?』
『チッ、あ、いやだ嬉しいにきまってるじゃない!』
「今、絶対舌打ちしたよねこの人!」
シンキチが突っ込んだが、とにかく復活したのは間違いないようだ。
「これってもしかして海渡が?」
「うん。物騒だからプログラムを弄っておいた」
「たまげたな~」
「でも、これでめでたしめでたしだよね」
「寧ろ余計な確執が増えたような気もしないでもないけど――」
◇◆◇
「お前! 何をする気だ!」
「悪いな坂本。お前を殺せば、あいつの心は俺に傾くんだ!」
「そ、そんなことで俺を殺すのか、俺達親友じゃなかったのかよ!」
「ふん、寧ろ俺はお前が大嫌いなんだよ! だからこれはいい機会なんだ! ゲームで殺せば証拠ものこらない! そしてカナは俺が幸せにしてやる! 死ね!」
「や、やめろぉおお!」
『おーい坂本! 山田! 大変だぞ、何かよくわからんが、もうゲームで死ぬことはないんだってよ! 死んだ連中も教会ですぐ生き返ってるよ! だから安心していいぞ!』
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が訪れた。そしてフッと坂本が笑いかけ。
「いまのはほんの冗談だぜ。立てるか?」
「ふざけるなテメェ!」
◇◆◇
「これでみんな平和にゲームが楽しめるよね」
「何か色々と平和じゃない雰囲気を感じるよ! 急な仕様変更で友情とか愛情が崩壊する足音が聞こえてくるよ!」
シンキチが突っ込むがきっと気のせいだろう。
『ねぇ私見たい番組があるんだけど本当にログアウトできないのこれ!』
「じゃあログアウト出来るようにしておいたよ」
『え? マジ? あ、本当だ! 誰か知らないけどサンキューね!』
海渡の返信にお礼を言う誰か。そして次々とログアウト出来るーという歓喜の声が聞こえてくる。
「……えっと、つまりあれか? 今このゲームは死ぬこともないしログアウトも自由にできるってことか?」
「そうだね」
「て、それもう普通のゲームだよね! デスゲーム要素なくなったよね!」
『シンキチ、それが普通のことだ』
そう、それは実に当たり前のことだ。ゲームにリアルな命を掛けるなんてアホらしいにも程があるのである。
『て、ちょっとまてぇえええぇええい!』
だがそこにシンキチ以外のツッコミの声が響いた。人工知能のニエクスの声である。
『どういうことだ! 私のプログラムは完璧だ! 私は1秒あたり5300グーゴルの計算が可能な最強のAIだ! しかも今さっき残り三回の進化も終えて今の私の計算力は1億グーゴルを超えている! なのに何故データーの改変などが出来る! ありえないだろう!』
「よくわからないけど、一応俺、刹那で三千世界をアlkl;アjlジョw程度想像出来るぐらいの計算なら出来るから」
『はい?』
ニエクスが間の抜けた返事を返した。聞いていた皆も?顔を見せる。
「よく聞こえなかったんだが……」
「神の単位が入っていたから当然ですね。こっちの世界の機械や私程度じゃ理解できない領域です」
「それでいいのか女神様……」
虎島が呆れたような目を向けるがとにかくそういうことなのだ。
『馬鹿な! 機械より優れた人間がいるわけがない! ありえない、何故そんなことが人間風情に!』
「再従兄弟のペットの友達のアリの観察をしていたお爺さんの孫の友達の塾の先生が珠算暗算検定の神段だったからね」
「何その段! 聞いたことないよ!」
よくはわからないが凄いことらしかった。
『ありえない、ありえないありえないありえない! だったらもうこの世界をリセットするしかない! 貴様らもろとも!』
「リセット駄目絶対」
海渡の目が光った。その直後、ニエクスが沈黙し、かと思えば。
『私はこの世界におけるナビゲーションプログラム人工知能のニエクスです。皆様に快適なゲーム環境を提供するために一生懸命務めてまいりますので以後宜しくお願いいたします』
「何か口調が変わったーーーー!」
「随分ときれいになったな」
「つまりこれで普通にゲームが出来るようになったということだな」
そう、こうして一時はどうなるかと思われたファイナルブルークエストも普通のいや、それどころか後々アップデートで直そうと放置されていたバグも完全に修正されより完璧になって生まれかわったのだった――
◇◆◇
「今こそ光の勢力を打ち破るときです魔王様!」
「魔王様どうかご指示を!」
魔王クロセの前には大量の闇のプレイヤーの姿があった。彼らは全員魔王の部下になることを誓った。そしていままさに妥当勇者を目指して集結していた。特にクロセは何もしてないのだが何故か勝手に集まっていた。
「……決断の時か――」
そしてクロセが決意めいた表情をみせ立ち上がる。右手を掲げ何かを発しようとしたその時だ。
『私はこの世界のナビゲーターニエクスです。ちょっとしたバグがありましたがどなたかの介入によりすっかり元通り、いえ、それどころか以前よりもスッキリいたしました。というわけで不具合も解消されます。皆様は基本に立ち戻って改めてゲームをお楽しみください』
そんなアナウンスが流れ、辺りは光に包まれた。
そして気がついたとき、黒瀬は草原で寝ていた。緑色の子鬼といった姿でだ。
「……ゴブッ? ゴブ? ゴブーーーー!」
『はい。黒瀬様の選んだ種族はゴブリンでしたね。ゴブリンは初期では人の言葉が喋れませんので先ずは人語を取得するところから始めるのをおすすめいたします』
「……ゴブウ――」
草原に一人佇むゴブリン、その背中には哀愁がただよっていた。だけど頑張れ黒瀬! 最初はゴブリンからでもきっといいことあるさ!




