57. 魔物を倒さずにダンジョンで稼ぐ方法。
仕事にかなり追い込まれまして、数日のお休みを頂きました。
投稿が止まって申し訳ありません。たぶん以降は大丈夫と思われます。
――それから僕はサツキお姉さんと一緒に、召喚した家屋内を見て回った。
ダイニングキッチンの次にチェックしたのはトイレ。一見すると何も変わっていないように思えたんだけれど、よく見ると地味に温水洗浄便座が追加されていた。
地味だけれど嬉しい変化だ。やっぱりあるほうが嬉しいからね。
また、家屋内には待望の『お風呂』もあった。
シャワーだけでも増えてくれれば嬉しいなと、その程度の期待だったのに。実際には僕の期待を超えて、浴槽も備える2畳ほどの浴室が追加されている。
僕は普段からひとり暮らしをしているけれど、大抵はシャワーだけで済ませて、浴槽にお湯を張ることは滅多にない。
自分ひとりのために沢山のお湯を使うのは、上下水道料金やガス料金がもったいなく思えてしまうからだ。
とはいえ別にお風呂は嫌いじゃないし、むしろ好きだから。月に一度ぐらいは、湯を張ってのんびりお風呂を堪能することもある。
召喚したこの家屋だと料金を気にせず利用できそうだから――。
それなら是非、毎回お風呂に湯を張るという贅沢がしたいなと思えた。
お風呂場の手前には、2畳程度の大きさの脱衣所もある。
そこには鏡付きの洗面台が置かれており、また洗濯機置き場も備わっていた。
残念ながら置き場があるだけで、洗濯機そのものは無いみたいだけれどね。
宿泊場所として利用するなら、やっぱり洗濯機はあるほうが便利だろうし。
早めに家電量販店を訪れて購入し、設置しておくほうが良さそうだ。
出費はちょっと痛いけれどね……。
「よかったら洗濯機は、アタイにプレゼントさせて貰えないかい?」
「えっ……。いいんですか?」
「家電の1つぐらいは贈っておくほうが、こっちとしても気兼ねなく利用しやすいからね。アタイの収入からすると大した出費でもないし、受け取っておくれよ」
「ありがとうございます!」
《☆貴沼シオリ:では私からは、テレビをプレゼントしましょう。地上波の受信は無理でも、ネットで動画サイトを見ることはできるでしょうし》
「あ、ありがとうございます! 何から何まで、すみません……」
《☆貴沼シオリ:いえ、確かにサツキの言う通り、何か1つ家電をプレゼントしておくほうが、こちらもお邪魔しやすい気がしますので》
洗濯機にしてもテレビにしても、比較的安価な製品でも2万円ぐらいはしそうだから、ちょっと申し訳ない気もするけれど。
とはいえ、僕ひとりで色々と買い揃えるとなると、なかなか手痛い出費になるだろうから。正直を言って、とても有難い申し出ではあった。
(じゃあ僕のほうで食材や飲料、日用品なんかは沢山買い込んでおこうかな)
食べ物と飲み物、あとはトイレットペーパーやティッシュペーパーなどが潤沢にあれば、多分この家には何日でも快適に滞在ができる。
《使用人の鞄》に収納しておけば賞味期限も気にしなくて大丈夫だし。スーパーで大量に買い込んで、備蓄しておくことにしよう。
「奥の部屋も見ちゃって構わないかい?」
「どうぞどうぞ。というか、僕も見たいです」
サツキお姉さんと一緒に、ダイニングキッチンを挟んだ逆側にある部屋へも見に行ってみる。
するとそこは、家屋を召喚する際に『洋室』を選択したからなのか、フローリング床の個室になっていた。
6畳ぐらいの広さがある室内にはハンガーラックと5段チェスト、それとかなりサイズが大きめのベッドも設置されている。
「ダブルベッド……でしょうか?」
「いや、それよりも一回り大きいね。クイーンサイズぐらいだと思う」
「わ、これがクイーンサイズなんですね。本当に大きいです……」
何しろ、個室面積の大部分をベッドが占めているぐらいだ。
マットレス部分が大きくて、触ってみるとかなりふかふかのベッドだった。
「……思わずベッドにダイブしたくなりますね」
「あー、気持ちはよくわかるねえ」
くくっ、と噛み殺すようにサツキお姉さんが笑い声を零す。
「やってみたら良いんじゃないかい? さっきその衣装に着替え直したばかりで、別に汚れてもいないだろうからね」
「あ、それはそうかも」
家屋召喚の直前に《眠り姫の衣装》に着替え直しているから、いま僕が着ているネグリジェは清潔な状態だ。
というわけで――早速、掛布団の上から大きなベッドにダイブしてみた。
祝福のレベルアップにより、小学生並みの体躯になっている僕の身体を、適度に柔らかいベッドがぽふんと受け止めてくれる。
ふかふかで温かなものに全身を包まれて、たちまち僕は幸せな気持ちになった。
「感想はどうだい?」
「最高ですね……。もうここに住みたい……」
自宅にあるベッドよりも、遥かに上質で高級感のある感触。
ちょっとお値段が張りそうな、高級ホテルのベッドにも匹敵する心地よさに、僕は半ば無意識にそう答えていた。
――こうして実際に触れてみたことで、感覚的に理解できたんだけれど。
どうやら、僕が召喚した家屋に付属している物品。
つまりこのベッドや、ダイニングキッチンにあるコンロや冷蔵庫などは、個別に『消す』ことや『再召喚』することが可能らしい。
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《室内保管》/衣装異能
家屋を送還しても室内の状態が維持されたままになる。
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《室内保管》の異能があるため、もしベッドを汚したり破損したりすれば、その状態は家屋を再召喚した時にも維持されているわけだけれど。
家具などを個別に消してから再召喚すれば、物品を『新品』同様の状態に戻すこともできるようだ。
「サツキ先生。このベッドは汚したりしても、瞬時に元の綺麗な状態へ戻すことができるみたいです」
「おっ、そうなのかい? 大きいベッドはメンテナンスが大変そうだから、手間が掛からないってのは良いことだね」
「なので、お姉さんもベッドにダイブしちゃって大丈夫ですよ」
ゴロゴロと転がって、僕は自分の身体をベッドの片側に寄せる。
クイーンサイズのベッドはかなり大きいから、こうすればベッドのもう片側に、サツキお姉さんもダイブできると思ったのだ。
「い、いいのかい?」
「はい! もし壊れちゃってもすぐに直せるので、勢いよくどうぞ!」
女性に対してこういうことを考えるのは、良くないかもしれないけれど――。
サツキお姉さんは体格が良いし、熟練の掃討者だけあってしっかり筋力もついているから、たぶん体重もそれなりにある筈だ。
だけどこのベッドは、しっかり頑丈な造りをしているし、万が一壊れたりしても再召喚すれば新品に戻せる。
だったら――サツキお姉さんにも、やって貰うしかないだろう。
お姉さんもなんだかんだで、こういうの好きそうだしね。
「じ、じゃあ遠慮なく……やっちゃうよ?」
「どうぞ!」
僕の声に促されて、サツキお姉さんがやや躊躇いながらも、ベッドにダイブ。
お姉さんの大柄な身体を、それ以上に大きなベッドがしっかり受け止めた。
「どうですか?」
「これは……良すぎて、駄目だね……」
柔らかなベッドに包まれる心地よさに、サツキお姉さんが目を細める。
ともすれば、このまま眠ってしまうんじゃないかと思えるぐらいに、お姉さんの表情がうっとりしたものへと変わった。
(………………)
――思わずどきりと、胸が高鳴った。
同じベッドに身体を横たえるお姉さんの顔は、僕からとても近い位置にある。
お姉さんの睫毛の長さも、よく見えてしまうぐらいの距離だ。
普段、僕がお姉さんと会話する時には、これよりも距離があるのが普通だ。
結構な身長差があるせいで、どうしても間が開いちゃうからね。
それなのに、今は普段よりもずっと近い距離で、お姉さんの顔を見つめて。
改めて――とても綺麗な人だな、と思った。
下手な芸能人よりも、よっぽど顔の造りが整っているし。
それに、掃討者なんて荒っぽい生業をやっているとは思えないぐらい、髪も肌も艶々だ。
わりと男性的な喋り方をするせいか、あまり意識していなかったけれど――。
こんなにも魅力的な人と2人きりでダンジョンに潜っていたんだなと、今更ながらに実感が湧いてきて。なんだか……凄く果報なことのように思えた。
《男女、密室、同衾。何も起きないハズがなく……》
《おい馬鹿、やめろ》
《いい雰囲気なんだから、ちょっと黙ってろ》
《せっかくみんな気を利かせて静かにしていたというのに……》
《もう少し待ってれば、男の娘が赤鬼に喰われる貴重な捕食シーンがだな》
《じれったいですわ! わたくし、ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!》
《↑空気読め! おねショタを妨害するな!》
《おねショタ……? おねロリ……?》
《ユウキくんは男の子だよ。ただ女の子より可愛いってだけだよ》
静かな家の中に、ドローンがコメントを読み上げる声が響く。
どういう意味なのか、理解できないものも多いけれど。なんとなく僕とサツキお姉さんを、軽くからかうような内容であることは見当がついた。
それを裏付けるように――僕のすぐ隣で身体を横たえているサツキお姉さんは、瞼を閉じながらも頬を僅かに赤らめている。
何か視聴者からのコメントに、気恥ずかしいものが含まれていたのかな。
(油断すると、寝ちゃいそうだ……)
ベッドの温かさと柔らかさを感じつつ、微睡みにも似た心地に浸っていると。
不意に――サツキお姉さんのスマホが、少し大きめの音を発した。
一度聞いているので、それがLINEのメッセージ通知音だと僕は知っている。
もしかしたらと思いつつ、僕も《使用人の鞄》からスマホを取り出してみると、そちらもすぐに通知音を奏でた。
『安全な第4階層にもエレベーターを始めとして色々と設置してみました。有料で申し訳ないんだけれど、よかったら使ってみてね』
――予想通り、メッセージはスミカさんからのものだ。
いつの間にか『掃討者の知り合い』というグループにサツキお姉さんと共に招待されていて。グループ宛のメッセージとして、いま僕たちが居る第4階層にもエレベーターを設置した旨が伝えられていた。
『色々と』と書かれていることから察するに、おそらくはエレベーターだけでなく、他にも『投資』を活用して掃討者に役立つ設備を幾つか設置したんだろう。
どんなものが作られたのか、とても興味が湧いた。
スマホを手早く操作して『ありがとうございます、ちょうど第4階層で休憩していますので、サツキ先生と一緒に行ってみます。エレベーターも使ってみます』と僕から返信を送る。
少し遅れてサツキお姉さんも、『連絡ありがとうね。このあと行ってみるよ』とメッセージを送信していた。
さほど間を置かないうちに『よかったらそっちでやってる配信のURLを教えて貰っても良い? 後で視聴者の人たちの反応を見てみたいので』とスミカさんから追加のメッセージが来た。
隠す理由もないので、すぐに僕も配信のURLを送って応える。
「……このままベッドに横になってると、普通に寝ちゃいそうだね。ユーは何か、この安全階層でやりたいことはあるかい?」
「とりあえず、もうちょっと周囲を見て回りたいです」
ベッドから上体を起こしながら、僕はそう答える。
スミカさんの能力については、視聴者の人たちにせないからね。
自然な形で話を振ってくれたサツキお姉さんに、僕も応えた形だ。
「じゃあ案内しよう。……まあ、同業者がテントを張って、好き勝手に時間を過ごしてるだけの階層だから、特に面白みもないんだけれどね」
「それはそれで興味あります。バーベキューとかやって盛り上がってる人たちも、居たりするんでしょうか?」
「残念ながら、そういうのはないね。バーベキューコンロだけでもかなり荷物になるし、他に食器や食材、炭なんかも持ってくるとなると大変だよ。それに、ここは草原が広がってるだけで水場が無いから、洗い物もできないしねえ」
「あー、そうですよね……」
見晴らしがよい草原が広がっていて、魔物も出ない安全階層は、美味しいものを食べて騒ぐのに絶好の場所かと思ったんだけれど。
荷物の運搬を考えると――確かに、バーベキューとかは難しいのか。
(あ、でも――)
僕の場合は《使用人の鞄》を活用すれば、幾らでも簡単に荷物を運ぶことができるし、冷蔵や冷凍を必要とする食品だって状態を維持したまま持ち込める。
家屋を召喚すれば水場が利用できるから、洗い物もできるし――。
「もしかして、僕にならできちゃいますか?」
「……なるほど、できるだろうね。いっそ商売にしてみちゃどうだい?」
「商売ですか?」
「そうとも。例えばこの安全階層で、バーベキューを1串500円とかで売れば、幾らでも買い手はつくだろう。もちろんバーベキューじゃなく、焼きそばでも鉄板焼きでも、ユーがやろうと思えばなんでも商売になるね」
「おおー」
そういうのは、ちょっと興味があるかも。
もともと料理は嫌いじゃないし、《使用人の衣装》に着替えれば〈調理〉のスキルも利用できる。
魔物の討伐をせずにダンジョンでお金を稼ぐというのは、なかなか面白そうだ。
「……ダンジョンの中で商売をした場合、税金ってどうなるんでしょうね?」
日本国内にあるダンジョンの内部は『法外区域』という、ちょっと特殊な扱いになっていて。『日本国の領土』なんだけれど『国法や条例が適用されない区域』という、複雑な場所。
なのでダンジョンの中では、法に反した行動をしても逮捕されないし、罪を裁かれることもない。
ダンジョンを探索する掃討者に、全周撮影ドローンを利用した『配信』が推奨されているのはそのためだ。
法に守られていない場所だからこそ、撮影で記録を残して、犯罪行為から自衛するのが大事ってことだね。
――という感じのことは、掃討者の本免許試験の前にシオリさんから教わって、僕もちゃんと知っているわけだけれど。
とはいえ、ダンジョンの中で商売をした場合にどういう扱いになるのかまでは、全く見当がつかなかった。
「うーん……。アタイもちゃんと把握してるわけじゃないけど、たぶん海外で収入を得た時と同じで、所得税とかが発生するんじゃないかねえ」
「やっぱり税金なしってわけにはいかないですか」
「流石にそれは難しいだろうけれど。ただ……ダンジョンの中だと慣例的に、物品を誰かに譲渡したり物々交換をすることについては、許容されてるって話も聞いたことがあるね」
サツキお姉さんの話によると――本来であれば物品の譲渡や物々交換を行うと、その品の金銭価値に応じた『譲渡所得』が発生するらしいんだけれど。
ダンジョンの中だと、あまりこれが適用されないようになっているらしい。
掃討者にとっては仕事上、必要なことが多いからだ。
例えば――魔物の攻撃で怪我を負った仲間にポーションを譲渡したり。
あるいは、ダンジョンの中で手に入れた不要な武具を、それを必要とする掃討者を探して交換したり。
そういうやり取りで、税金が発生することはないそうだ。
……まあ、その程度のことでいちいち税金がどうこうなんて話をされたら、掃討者にとってはやりづら過ぎるしね。
あまり細かく口を突っ込めば、掃討者のなり手が減ることになりかねないので、国としても色々言いづらい部分なんだろう。
「なのでまあ、物々交換で商売をする分には大丈夫じゃないかねえ」
「その場合、僕からは料理を提供するとして、相手からは何を貰うんでしょう?」
「このダンジョンだと『銀貨』が落ちるから、それで良いんじゃないかい?」
「……なるほど」
迷宮貨幣は〈投資家〉のスミカさんにとって、非常に重要なアイテムだ。
既に受けている『投資』のお礼もしたいし、沢山集めるだけの価値がある。
「とはいえ……安全階層で商売をするなら、まずはこの階層まで、自分の力だけで下りてこられるようにならないといけないねえ?」
「う、それはそうですよね……」
第2階層までの魔物なら、単身でも大丈夫だと思うけれど。
第3階層の魔物であるアルグドールは、今のところ全てサツキお姉さんが倒しているため、僕にはまだ戦った経験がない。
この第4階層で商売をしたいなら、まずはアルグドールを問題なく倒せるだけの強さを身につける必要がありそうだ。
「――ま、戦わずにこのフロアまで来られるような、そんな特別な設備でもあれば別かもしれないけれどね」
楽しげに笑って見せながら、サツキお姉さんがそう告げる。
その言葉が――スミカさんが設置した『エレベーター』の存在を示唆するものであることは、考えるまでもなかった。




