40. 各種ジェムについて。
体調不良のため昨日はお休みを頂きました。すみません。
(現在は回復しております)
石造りのダンジョンの通路を、配信を視聴してくれている人たちやサツキお姉さんと歓談しながら歩く。
すると途中で、不意にサツキお姉さんが僕を手のひらで制止した。
「敵が居るね、2体のようだ」
「――えっ。凄いですね、そういうの判るんですか?」
少なくとも僕から見える範囲に、魔物の姿はない。
つまりサツキお姉さんは、視界内に存在しない魔物を察知したということだ。
似たようなことは以前、一緒にダンジョンに潜ったことがあるマナさんもやっていたけれど。
彼女は〈吟遊詩人〉の天職の能力を活用し、楽器を演奏することで音の反響から周囲の地形や魔物を感知する、というものだった。
一方で、サツキお姉さんの天職は〈重戦士〉。
いわゆるパワーファイター系の天職だろうから、彼女が探知系の異能やスキルを所持しているのは、ちょっと想像しづらいように思えたのだ。
「ああ――これは昔、スキルジェムから得た〈魔物察知〉ってスキルの効果だね。自分から一定距離内に存在する魔物の存在を察知することができるのさ」
「……スキルジェム?」
「おっと、知らないなら説明しようかね。スキルジェムってのは――」
それからサツキお姉さんは、判りやすく僕に説明をしてくれた。
ダンジョンに棲息する魔物は『ジェム』と呼ばれる、特殊な石を落とすらしい。
ジェムはとても綺麗な石で、内側から常に穏やかな光を放っている。
これは単純に宝石としても価値があるアイテムらしいんだけれど――。
その真価は掃討者に『新たな力を授ける』ことにあるそうだ。
ジェムには『スキルジェム』や『異能ジェム』、『魔法ジェム』などのような、幾つもの種類があって。
それぞれのジェムを使用するとと、本人に新たな力が付与される。
例えば、スキルジェムを取り込めば新たな『スキル』が得られるし、異能ジェムを取り込めば新たな『異能』が得られるわけだ。
ジェムは基本的にどんな魔物でも落とすアイテムなんだけれど、発見できる確率は極めて低いらしくて。ドロップ率に影響する[幸運]の能力値が高い人でさえ、滅多に手に入れることはできないんだとか。
ただ、そのぶん高額で取引されるアイテムなので、幸運にも発見できれば大金を得ることができる。
掃討者にとっては一攫千金のチャンスが常にあるようなものなので、ジェムがドロップする機会を日々楽しみにしている人も少なくないんだとか。
「へー、そういうのって、なんだか面白いですね」
「アタイはあんまり[幸運]は高くないんだけれど、たまたま掃討者になりたての頃に、倒したピティからぽろっと〈魔物察知〉のスキルジェムを手に入れちまってねえ。何も考えずにスキルを修得して、今までずっと愛用してるってわけなのさ」
「なるほど……。〈魔物察知〉は絶対に便利ですもんね」
「そうだね。アタイはわりと単身でもダンジョンに潜るんだけれど、このスキルがあるお陰でだいぶ快適な活動ができているよ」
単身だと誰にも頼ることができないので、魔物の警戒も自分ひとりで行わなければならない。
とはいえ、ずっと周囲に気を張っていては疲れてしまうから。そこを上手くスキルで補い、掃討者としての活動に役立てているわけだ。
「ちなみに、どの魔物がどんな能力を習得するジェムを落とすかは決まっていて、《鑑定》の異能を持っている掃討者なら魔物を見るだけで判るらしい。
その情報の一部はネットにも出回っているから、欲しいスキルや異能のジェムを落とす魔物が棲息するダンジョンに通う、ってのも普通にアリだね」
「ふむふむ」
欲しいスキルや異能かあ……。
現時点だと、そもそもどういうスキルや異能があるのか、僕自身に知識があまり無いから、欲しいと思うものも特にはないけれど。
いつかそういうのが出来たら、獲得を狙ってみるのも楽しそうだ。
「おっと、話が逸れたけど――魔物と戦う準備はできてるかい?」
「あ、そうでした。もちろんいつでも大丈夫です」
「そうかい、じゃあまずは本日の初戦闘だ」
サツキお姉さんに先導されるまま進み、2つ先の角を左に曲がると。
そこには事前に聞いていた通り、犬の姿をした木製の人形が2つあった。
人形に付いている目にちゃんと視覚があるのか、パペットドッグは僕たちの姿を視認するなり、すぐに走り寄ってくる。
――速い。
ピティはもちろん、両国国技館ダンジョンで戦ったヤケイよりも優れた俊足で、パペットドッグが一気に僕たちの元へと迫ってくる。
というか――予想していたよりもだいぶ大きいね⁉
人形って言うから、結構小さめな魔物なのかと思っていたのに。下手な大型犬に匹敵しそうなサイズじゃないか。
「アタイは右を受け持つ。ユーは左な」
「はい!」
サツキお姉さんが、背負っている鞘から剣を引き抜く。
僕が《戦士の衣装》で使用している片手剣よりも、かなり大きいサイズの剣だ。
分類としてはたぶん『両手剣』になるんだろう。
もっとも――サツキお姉さんは大きな剣を片手で軽々と持ち、構えているから。『両手剣』という言葉の定義が、早くも揺らぎそうになっているけれど。
《頑張って!》
《無理はしないでね!》
視聴者の人たちが、僕に勇気を与えてくれる。
だから僕は、突撃してくる魔物に対して、敢えて一歩踏み込んだ。
「――はあああああああッ!」
突進してくるパペットドッグを、僕は左手に持った盾で迎え撃つ。
しっかりと身構え、そして全力を籠めて、僕の側からも盾で殴りつけた。
身体が大きいわりに、意外にパペットドッグの身体は重くなかった。
いや、重いには重いんだけれど――思っていたよりは軽い、と言うか。
乾燥して水分が抜けきった木材で作られた人形なのかな? と、思わずそう僕が考えてしまったぐらいには、大したことがない重さで。
僕の盾と真正面からぶつかり合った衝撃で、パペットドッグの側だけが2メートル近く、一方的に吹っ飛ばされる格好になった。
すぐに僕は前方に数歩詰め寄り、右手の片手剣を強く突き出す。
僕が繰り出した刺突攻撃が、パペットドッグの硬い胴体に弾かれた。
――のだけれど。
攻撃を弾いたにも拘らず、パペットドッグの身体が光の粒子へと代わり、程なく空間に溶け消えた。
木製の硬い体には、僕の片手剣は突き刺さらないみたいだけれど。
別に刺さらなくとも、攻撃自体でそれなりのダメージは与えられるようだ。
「うん、上出来!」
僕の戦いぶりを見ていたらしく、サツキお姉さんがグッとサムズアップして賞賛してくれた。
魔物のうち1体は、サツキお姉さんが受け持ってくれていた筈なのに――気づけばもう、その魔物の姿はどこにも見当たらなかった。
あまり時間を掛けずに、僕はパペットドッグを倒したつもりだったんだけれど。
どうやらサツキお姉さんは、それよりも遥かに短い時間で、あっという間に魔物を殲滅していたみたいだ。
「パペットドッグは犬の姿をした木製人形だけど、本物の犬と違って噛みついたりはできないんだ」
「ああ――。言われてみれば、そうですね」
パペットドッグは頭部全体が1個の木製パーツで出来ている。
上顎と下顎のパーツが分かれていないため、構造的に『噛む』という動作自体が不可能なのだ。
「だからパペットドッグの攻撃方法は非常に限られる。今やってきたみたいな突撃が一番危険なんだけど、盾でちゃんと防げば逆にダメージを与えられるから、倒すのは案外楽だね。まあ――相手が1体だけなら、だけど」
「なるほど……」
サツキお姉さんのその言葉は、裏を返せば『まだ2体以上を相手にするには不安がある』ということだ。
少しは上手く戦えた気になっていたけれど、もっと剣と盾を上手く使えるようにならなければいけないと、改めて僕は自分の心を戒めた。
いや――別に、剣と盾に拘る必要はないのか。
僕の天職は〈衣装師〉なんだから。戦う魔物に応じて有利な『衣装』に着替えるというのも、立派なひとつの戦術な筈だ。
「――《神官の衣装》!」
宣言した言葉に応じて、僕が着ていた鎧が瞬時にシスター服に変化する。
鎧の重さが急になくなったので、途端に身体が軽くなった。
「き、急にどうしたんだい、ユー」
「……?」
なぜか僕を見つめながら、顔を赤らめるサツキお姉さん。
その反応の原因はよく判らないけれど……衣装を変えた理由なら答えられる。
というわけで僕は、さっそく右手に鎚矛を召喚した。
「今のうちに、鎚矛での戦いも経験しておこうと思いまして」
「ああ――なるほど。敵に対して有利な武器を選ぶのは、掃討者として当たり前の判断だからね。納得がいくまで試してみると良いよ」
「はい!」
というわけで、ダンジョンの中をあてもなく歩いていると。
すぐにサツキお姉さんが、再びパペットドッグ2体の存在を察知してくれた。
「良ければ、僕ひとりで戦わせて貰えませんか?」
僕が求めた言葉に、サツキお姉さんは少し困ったような表情をしてみせた。
無茶な希望を口にしている自覚はある。なので当然の反応かもしれない。
「それは……大丈夫なのかい?」
「はい。ダメージは衣装が肩代わりしてくれますから、魔物から何発も攻撃を貰わない限りは、安全だと思います」
「……なるほど、そうだったね。なら挑戦してみると良い。ただしユーが1発でも攻撃を喰らった場合は、即座にアタイも参戦するからそのつもりでね」
「ありがとうございます!」
サツキお姉さんに魔物が居る方向を教わり、僕はゆっくりと歩を進める。
床と天井がぼんやり光っているダンジョン内で、とても判りやすく浮かび上がるパペットドッグ2体のシルエット。
僕が「来い!」と叫ぶと、呼応するようにその両方が同時に襲い掛かってきた。
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ローファンタジー日間32位、週間19位に入っておりました。
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