第百七話 願いと契約
「というわけで、大体の魔法少女の願いは叶えたかな?」
「あ、ぐぐ、な、なんなんだお前は!」
カイコがなんてことも無いように言うと、ホワイトが悔しそうな顔で怒鳴ってきた。
「魔法少女カイコ、どこにでもいる普通の魔法少女だよ♪ 解雇しちゃうぞ♪」
『絶対普通じゃないだろう! というかそもそも魔法少女って時点で普通じゃない上、あんたそもそも♂だろ!』
「つっこむなぁ」
どこからともなくやってくるツッコミに冷静に対応するカイコ。その時だった、またもや一人の少女がどっからともなく降ってきた。
「親方! 空から魔法少女が!」
『親方って誰だよ!』
カイコが叫ぶ。しかし今となっては空から魔法少女が降ってくるぐらいは普通の光景だ。なんなら天気予報に晴れのち魔法少女と予想されるぐらい日常と化しているだろう。
『どんな日常だよ!』
「まいったなぁ明日は70%で魔法少女かぁ。折りたたみマギサ用意しておかないと」
『折りたたみ傘みたいに言うなよ! なんだよマギサって!』
忙しいツッコミを他所にホワイトが喜色満面で少女を出迎える。
「おお! お前は歴代の魔法少女の中でも最強と呼び名高い魔法少女ユリ!」
「ふん――そんな呼び名、望んで手に入れたわけじゃない」
ポニーテールの彼女は周囲の状況を確認し、そしてカイコを見た。
「これは一体どういう状況だ? 死の三連星が来てると思ったのだが? あと何故ムネナシの胸が大きくなってる?」
「ふふ、願いを叶えてもらったのよ。いいでしょう?」
ユリは魔法少女のことが気になっていたようだ。あとムネナシのおっぱいも。
そして問いかけに対しドヤ顔で対応するムネナシであったが。
「馬鹿か! 貧乳こそが貴様のアイデンティティーであったというのにまさか胸を盛るとは恥を知れ!」
「えぇええぇええ!」
いきなり怒られてムネナシが仰天した。理不尽とも思ってるのかも知れない。
「何? おっぱい嫌いなの?」
「むっ、お前は新しい魔法少女か? ほう、中々良いではないか(ジュルッ)」
『何か涎を拭ったーーーー!』
ついで舌なめずりもしてみせるユリである。
「私はおっぱいも好きだ。だが既におっぱい枠には委員長がいるではないか。だからこそムネナシにはおっぱいなどいらなかったのだ! そもそもそれではムネアリではないか! それでもいかんのだ! 貧乳枠としてはな!」
「枠って何よ! そんな枠勝手に決めないでよ!」
ムネナシが文句を言った。突然やってきた相手に勝手に自分の立ち位置を決められても困るのだろう。
「よくわからないけど、君も何か願いがあるの?」
「当然だ。私の願いは、この世から男を排除することだーーーーーーー!」
『とんでもないこと言い出したーーーー! 絶対勝ち残らせたら駄目な奴だろこれ! 俺の命も危ない!』
ツッコミが慌てていた。それにしてもツッコミが激しい。やはりそういう年頃なのだろう。ツッコミたい年頃なのだろう。
「そういうのが好かんのだ! 隙を見ては下ネタ下ネタと! だから男は! 男死すべし!」
どうやら魔法少女ユリは男が嫌いなようだ。くわばらくわばら。
「そんなに男が嫌いなの?」
カイコが改めて問う。なお、今更言うまでもないがカイコも本来は男だ。
「嫌いだ! 私は女がいればそれでいいのだ! 男など女とやることしか考えていない。小説といえばチートだハーレムだと下品極まりない! 自分にとって都合のいいようにしか物を考えない最低な存在だ!」
「そうかなぁ?」
カイコが首をかしげる。どうもユリはステレオタイプで男のイメージを言ってるだけに思えてしまう。
「ふむ、何だお前は? まさかまだ男に幻想を抱いているのか? ならばこの私が女の良さを教えてやろうではないか。その全身にたっぷりとぐへへ――」
「いや、それは遠慮しておくけど、男を排除して何したいの?」
「ふっ、決まっている。女だけの世界でこの私が魔法少女の力で女王となり女同士のハーレムをぐふふっ」
『最低な宣言きたーーーー! お前さっき自分で言った内容見返してみろよ!』
「男のツッコミなど不要! 覚えておけ絶対に殺す!」
『ひぃ……』
ツッコミが萎縮した。フッ、とユリが髪をかきあげる。
「何か残念美人だね」
「お前のような可愛らしい魔法少女に美しいと言われるとは光栄だな」
どうやら残念という部分は聞こえていないようだ。見事に自分にとって都合のいいようにしか物を考えていない。
「まぁいっか。つまり君の願いは端的に言えば女の子しかいない世界ってことだね?」
「そうだ」
「ふ~ん、じゃあちょっとだけ経験させてあげるから本当にそれでいいかよく考えてみてよ」
「何?」
カイコがそう告げた直後、ユリの動きが止まった。とは言え、それもほんの数秒のことであったが、その数秒が彼女には何年いや何十年にも感じられたわけであり。
「お、女怖い、怖い女、怖い、嫌だ、女の子だけの世界なんてもう嫌だ(ガタガタガタガタガタガタガタガタ)」
正気を取り戻したユリはその場で体育座りになり青ざめた表情で震えていた。
「えっと、カイコちゃん。これどうしたの?」
「彼女が望んでいた女の子だけの世界を軽く体験してもらったんだ」
「軽くなのこれ?」
「めちゃめちゃ震えてるぞ」
「何なら恐怖症になってるぐらいなような?」
「まぁ、仕方ないよね。世界はバランスが大事。だけど女の子だけの世界は最初からそのバランスが崩れてるんだから」
そういうことである。なまじ女だらけの世界になってしまったばかりに逆にユリは女の怖い側面を一身に受けることになってしまった。その結果がこれだ。これは勿論男だけの世界になったとしても同じことがおきるであろう。
「それでどうしようか? 女の子だけの世界に行く?」
「ひぃ、嫌です。どうか、どうかそれだけはご勘弁を」
改めてカイコが問いかけると、ユリは恐怖で顔を歪めながら許しを乞うた。
「じゃあ、それが願いってことで」
こうしてカイコは無事、ユリの願いも叶うことに成功した。元の願いとは変わってしまったが、願いは願いである。
「そんなのありえないだろう! いいかげんにしろ」
しかし、どうやらホワイトは納得出来ていないようだ。
「と言ってもなぁ。それにもう魔法少女いないでしょ?」
カイコが聞く。といっても敢えてこう聞くと言うことは、もう残った魔法少女がいないことをカイコも察しているということだ。
「ふん、何を言ってるんだ。まだお前たちがいるだろう! ここにはユリだっている!」
「だから皆は願いが叶って戦う理由がないんだってば」
「ばーーーーーか! そんなの関係ないんだよ! こいつらはな! 魔法の国に借金があるんだ! その借金がある限り、お前らは戦わないと駄目なのさ! さぁやれ! 今すぐデスゲームを!」
「そうなの?」
ホワイトが自信満々に命じだす。なのでカイコが委員長に尋ねると、苦しげに呻き。
「う、うん、いつの間にか私の借金が10億円を超えていて……」
「10億円ねぇ。証明とかあるの?」
「はん! 契約書もルールブックもここにあんだよ!」
ホワイトが叫び、伝家の宝刀と言わんばかりに見せびらかした。するとその手から契約書とルールブックが消えホワイトが慌てた。
「な! 何だと!」
「ふむふむ、いや、これ俺が見てもわかるよ。こんなでたらめな契約無効だろ」
そしてカイコがホワイトから奪ったソレに一通り目を通してそう断言した。その言葉に周囲の魔法少女たちの目が点になる――




