46. 《――我らに推すべきひとが定まった一晩だった》
「うん、お見事だよ。よく頑張ったね」
「わっ……!」
ウッドパペットとの戦闘が終わったあとに、急にサツキお姉さんから頭を撫でられて、僕はちょっとびっくりしてしまう。
随分と昔に……それこそ本当に、今の僕と同じような見た目だった9歳ぐらいの頃には、ダイキの父親であるカツヒコおじさんから、こんな風に頭を撫でられたことが何度もあったけれど。
それも僕が小学校の高学年に上がる頃には、めっきりなくなってしまったから。なんだかとても懐かしくて、そして……不思議と嬉しい心地になった。
「おおっと……⁉ すまない、無意識のうちに頭を撫でてしまっていたよ」
「いえ、嫌ではありませんので。どうぞ」
「そ、そうかい?」
僕が頭を寄せると、一瞬だけためらった後に、サツキお姉さんが改めて僕の頭をがしがしと撫でてくれた。
女性の手だけれど、大きくて力強い手だ。
撫でられていると、なぜか心がほっとして、戦闘の緊張感が緩やかに解けていくような気がした。
「悪かったねえ……。なんだか制服を着た子が近くに居ると、中学で教師をやってた頃を思い出しちまうのか、頭を撫でてやりたくなっちゃってね」
「サツキお姉さんが頭を撫でても、嫌がる生徒はいなかったんじゃないですか?」
「いなかったような気はするねえ。アタイの勘違いじゃなければ、だけどさ」
それは絶対に、勘違いなんかじゃないと思う。
こんなに幸せな気持ちになるのに、嫌がる人なんて居る筈がない。
お姉さんの教え子になれた人たちが、なんだか僕には、とても羨ましく思えた。
「……でも、今は僕だけの先生ですよね?」
「あはっ、そうだね。掃討者の先輩であり、先生役でもあるかな」
「じゃあ今後は、サツキ先生って呼んでもいいですか?」
背がとても高いサツキ先生の顔を、見上げながら僕がそう問いかけると。
サツキお姉さんは一瞬「うっ」と声を漏らして、胸元を押さえてみせたあと。
なんだか急に天井を見上げて、何かに感じ入るような表情をしてみせた。
「んー……。それとも、サツキ先輩のほうがいいかな?」
「ん゛っ」
再びサツキお姉さんの口から、呻くような短い声が漏れ出る。
もしかしたら、先生とか先輩とか呼ばれるのは嫌だったのかな――と思いながらサツキお姉さんの顔を見てみると。
少なくとも嫌そうではなくて……むしろ、嬉しそうに見える表情をしていた。
「……ど、どっちも捨てがたいね。ユーの気分次第で、好きなように呼んどくれ」
「そうですか? じゃあ――今日のところは、僕は掃討者として授業を受けているようなものですから、サツキ先生って呼びますね!
もし今後サツキ先生と肩を並べて戦える時が来たら、その時にはサツキ先輩って呼びたいと思います!」
「ん゛ん゛っ……!」
再び胸元を抑えて、目を閉じるサツキお姉さん。
短く発されたうめき声に反して、やっぱり嬉しそうな表情なのが少し不思議だ。
《人が尊死しそうな瞬間を、初めて見てしまった》
《もうやめて! サツキ先生のライフはゼロよ!》
《☆貴沼シオリ:羨ましい……私も呼んで欲しい……》
《★『アルア・アルナ』公式:さっそく今夜にでもセンパイ呼びして貰う》
《はっ、その手が……!》
《夢の中でなら、ユウキくんにお願いができる!》
《上目遣いで先生呼びされたら、夢の中で天寿を全うする自信あるぜ……》
《今夜が楽しみ過ぎる……》
《夢? 夢ってなんの話?》
《みんなで夜にユウキくんと会うんか?》
《おっと、まだ何も知らないヤツがいるな……》
《何のことを言っているか判らない人は、配信をちゃんと最後まで見ような!》
《配信の最後に、たぶんユウキくんから案内があると思うぞ》
《なんなら前回配信のアーカイブを見るのでもいいぞ!》
《お前もユウキくん推しになるんだよ!》
《夢の中で一度でも会ったら、漏れなく強火担になれるぞ!》
《それは本当にそう。現に私がそうなった》
《俺も俺も》
《――我らに推すべきひとが定まった一晩だった》
撮影ドローンがずっと喋り続けているけれど、寄せられたコメントの量が随分と多いのか、読み上げが早口過ぎて何を言っているのか殆ど聞き取れない。
でも、視聴者の人が配信を見て楽しんでくれているなら、それはそれで僕も嬉しいかな。
「そういえば……。いま着ているこの《学士の衣装》って、見た目だけなら完全に僕が通っている高校の女子の制服と同じなんですが」
「……うん、さっきも聞いたね。だけどそういうのは、配信中にはあまり言わないほうがいいと思うんだけどねえ」
「あっ。そ、そうでした、ごめんなさい」
完全にうっかりだったので、僕はすぐに反省する。
まあ、今回の配信中で一度言ってしまっている以上、今更かもしれないけれど。
「それで、どうしたんだい?」
「えっと、サツキ先生に少し訊きたいことと言うか……。もともと教師をしていた側の立場から、ちょっと答えて欲しいことがあるんですが」
「なんだろうね? アタイで答えられることなら、もちろん構わないけど」
「もし男子生徒から『女子の制服を着て学校に通いたい』って相談されたら、学校の先生はどういう風に答えるものなんでしょうか?」
「おおっと、そう来たかあ……」
サツキお姉さんは眉を少し下げて、困ったような表情で考え込む。
答えにくい質問だろうし、やっぱり回答には暫く悩むのかなと、そう思いながら見ていたんだけど。
意外にもサツキ先生は、2分と掛からないうちに元の表情に戻り、静かに頷いてみせた。
「100%じゃないかもしれないけれど、ほぼ間違いなく許可すると思うね」
「そうなんですか?」
「アタイが教師をやっていた頃は、そういう生徒はまだあまりいなかったけれど。このご時世だと、もう珍しい話じゃなさそうな気がするしねえ。ジェンダー問題に関しては先生方のほうでも事前に考えを纏めてあるだろうし、たぶん嫌な顔ひとつされずに、その場で許可されるんじゃないかね?」
「な、なるほど……」
「その制服で学校に通いたいのは、衣装レベルの低下を避けたいからだよね?」
「はい」
サツキお姉さんの言葉に、僕は頷く。
衣装レベルが成長しても維持できずにいるのは、僕が持つ《衣装管理》の異能の説明文にあるように『衣装を何も装着していないと全ての衣装レベルが徐々に低下する』という制限があるからだ。
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《衣装管理》/異能
召喚可能な全ての衣装を一括管理する。
一部を除き、衣装のデザインを任意に変更することも可能。
着用者が受けたダメージは全て衣装が肩代わりする。
装着中でない衣装は自動修繕され、徐々に耐久度が回復する。
完全に破壊された衣装は一時的に装着できなくなるが
耐久度が最大まで回復すれば再び装着可能になる。
装着中の衣装は魔力を吸収して『衣装レベル』が成長する。
衣装を何も装着していないと全ての衣装レベルが徐々に低下する。
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高校に通って授業を受けていると、その間は当然『衣装を何も装着していない』わけなので、衣装レベルがどんどん落ちていってしまう。
1日ぐらいならわりと大丈夫だったりもするんだけれど。2日も学校に通えば、その間に衣装レベルは『0』に戻ってしまうのだ。
これまで僕はそれを、仕方がないことだと割り切っていた。
まさか金属鎧の《戦士の衣装》やシスター服の《神官の衣装》を着て、学校に通うわけにもいかないからね。
だけど、3つ目の衣装――《学士の衣装》が増えたことで、状況が変わった。
《学士の衣装》は僕の学校で使われている制服と、全く同じ見た目をしている。
まあ、なぜか男子用ではなく女子用の制服なんだけれど……。
〈衣装師〉の異能で召喚した衣装なら、どれでも良いので着用さえしていれば、全ての衣装のレベル低下を避けることができる。
なので、もしこの格好でも学校に通うことが許されるなら、今後は衣装レベルを問題なく維持することができそうに思えたのだ。
「良いと思うよ。先生に相談して、『天職』や『衣装』のことも打ち明けた上で、女子生徒の制服で通ってもいいですかって訊ねてみると良い」
「……? 天職や衣装のことも話すんですか?」
「もし掃討者として活動したい生徒がいる場合には、学校側でそれをサポートするように――って、私が教師をやってた頃にも、そんな風に文科省から頻繁に指示が来ていたからね。掃討者として活動する上で必要なことだって説明すれば、普通に学校側で対応を受けられると思うよ」
「なるほど……」
最近の僕はすっかり、女装が好きになってしまっているけれど。
とはいえ、僕は別に性意識が女性ってわけではないから。ジェンダー問題として学校側に対応されるよりも、単純に掃討者として必要なことだと理解して対応して貰えるほうが、有難いのも事実だ。
「担任の先生にでも相談してみるといい。あとその際には『トイレ』と『体操着などへの着替え』をどうすれば良いかも、併せて相談してみるといいよ。
……流石に女子の制服を着たユーが男子トイレに入ってきたら、同じタイミングでトイレを利用してる他の生徒がびっくりしちゃうと思うからねえ」
「な、なるほど……。ありがとうございます、相談してみますね」
「うん。教師ってのは生徒の力になるために居るんだから、どんなことでも気軽に相談してみるといい。そのほうが間違いなく、先生だって嬉しいハズさ」
ニカッと気持ちの良い笑顔を浮かべながら、そう告げるサツキお姉さん。
やっぱり僕には――サツキお姉さんが教師として働いていた当時に、お姉さんの教え子になれた人たちが、とても羨ましく思えてならなかった。
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ローファンタジー日間7位、週間11位、月間20位に入っておりました。
日間総合の194位にも入ってました。
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