53. メイドさんは多芸。
キーボードの『S』キーが破損しまして、予備キーボードと交換したのですが、予備は予備で一部キーの挙動がおかしい…。
というわけで、Sキーをバーチャルキーボードで入力しながら書いたため、通常よりも2日ほど遅くなりました。ゆるして_(:3」∠)_
新しいキーボードは今日到着予定です。(送料込み1100円の安物)
真顔で随分と恥ずかしいセリフを口にしたあと。
たっぷり10秒ぐらい経ってから、サツキお姉さんはハッと我に返ったような顔になって、それからすぐに判りやすいぐらい顔を赤らめてみせた。
たぶん今更になって、自分が口にしてしまった言葉に気づいたんだろう。
お姉さんは照れくさそうに僕から目を逸らすけれど、それが有難くもあった。
……うん。言われた僕の方も恥ずかしくて、お姉さんの顔をまともに見れる状態じゃなかったからね。
「その……メイド服は、とっても可愛らしいと思う、んだけど……」
「あ、ありがとうございます」
いつもとは違い、あまり流暢ではない口吻で、そう告げるサツキお姉さん。
言葉の裏に、少なくない好意が籠められていることが、僕にも伝わってくる。
どうやら今の僕の格好は、サツキお姉さんにとって好ましいものらしい。
(……嬉しいな)
女装をするのは、最近結構好きになってきたところだけれど。
そんな僕にも好意を寄せてくれる人が居るのは、尚更に嬉しく、幸せなことだ。
「折角だし、ご主人様ってお呼びしますか?」
「い、今は心が持たないから、遠慮しとくよ……」
「そうですか? 残念」
「………………夜に、夢の中でお願いするかもだけど」
ぼそっと小さな声で、そう漏らすサツキお姉さん。
うん、きっと夢の中で僕の分体が、いっぱいサービスするんじゃないかな。
「えっと……それで、メイド服の時には何ができるんだい?」
「あ、ごめんなさい。確認してませんでした」
そういえば、すっかり衣装の能力を確認するのを失念していた。
僕はステータスカードをもう一度取り出して、《使用人の衣装》の詳細を知りたいと心の中で念じる。
すぐにカード表面の記載が変わり、衣装の情報が表示された。
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《使用人の衣装》/異能
【現在の衣装レベル:0】
・最大耐久度:200
・防御力 :0
・衣装スキル:〈短剣術Ⅰ〉〈投擲術Ⅰ〉〈調理Ⅰ〉
・衣装異能 :《使用人の鞄》《食材解体》
・召喚可能装備:短剣
いつでも『使用人の衣装』を召喚して瞬時に装着できる。
衣装レベルに応じて様々な付加効果つきの短剣を召喚できる。
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《使用人の鞄》/衣装異能
無尽蔵に物品を収納できる『使用人の鞄』を召喚できる。
この鞄は《使用人の衣装》を着用していなくても召喚可能。
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《食材解体》/衣装異能
魔物を討伐した時に追加で食材アイテムを獲得する。
獲得したアイテムは自動的に『使用人の鞄』へ収納される。
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〈短剣術Ⅰ〉/衣装スキル
短剣を用いた攻撃の技術が向上する。
弱点を攻撃すると非常に大きなダメージを与えられる。
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〈投擲術Ⅰ〉/衣装スキル
投擲攻撃の技術が向上する。
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〈調理Ⅰ〉/衣装スキル
調理の技術が向上し、特別な料理を生産できる。
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まず全体を見て(スキルと異能が多いな)と僕は思った。
今までに4種類の衣装を活用してきたけれど、衣装レベルが『1』の時点でこんなに様々なスキルや異能を扱える衣装は、他に無かったように思う。
とりあえず……数が多いので、ひとつひとつ確認しておかないと。
スキルや異能は活用して始めて意味があるからね。どんな効果なのか、どういう使い方ができるのか――その辺をちゃんと理解しておくのはとても大事だ。
まず《使用人の鞄》だけれど『無尽蔵に物品を収納できる鞄』を召喚できるものらしい。
説明は単純だけど、これが凄まじい異能なのは考えるまでもないことだ。
ファンタジー世界が舞台の漫画にたまに出てくる、マジックバッグみたいなものだと、そう思っておけば良いのかな?
《使用人の衣装》を着ていない時でも使えるというのも、地味に嬉しい。
試しに召喚してみると、僕の右手に落ち着いた茶色の鞄が現れた。
皮革製の頑丈な鞄で、大事に使えば10年以上は余裕で使えそうな感じのもの。
サイズ的にはB5の書類が入るぐらいで、ちょっと小さめの鞄かな。A4サイズの書類を入れるには、かなりギリギリだと思う。
鞄の左右からは平べったくて長い紐が伸びている。おそらくこの紐を使って肩に掛け、ショルダーバッグとして使うためのものだろう。
「その鞄はなんだい?」
「幾らでも物が入れられる鞄だそうです」
「えっ……。それは、凄くないかい?」
「凄い気がしますね……。あ、しかも離れた場所にあるアイテムを収納できるし、離れた場所に取り出すこともできちゃうみたいです」
鞄を肩に掛けると、なぜか瞬時に『この鞄の使い方』が頭の中で理解できた。
自身の視界内であれば、離れた場所にあるアイテムを収納できるし、逆に出すこともできる。
これまでは魔物が落としたアイテムは、いつも手で拾って回収していたけれど。今後は直接《使用人の鞄》に収納する、なんてこともできそうだ。
ただし離れた場所への収納や取り出しが行えるのは、《使用人の衣装》を着用していて、且つこの鞄を身に付けている時だけに限られるようだ。
《使用人の鞄》自体は別の衣装を着ている時や、あるいは何の衣装も着ていない時でも利用できるけれど。その時には『自分の手で触れたもの』しか収納できず、また『自分の手に取り出す』ことしかできなくなる。
……いや、それでも充分過ぎるぐらい便利な気がするけれどね。
鞄の口よりも大きな物を出し入れできるって時点で、かなり異常だし。
収納できる物品には多少の制限があり、まず生物は入れられない。
また、明らかに他者に所有権がある物品――例えば、サツキお姉さんが手に持っている武器を『収納』して奪う、みたいなことは不可能なようだ。
それと、僕に『持ち上げられないもの』も収納できない。
例えば『自動車』は重すぎて持ち上がらないから《使用人の鞄》に収納できないけれど、『自転車』なら抱えること自体は可能なので収納できる。
ただし、重くて持てないものも小分けにすれば収納できる可能性がある。
これは30kgのダンベルは僕には収納できないけれど、プレートとシャフトに分ければ収納できる、みたいな感じかな。
収納した物品は、品ごとに時間経過を自由に操作できる。
例えば『時間を一切経過させない』ように設定して料理を熱々の状態のまま保存したり。あるいは逆に『時間を100倍経過させる』ことで料理を一瞬で冷めさせたり、短期間のうちに腐らせる、なんてことも可能なようだ。
料理がもったいないから、しないとは思うけれどね。
鞄は召喚武器と同じく、僕から離れると数秒で消滅してしまう。
ただし鞄が消滅しても中身まで消滅することはない。鞄を再召喚すれば、問題なく中身を取り出すことができる。
また、鞄は他人に貸し出すことができない。
僕から離れると数秒で消滅しちゃうから、これは当然と言えば当然だね。
「この鞄があれば、今度の探索でもっとお役に立てますね!」
3人分の全ての荷物を僕が引き受けられるし、水も食料も大量に持ち運ぶことができる。
倒した魔物が落としたアイテムも、余す所なく回収して持ち帰れるから。たとえ僕が完全に戦力外でも、これなら足手まといにはならずに済みそうだ。
「屋根のある建物で寝れるだけでも、充分過ぎるぐらいなんだけどねえ……」
「どうせなら、お布団やクッションを沢山持ち込んで、プレハブの中をふかふかでいっぱいにして眠りたいですね」
「あはっ、そりゃあ楽しそうだ。ついでにパジャマパーティでもするかい?」
「男の僕がお邪魔して良いものなんでしょうか……」
でも、ちょっと興味はなくもないかな?
眠る前に色々お喋りするのとか、ちょっと楽しそうだし。
……まあ、夢の中で毎晩沢山の人とお喋りできる、僕が言うのもなんだけれど。
「その衣装でできるのは、鞄を出すことだけかな?」
「いえ、他にも色々できるみたいです。例えば《食材解体》というものがあって、これは魔物を倒すと『食材』が入手できる異能みたいですね」
食べ物を持ち込まなくても、現地で確保ができるってことかな?
幾らでも荷物を持ち込める《使用人の鞄》があれば、食料の現地調達はあまり必要なさそうだから、いまいち噛み合わない異能のようにも思える。
「その食材ってのは、いま戦っているような魔物からでも手に入るのかい?」
「……どうなんでしょう? ちょっと僕にも、よく判りません」
日本銀行ダンジョンの第3階層までに棲息しているのは、いずれも『木製人形』の姿をした魔物ばかり。
身体が木でできた魔物を倒して、そこから食材が得られるのは……ちょっと想像しづらいものがあるから。サツキお姉さんの懸念は理解できるものだ。
「その辺は、実際に試してみるしかないですね。あ、ちなみに武器は『短剣』が召喚できるみたいです」
「へえ、じゃあメイドさんの格好でも戦えるんだね?」
「〈短剣術〉と〈投擲術〉という2つの戦闘スキルが使えるみたいですし、衣装の耐久度もそれなりにあるので、普通に戦えると思います」
「なるほど。短剣を手に持って戦うのも、あるいは投げて戦うのも、ユーにとってはやりやすくて良いかもしれないね」
短剣のようなリーチが短い武器を持てば、それだけ魔物の攻撃を受けるリスクが増えてしまうだろうけれど。
僕の場合はもし魔物の攻撃を食らってしまっても、ダメージを衣装が全て肩代わりしてくれるから、そのリスクを恐れる必要はない。
それに僕の能力値は[敏捷]が高めなので、素早く手数の多い攻撃を繰り出すことができる短剣は、なんとなく相性が良さそうに思える。
また短剣を投擲――魔物に向かって『投げる』ことで攻撃する場合でも。
僕にとっての短剣は『召喚武器』なので、投げた短剣を拾いに行く必要もなく、幾らでも再召喚が行える。
――つまり、投げ放題だ。
流石に銃ほどじゃないかもしれないけれど、充分便利に使える武器だとは思う。
「メイドさんってのは多芸なんだねえ……。流石にそれで全部かい?」
「あとは〈調理〉のスキルがあるので、料理が美味しくなるかも?」
「――おお、それはとっても重要じゃないか。さっき食べたサンドイッチは素晴らしく美味しいものだったけれど、あれが更に美味しくなるのかねえ」
ぺろっと舌なめずりしながら、楽しげにそう口にするお姉さん。
そう言ってくれると、こっちもまた作ってあげたいって気持ちになるよね。




