41. 僕、二千円札の実物は初めて見ました!
すぐには動かず、充分に引き付けてから――。
目の前までパペットドッグたちが迫った瞬間、僕は素早く左にステップを踏む。
同時に右手に持った鎚矛を振るい、1体を大きく殴り飛ばした。
全力で殴ったとはいえ、思った以上にパペットドッグの身体を景気よく吹っ飛ばせたことに、ちょっと内心で驚いてしまうけれど。
多分これはスミカさんの投資によって、僕の[筋力]が増えたことが影響しているんだろう。
一時的にでも、もう1体とのタイマン状況を作り出せたのは美味しい。
2メートル程度の高さにまで跳躍し、こちらを踏みつけようとしてきた魔物に、僕は再び左にステップして攻撃を回避しつつ、鎚矛の一撃を喰らわせる。
攻撃もそうだけれど――ステップを踏むだけで理想的な回避ができていることもまた、おそらくスミカさんが投資してくれたお陰なのかな。
どうやら[敏捷]の能力値は2ポイント増えるだけでも、それまでよりもかなり機敏に身体を動かすことが可能となるようだ。
鈍器での攻撃が有効と事前にサツキお姉さんが説明していただけあって、鎚矛での一撃は魔物にかなりのダメージを与えられるようだ。
僕が効果的な打撃を2~3度加えると、それだけでパペットドッグはどちらも、身体が光の粒子へと変わり空間に溶け消えてしまった。
木製の身体をしているわりに、耐久度はそれほど高くないのかな?
「うん、良い動きだね! これなら第1階層では何の不安も無いよ!」
「ありがとうございます!」
サツキお姉さんが太鼓判を捺してくれたことで、僕も自分の戦いぶりに幾らかの自信を持つことができた。
あとはこの自信を、戦闘を重ねることで、より確かなものにしていけば良い。
《ユウキくん凄ぇな、しっかり掃討者をやれてるよ》
《いやホント、俺なんかよりよっぽど立派だ》
《あんな木製の犬が迫ってきたら泣きながら逃げる自信がある》
《子供の頃に犬に追いかけられて、必至に逃げた記憶が蘇ってきた》
《おいやめろ、俺まで思い出すだろ……》
《高速の突進を避けられてるの凄い。どんな反射神経だ》
《何気にユウキくん、かなり運動能力高いよね》
《マジでそう。体育の授業中にクラスのヒーローになれそう》
なぜか配信を視聴している人たちから、僕は運動ができるように見えているみたいだけれど。実際にはもちろん、そんなことは全く無い。
そもそも僕は、掃討者になる前は学校の通学以外では殆ど家から出なかったような、インドアな性格をしているからね。
運動なんて体育の授業以外では全くやらないような人間なんだから、それで運動神経が良い筈がないのだ。
ただ、なんというか――アルナさんが手掛けた可愛い服を着ている間は、まるで女の子になれたような心地に浸れるのと同じで。
《戦士の衣装》にせよ《神官の衣装》にせよ、戦うための衣装を身に着けている間は、戦う覚悟をしっかり整えた自分になることができる。
それに加えて、衣装を身に着けている間は一時的に武器を上手く扱うためのスキルなども付与されるから。心構えとスキル、その2つが良い感じに作用した結果、視聴者の人たちからは僕が運動ができるように見えているんだろう。
「ユー、ドロップアイテムは拾わないのかい?」
「わ、全然気づいてませんでした! もちろん拾います!」
サツキお姉さんに言われて、慌てて僕は通路を注意深く見て回る。
すると、ぼんやりと光を湛えている床の隅っこに、2枚の紙幣が落ちていることに気づいて。すぐに僕はそれを指先で拾い上げた。
「ほ、ホントに、本物同然のお札だ……」
「まあ、最初は驚くよねえ」
瞠目した僕を見て、サツキお姉さんが楽しげに笑ってみせる。
RPGでは『倒した魔物がゴールドを落とす』ようなことは珍しくないけれど。倒した魔物が現実世界の紙幣を落とす――というのは、事前に話を聞いていても、正直かなりの違和感がある。
ちなみに、今回パペットドッグが落としたのは千円札と二千円札。
合わせて3000円の収入は普通に嬉しい。
「わあ……。僕、二千円札の実物は初めて見ました!」
「えっ。そ、そうなのかい?」
「はい! 教科書の中で写真を見たことがあるだけだったので」
オモテ側にもウラ側にも、僕が知っている3種類のお札とは全然違うものが描かれていることが、なんだか面白い。
《沖縄では普通に使われてるんやで》
《そうそう、気がつけば財布の中にあるし》
「へー、そうなんですね。沖縄県以外では流通してないんですか?」
《ま、まあ、殆どしていないかも?》
《普段は全く見る機会ないからなあ……》
《コンビニで二千円札出したら、偽札かと疑われたことあるわ》
《あるある。特に外国人の店員さんだと知らなかったりとかね》
《日本人ですらほぼ目にしないんだから、無理もないよなあ……》
「うーん……。綺麗なお札なんだから、もっと流通させればいいのに」
《最初は政府も、ちゃんと流通させようとしてたんだけどね……》
《残念ながら需要があんまりなくてね》
《自販機にも使えなかったりして不便だし……》
《スーパーのセルフレジはわりと大丈夫なんだけど、自販機はなあ……》
「よし、この話はやめようね。なんかちょっと切なくなってきたよ……」
「そうですか?」
よく判らないけれど、サツキお姉さんがそう言うなら、別にこの話題を続ける理由もない。
「とりあえず、また近くに3体居るみたいだけれど――」
「ひとりで戦ってみたいです!」
せっかくサツキお姉さんが同行して、見守ってくれているんだから。複数の魔物相手の戦闘経験を安全に積める、格好のチャンスだ。
というわけで、僕がすぐにそう希望を伝えると。
「――ま、そう言うだろうと思ったよ」
くくっと愉快そうに笑いながら、サツキお姉さんは通路の先を指差してみせた。
どうやら真っすぐ行った先にパペットドッグが3体居るらしい。
鎚矛をしっかり握りしめながら、僕は慎重にそちらへと進んでいく。
程なく、ダンジョンの床に照らされた、3体のパペットドッグが見えた。
まだ距離は結構離れていて、あちらが僕たちに気づいた様子はない。
それなら――とりあえず不意打ちを狙ってしまうほうが、お得だろう。
鎚矛を長く持ち、腰を落として身体の重心を下げて。
僕は鎚矛を持つ右手を、一旦大きく後ろへ引く。
(せー、のっ……!)
声は出さずに、僕は右足を軸に鎚矛を大きく前方に振るう。
遠心力で稼いだ勢いを乗せながら、思いっきり鎚矛を――魔物に投げつけた。
衣装の能力で召喚した武器は、僕の手から離れると3秒程度で消滅する。
逆に言えば、僕の手から離れても3秒間ほどは消えずに残る。
その特性から、実はちょっと前から(召喚武器って投擲もできるのでは?)と、僕は密かに思っていたのだ。
――実際、それを裏付けるように。
投げつけた鎚矛は僕が狙ったパペットドッグ――の隣にいたもう1体の頭部に、ゴンッ! と鈍くて大きな音を立てて命中した。
側頭部からの強烈な一撃には、頭部と胴体とをつなぐ関節部が耐えられなかったみたいで。鎚矛をぶつけられた個体から、頭部が捥げて弾け飛ぶ。
1秒ほど遅れて、分かたれた頭と胴体が、それぞれ光の粒子になって消えた。
人形ではあっても、頭部を失えば致命傷になるってことかな?
ほぼ偶然の産物ではあるけれど、あっさり1体を倒せたことで残りは2体。
もちろん僕は、すぐに鎚矛を右手に再召喚する。
後ろでサツキお姉さんが「投げてもすぐに手元に出せるのずるいなー」と、笑いながら零していた。
うん、まったくもって、僕もそう思います。
2体相手の戦闘は既に先程体験していることもあり、大して苦労することもなく殲滅することができた。
魔物の身体が光の粒子になって消滅した場所に、再び落ちている紙幣。
今回落ちているのは1枚だけだったけれど――それは五千円札だった。
先程のと合わせて8000円。
あとでサツキお姉さんと半分ずつ分けるから、4000円の収入になる。
一気に2時間分のバイト代が手に入ったようなものなので、これで嬉しい気分にならない筈がない。
「ほんとにお金が稼げるんですねえ……」
「そうだね、ここ日本銀行ダンジョンは、お金稼ぎにはとても良い場所だ。
とは言っても――[幸運]の能力値が低いと、あまり出ないらしいけどね」
「なるほど。魔物のドロップ品だから、そうなりますよね」
魔物がドロップアイテムを残す確率は[幸運]によって決まる。
ちなみにパーティを組んでいる時には、メンバーの[幸運]の合計値によって、ドロップする確率が決まるそうだ。
僕の[幸運]の数値は『8』で、一般人の平均よりほんの少しだけ高い。
あ、いや――スミカさんが投資してくれたお陰で全ての能力値が『+2』されている筈だから、今の[幸運]は『10』かな?
[幸運]は1ポイント増えるだけでも、ドロップ率が目に見えて変わると言われている。
なのでスミカさんの投資はおそらく、かなり大きく影響している筈だ。
またスミカさんは僕だけでなく、サツキお姉さんにも投資を行ってくれたみたいだから、2人合わせると『+4』に相当する効果がある筈。
それだけ[幸運]が増えているとなれば――これだけ気前よく現金が落ちることにも、納得感しかなかった。
(ありがとう、スミカさん……!)
投資のことは視聴者に説明できないから、僕は心の中で感謝を捧げる。
改めて、ちゃんとお礼をしないといけないことも、しっかり心に刻んでおいた。
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ローファンタジー日間30位、週間27位に入っておりました。
いつも応援くださり、ありがとうございます!




