49. 《いつ開催する? 私も同席する》
目の前に出現した、プレハブっぽい家屋。
いや――家屋よりは『小屋』と呼ぶほうが、よほど適切かもしれない。
それぐらいのサイズの建物は、とてもじゃないけれど魔物の攻撃に耐えられる、頑丈な造りには見えないんだけれど。
この程度のサイズのプレハブ小屋でも、買うと中古で50万ぐらいはするという話を視聴者から聞いてしまうと。
それを自在に召喚できる衣装が、なんだかちょっと面白いものに思えてきた。
「窓がありますけれど……中は見えないですね」
「うーん、そうみたいだね……」
プレハブの小屋には、大きな窓が備わっている。
だけど、その窓には不透明な黒いガラスが嵌め込まれているようで、外から中の様子は全く窺うことができない。
「と、とりあえず入ってみるかい?」
「そうですね、そうしましょう」
「――うわっと⁉」
僕より先に小屋に近づいたサツキお姉さんの身体が――不意に押し戻された。
どうしたんだろう、と思いながら見つめていると。サツキお姉さんはプレハブの小屋の1メートルぐらい手前に立ち止まり、まるでパントマイムのように、見えない何かに手のひらを広げていた。
「……ここに見えない壁があって、阻まれるね」
「えっ⁉」
お姉さんの言葉に驚き、僕も同じ辺りに手を伸ばしてみる。
――けれど、僕の手には何も触れる感触がない。
試しに小屋に近寄ってみると――何の問題もなく、小屋の玄関ドアのすぐ手前にまで接近することができ、実際にドアに触ることもできた。
「もしかしたら、これはユーだけが利用できる小屋なのかもね?」
「……そんなことって、あるんでしょうか?」
「あるいは、ユーが許可した人間しか入れない、とか?」
試しに僕は、心の中で(サツキお姉さんも入れるようにする)と念じてみる。
すると――効果は覿面で。見えない壁に触れていた筈のサツキお姉さんの手は、急に支えを失ったように、すかっと中空を切った。
「もしかして、アタイに入場の許可をくれたのかい?」
「はい。サツキお姉さんも入れるようにって、意思を籠めてみました」
「なるほど」
玄関にはノブがあるけれど、その近くに鍵穴は無いようだ。
招かれざる客は『見えない壁』が阻むから、鍵を掛けてセキュリティを保全する必要がないってことなんだろうか?
試しにノブを捻ってみると――なんの抵抗もなく、簡単にドアは開いた。
「おお……和室だねえ」
「はい、新しい畳の匂いがします」
小屋の中には、まず入ってすぐの位置に半畳ぐらいの小さな靴脱ぎ場があって、そこから繋がるように6畳間ぐらいの和室があった。
和室の中央にはやや小さめの座卓がひとつあって、その回りを囲むように4枚の座布団が配置されている。
そして和室の隅には、畳まれたお布団も置かれていた。
部屋に押し入れ収納がないから、布団は出しっぱなしにするしかないのかな。
「……天井にシーリングライトがあるね」
「これって点くんでしょうか……」
玄関入ってすぐの壁際にスイッチが2つあったので、試しに両方押してみると。
和室の天井にあるシーリングライトが点灯し、部屋の中が一気に明るくなった。
同時に建物の外、玄関のドアのすぐ上部でもライトが点灯しているようだ。
「一体、どこから電気が……?」
ライトが点くんだから、電気の供給がされている筈なんだけれど。
ここはダンジョンの中なので、電気のケーブルが届いているとは思えない。
発電機でも内蔵している建物なんだろうか……と、僕はとても訝しく思う。
「周囲に魔物の気配はどうですか?」
「えっ……? あ、ああ。今は特に気配は無いようだね」
「じゃあ、とりあえず上がってみましょうか」
「そうだね……」
小さな玄関に靴を並べて、サツキお姉さんと一緒に小屋の中に入ってみる。
すぐに撮影ドローンも、僕たちの後を追尾して室内に入ってきた。
どうやらドローンは、先程の『見えない壁』に阻まれなかったらしい。
《うおお、普通に家じゃん!》
《俺が今住んでる部屋とほぼ変わらないんだが?》
《この和室と『眠り姫』に何の関係が……》
《↑それはそう》
《↑考えるな、感じるんだ》
《なぜ電気が点くんだ?》
《あとはシンクでもあれば、余裕で住めそうだなあ》
確かに、シンクとかコンロとか、そういうのは部屋の中に無いみたいだ。
もしその辺が揃っていたら、本当に人が住める部屋になっていたのかも。
まあ、もしシンクとかコンロがあったら、水道やガスはどこから来てるんだって話になりそうだけどね。
いや、そもそも電気が使える時点でおかしいんだけどさ……。
《玄関の隣にあるドアはなんだ?》
コメントに促されて後ろを振り向くと、確かに玄関の隣にもドアがあった。
木製の、室内用のドアだ。
試しにノブを回して、引いてみると――。
「……トイレですね」
「どう見てもトイレだねえ……」
中にあったのは、どう見ても洋式の便器だ。
ドアを開けた時点で天井のライトが点灯し、換気扇も回り始める。
床にはトイレマットが敷かれ、ご丁寧にトイレ用のスリッパまで置かれている。
またトイレの上部奥には、予備のトイレットペーパーが4ロール並んでいた。
「これ、流せるんでしょうか……?」
「試してみるしかないねえ」
サツキお姉さんが身を乗り出し、洋式便器脇のノブを捻る。
すると、普通にタンクから水が出てきて――そして、水が流されていった。
この時点で水道も、そして下水にも接続されていることが判明したわけだ。
「……なんで?」
「その疑問に答えられる人は、いないだろうねえ……」
思わず首を傾げた僕に、サツキお姉さんはただ苦笑する。
そりゃそうだ。こんな摩訶不思議な状況に、理解が追いつく人が居る筈もない。
試しにもう二度ほどトイレを流してみたけれど、特に問題はなかった。
いや、問題なく動かせること自体が、どう考えても問題なんだけど。
「あー……。もう、これは割り切ったほうが良いよ」
「わ、割り切る、ですか?」
「うん。ユーが新しく使えるようになった衣装は『どこにでも電気や水道が使える建物を召喚する』能力があるってことだね」
「ええー……?」
正直、納得はいかないんだけど。
でも……実際に、その説明通りなんだから、納得するしかないんだろうなあ。
「そういえば、窓から外が普通に見えますね……?」
「おっと、そういえばそうだね?」
建物の外から見たときは、黒い不透明のガラスだと思ったんだけれど。
室内から見ると、なぜか完全に透明なガラスの窓だ。
建物の外に広がるダンジョン内の小部屋の様子が、普通に室内から見えている。
「マジックミラーみたいなものなのかねえ」
「なるほど……?」
これなら、もし魔物が来てもすぐに気づくことができそうだ。
いや――外からは中の様子が見えないんだから、魔物は僕たちの存在に気づくこともなく、通り過ぎてしまいそうだけど。
《便利だなあ、コレ》
《いつでも召喚できるんでしょ?》
《うちのパーティにユウキくん欲しいわ、マジで……》
《ダンジョン内で休憩し放題じゃん》
《ご休憩(意味深)》
《せっかくだし、ちょっとゆっくりしていったら?》
《ゆっくりしていってね!》
「……それもそうですね。サツキ先生、お腹とか空いてませんか?」
「えっ? 空いてないことはないけど……」
「実はサンドイッチを沢山作ってきたんです。一緒に食べませんか?」
「い、いいのかい⁉」
「もちろんです。……というか、2人分にしては随分と大量に作りすぎてしまったので、少しでも多く食べて頂けると嬉しいぐらいですね」
苦笑しつつ、僕は背中のリュックから重箱を取り出す。
そこそこの大きさの重箱に、たっぷり2段分。それを和室の真ん中にある座卓の上に置き、蓋を取る。
箱の中にギッシリと詰まったサンドイッチは、明らかに2人分よりも多い量だ。
……ぶっちゃけ、4人分ぐらいはありそうに思える。
「す、凄く美味しそうなんだけれど。本当に食べちゃって良いのかい?」
「はい、ぜひ。実は、先日に行った両国国技館ダンジョンで拾った食材を使っていますので、材料費も殆ど掛かってないんですよ」
「ああ――配信を見てたから知ってるよ。ヤケイを狩ってたやつだね?」
「そうですそうです。あれで鶏肉とか卵を沢山手に入れられたので、さっそく活用してみちゃいました。
えっと――まずこっちの重箱に入っているサンドイッチがツナマヨ、ベーコンとチーズ、ハムとトマトの3種類ですね。次にこっちの箱が、タマゴサラダ、チキンカツ、自家製サラダチキンのサンドイッチです」
《なんて豪勢!》
《ぐわああ! メシテロ!》
《あああああ、なんで俺は食べられないんだ……!》
《ぐううう、羨ましい! 羨ましい!》
《めっちゃ美味そうなんだけど……!》
《ヤケイの卵は、濃厚でめっちゃ旨いんだよなあ》
《それをサンドイッチにとか、贅沢過ぎる……!》
《★『アルア・アルナ』公式:こんど一緒にサンドイッチパーティやろうね!》
《☆貴沼シオリ:いつ開催する? 私も同席する》
「ろ、6種類もあるんだね。作るの大変だったんじゃないかい?」
「いえ、とても楽しかったので、特に大変とかではなかったですね。僕は料理が趣味なんですが、なかなか他の誰かに食べて貰う機会も普段ないもので……ついテンションが上がって、作りすぎちゃいました」
本当はこの半分の、3種類ぐらいだけ作ろうと思ってたんだけどね。
味見して、思いのほか出来もよかったものだから。サツキお姉さんに喜んで貰えるかもしれないと思うと、途中で自制が効かなくなったんだよね……。
「どうぞ食べられるだけ食べてください。余ったらあとで自宅で処分しますから、無理はしなくても大丈夫なので」
「いや、このぐらいなら普通に食べるよ。本格的に掃討者をやりはじめてからは、消費カロリーが随分増えたせいか、食べる量も多くなっちゃってねえ」
「わ、そういうことでしたら、遠慮なくどうぞ!」
というわけで僕が普通のペースでつまむ一方で、向かい側に座るサツキお姉さんが、とても気持ちの良いペースで沢山サンドイッチを食べてくれた。
ひとつ食べる都度に「美味しい」と、満面の笑みで何度も何度も言ってくれるものだから。作ってきた僕の嬉しさもひとしおだ。
これだけで今朝、調理に要した僕の努力の全てが、報われた心地になる。
結局、重箱2つ分のサンドイッチを、サツキお姉さんは20分ぐらいでペロリと平らげてしまった。
流石に満腹になったみたいで、軽くお腹をさすっているけれどね。
「いやー、食べた食べた……! こんなにも幸せな気持ちになったのは、本当に久々だよ! ありがとうね、ユー!」
「こちらこそ、全部食べてくれてありがとうございます!」
笑顔で感謝を告げるサツキお姉さんに、僕もにこりと笑顔で応じる。
食後にこれだけ幸せそうに笑ってくれるなら、冥利に尽きるというものだ。
是非またサツキお姉さんのために作ってきたいなと、心の底から思った。
「カロリーをがっつり取っちゃったから、しっかり動いて消費しないとねえ。この後はアタイも積極的に戦闘に参加してしまって構わないかい?」
「はい、それはもちろん。というか……この服装だとあんまり戦闘に役立てそうにないので、サツキお姉さんに頼りきりになっちゃうかもしれません」
「そうなのかい?」
「なんか、この衣装の時に召喚できる武器って『枕』らしいんですよ……」
「――マクラ⁉」
サツキお姉さんが、大きく目を見開いて驚く。
無理もないよなあと思いつつ、僕はお姉さんに事情を説明した。
「なるほど、枕を敵にぶつけると眠らせることができるのかい」
「はい。ただ、枕は結局、枕なので……」
「眠らせるだけで、攻撃力がないから倒せないってことだね?」
「多分そうなんだと思います」
試しに僕は、召喚武器の『枕』を手元に喚び出してみる。
現れたのは――どう見ても、普通の枕だ。
サイズも普通だし、柔らかさも普通。
ここが和室なこともあって、眠る際に便利に使えそうな一品だ。
どう見ても殺傷能力は無いので、できるのは敵を眠らせることだけ。
魔物を倒すの自体は、完全にサツキお姉さんに頼ることになるだろう。
「……その衣装は、戦闘には使わないほうが良いんじゃないかい?」
「それがですね……この衣装って『衣装レベル』が上がると、それに応じて『召喚できる家屋が立派になり、設備が充実する』らしいんですよ……」
「それは――ちょっとレベルを上げてみたいねえ」
「ですよね」
今は、見ての通りの『プレハブ小屋』だけれど。
衣装レベルを上げた時、召喚できる家屋がどういう具合に立派になっていくのかが、とても楽しみに思えてならない。
それでもし、シンクとコンロが追加されたりすれば、ダンジョンの中で生活することも夢じゃないかもしれないんだから。どうしても期待しちゃうよね。
敵を眠らせるだけで攻撃力が皆無である以上、《眠り姫の衣装》の衣装レベルは単身の時には絶対に上げることができない。
なので、できれば頼りになる人が同行してくれる今こそ、なるべく衣装レベルを成長させておきたいのも正直なところだった。
「そういうことなら――パワーレベリングと行こうか!」
「助かります。サツキお姉さんが大変かもしれないですが……」
「沢山食べちゃったから、いっぱい身体を動かさないといけないからね。ついでにサンドイッチのお礼ができるなら、好都合ってものさ!」
そう言って、グッとサムズアップしてみせるサツキお姉さん。
もうその時点で、衣装レベルのアップが幾つか約束されたようなものだった。
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ローファンタジー日間10位、週間9位、月間14位に入っておりました。
日間総合の270位にも入ってました。
いつも応援くださり、ありがとうございます!




