第百十一話 番外編④
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「とにかく、この鍵を上げるわ」
猛烈に喰い付いてくる底高に引いてしまった魔女であるが、いつもどおり鍵を取り出し手渡した。
「これは?」
「冥府の門の鍵。貴方が本当に恨みを晴らしたいならこの鍵を使って捻れば門が開き、恨んだ相手が冥府に落とされるわ」
「ほ、本当か! 本当に落とせるのか?」
「それは間違いないわよ」
「だが、奴は馬鹿みたいに強い男だ。俺もしてやられた! 最強であることを鼻にかけたようなムカつく男だ。それでも大丈夫なのか?」
「問題ないわ。元格闘家だったり軍の総督だったりなんてのも落としたけど、何も出来ずに終わったもの」
ふふ、と魔女は笑みを深める。
「だけどよく考えることね。この鍵を使った瞬間」
「よっしゃ! だったら問題ない! 地獄に落ちろ海渡!」
だが、忠告を全て聞く前に底高は鍵を回してしまった。
「は、はやいわね。まぁいいわ。その恨みしっかり晴らしてあげる――」
そして底高は自分の部屋に戻っていた。画面を見つめながらほくそ笑む。これで海渡はこの世からいなくなる。そうすれば委員長も俺の手で! と――
◇◆◇
海渡は気がつくと妙な空間に立っていた。そこには三人の男女の姿。
「お前が最強の海渡だな? だったらやろうぜ」
すると三人の中では比較的若い男が、くいくいっと手を動かし、挑発してくる。
「え? いいよ別に面倒だし」
「おいおい、お前、最強なんだろう? ビビらずにこいよ!」
「いや、本当そういうのいいんで」
そう言って海渡が踵を返すと、魔法陣が浮かび上がり大量の悪魔が出現した。
「戦え! 最強なんだろう?」
「逃げるなら、俺達がお前を喰うぞ」
「それが嫌なら戦え!」
悪魔たちが嘲笑し、そして煽る。
「こっからは逃げられないぜ。それとも最強さんは悪魔を倒すかい? まぁ無理だろうけど。それが嫌なら俺と――」
「「「「「ギャアァアアアァアァアアァアアア!」」」」」
「……は?」
しかし、悪魔は海渡の魔法であっさり消滅した。聖属性と光属性を融合した聖光属性の魔法も海渡は得意だった。
「へ、へぇ、なるほど。少しはやるようだね」
「じゃあいくね」
「行くねじゃねぇよ最強さんよ!」
しかし、背中を向ける海渡に男が殴り掛かる。
彼らの頭では既にシナリオが出来ていた。基本的に復讐を引き受けた彼らのやり方は、相手の誇っていること自慢しているもの、それらを打ち砕くことから始まる。
つまり最強を誇る海渡には喧嘩を吹っかけ、のってきたところでボコボコにして、ねぇ今どんな気持ち? 最強とかいいながら何も出来ずに地べたを舐めてどんな気持ち? と頭でも踏みつけながら言い放ち、三人であざ笑いながら冥府の門を開き落とす。それが彼らの考えだった。
――スパアァアアァン!
しかし、そうは問屋が卸さない。向かって来た男は振り向きざまの海渡の蹴りを受け、上下が分かれて地面に落っこちた。
ピクピクと痙攣し、直に男は動かなくなった。
「おいおいメフィスト。何をふざけてんだよ?」
三人の中では年が最もいってそうな男が倒れている男に声をかける。体が離れ離れになっているがそれでも生きてると信じて疑っていない様子だが。
「お、おいおい冗談だろ! こいつ、本当に死んで! 馬鹿な! どうして!」
「どうしても何も、人を殺しに来てるなら自分たちもやり返されるぐらいの覚悟はあったんじゃないの?」
海渡が言い返す。海渡はここが地球とは別な次元であることも三人が人ではないこともとっくに気がついていた。それならば容赦する必要もない。
「貴様、人間風情が舐めるなよ!」
男の体が変化した。雄々しい角と禍々しい翼を有した巨大な悪魔といった様相だ。手には夥しい血で色が変化した長柄の斧が握られている。
「お前は冥府に落とされる、それは決定事項だ!」
悪魔が斧を振り下ろした。凄まじい衝撃が次元さえも歪ませる。地球上で放たれていたなら北海道なら億を超える数を重ねていても一溜りもないことだろう。
それほどの威力――しかし海渡はそれを左手の小指の爪先で受け止めていた。
「な、なんだと?」
「ふっ――」
一息だった。わずか一息で巨大は悪魔が消し飛んだ。勿論二度と生き返ることはない。
「そ、そんな、ベリアルまでこんなにもあっさり――」
残された女が後ずさる。三人は最強だと調子に乗ってる人間など悪魔にかかれば大したことないと思っていたのだろう。だが、それはあまりに甘い。
「まだやるの?」
「ふ、ふふ。なるほどね。どうやら力技じゃ無理そうね。本来こんなやりかたはスマートじゃないし好かないけど、中途半端に強かった自分を恨むのね。死ね――」
女が指を突きつけ、そう言い放つ。それが彼女の力だった。死言――相手に絶対的な死を与える能力。
彼女が死ねと告げた相手はそこに存在する限り必ず死ぬ。つまり海渡は――
――パタン。
死ぬわけがなかった。むしろ死ねと言った女が死んだ。もう生き返ることはない。当然だ。その程度の死の力、海渡が勇者として活躍した世界には幾らでも使い手がいた。対象の因果さえも問答無用で消滅させるような相手もいた。
しかし海渡はそれらに余裕で打ち勝ってきた。今更、死言などといわれてもうどうといいうことはなく、効果を大きく引き上げて返すぐらい余裕だったのである。
「やれやれ一体何だったのか」
「怨嗟に気づかぬ愚かな子羊よ」
「うん?」
「妬み嫉み恨み――黒き感情に恨みが募る、て、えぇええぇええ!」
上から声がしたので見上げると、一人の魔女が海渡を見下ろして何かを謳うように口にしていた。だが、その文句も途中で止まり、目玉が飛び出でんばかりに驚いていた。
「な、何でメフィストとベリアルとスクブスが倒れているの! しかも、し、死んでる!?」
魔女がやたらと驚いていたが、海渡は欠伸をしながら面倒くさげに聞いてみた。
「あんた誰?」
「わ、私は漆黒の魔女。恨みを晴らすためにお前を冥府にお、落とす者よ!」
「恨まれる覚えはないんだけどなぁ」
「黙れ! こうなったら開け冥府の門!」
色々と前置きをすっ飛ばして門を開く魔女。すると亡者の腕が伸びてきて海渡を掴み門の中へと引き込んでいった。
そして門が閉まる。
「ふぅ、こ、これでまた魂が一つね。それにしてもなんだったのかしらあいつ?」
小首をかしげる漆黒の魔女。その時だった――冥府の門に罅が入り、かと思えば門がぶっ壊れた。
「ただいま」
「はぁあああぁああぁああぁあああ!?」
漆黒の魔女が再び仰天する。
「な、なになに! なんなの! 確かに冥府に落としたわよね!」
「あれが冥府なんだ。何かやたら喧嘩をうってくるから全員ぶっ倒しちゃったよ。冥府も壊れちゃったテヘッ」
とんでもないことを言いのけそしてお茶目に笑みをこぼす。このあたりはまだ魔法少女だったときの癖が残ってそうだ。
「な、何を馬鹿なことを! 大体冥府には母様がいたはずよ!!」
「女王とかいってたペルセポネなら一緒に倒したよ」
「な、なにを言ってるの? 母様は最強の神よ! そもそも冥府に落としてからそんなに経ってないのに、そんなありえないありえないわよ!」
そう言われても実際そうなのだから仕方ない。
「大体お前らこっちの住人じゃないだろう? 地球にはしっかり地獄があるんだし。勝手にやってきて冥府に送りますとかやられても迷惑だし、壊されても文句は言えないね」
海渡ははっきりと言い放つ。そう、彼らは本来地球にいていい存在ではないのだ。しかも復讐相手は特に選びもしないので身勝手な逆恨みでも関係なしに冥府に落としていた。容赦する理由はなかった。
「う、うるさいうるさい! こうなったら私の力でお前を、え?」
しかし、その前に足元に穴があき、彼女はそこに引きずり込まれてしまった。
「そんなに落とすのが好きなら自分で落ちなよ」
そして海渡は最後にそう言い残し、その場を去った。ちなみに彼女が落ちたのは地球の地獄。そこでは勝手に冥府などを作られ気が立っている番人が待ち受けていることだろう――
◇◆◇
「な、なんでだくそ! 海渡がまだいるじゃないか!」
底高は気が立っていた。冥府に落としたはずの海渡があいも変わらず学校にいたからだ。
くそ、なんでだ! と思わず前のめりになる。すると足が滑って学校を覗くために忍び込んでいたビルの屋上から落下。そのまま激突――命は取り留めたが、後遺症が残るほどの怪我を負ってしまう。しかも運悪くそこで巻き添えを喰らった国際的な犯罪組織がいた。
結果的に彼らの良からぬ企みは阻止されたが底高はこれをきっかけに組織に狙われることになる。
そう、底高は聞いていなかったが彼の運は使い果たされてしまったのだから、二度と幸せが訪れることがなく、辛いだけの毎日が待っている。
「うわ、パパ、誰かがあそこのビルから落下したんだって」
「う~ん、何か同じ匂い、いや私以上に酷い目にあいそうな人の気配を感じる――」
そしてたまたま通りがかった田中が憐れむような目でそうこぼすのだった。
◇◆◇
黒瀬 帝は完璧だった。だがそんな彼でもまだ果たせないことがあった。海渡を殺すことだった。
だが、あの誕生日会以来、海渡たちと出かけることも多くなった。そのうちにそんな気持ちが揺らいでいる黒瀬でもあったが。
「おかえりなさいませ坊っちゃん」
黒瀬が屋敷に戻ると執事が出迎えてくれた。
「あぁ、ただいま」
そしてメイド達も集まってくる。随分な数がいたが。
「ところでお坊ちゃま。地下室まで、宜しいでしょうか?」
「……わかった」
そして黒瀬は執事と地下室におりていく。そこには随分と仰々しい玉座が設置されていた。黒瀬がそこに座る。
すると、そこに並んだ執事やメイドの姿が人外の物に変化。一斉に頭を下げた。
「大魔王クロセ様! どうか地球征服のご決断を!」
これにて第八章 魔法少女編は終了となります。
次は第九章となります!




