39. 《赤鬼デッレデレやないかい》
[4]
日本銀行ダンジョンの第1階層に入ると、今までに潜ったことのあるダンジョンとは、様子がかなり違っていた。
廊下の幅が広くて、たぶん4メートルちょっとぐらいはあるのかな。
3人までなら前衛が問題なく横に並んで戦えそうな感じで、これなら5~6人のパーティでも利用しやすそうだ。
壁は石積み様式になっていて、数メートルおきに壁沿いに円柱が立っている。
パルテノン神殿とかに設置されていそうな、どこかギリシャの建造物を思わせる紋様が彫り込まれた柱だ。
壁も柱も頑丈そうで、地震があっても崩れる心配はなさそうに思える。
天井と床がぼんやり光っているのは、これまでに行ったダンジョンと同じ。
照明器具の持ち込みが必要なさそうなのは、例によって助かるところだ。
「――《戦士の衣装》!」
いつ魔物と遭遇してもおかしくないので、今のうちに『戦士の衣装』を身に着けておく。
とりあえず何かの衣装さえ着ていれば、僕が受けたダメージは衣装が肩代わりしてくれるから、怪我を負うことはないしね。
片手剣と盾も召喚したところで、リュックサックの中に入れておいたスマホが、何かを通知する電子音をダンジョンの中に響かせた。
また僕のだけでなく、サツキお姉さんのスマホも同時に鳴っていたようだ。
一体なんだろう? と訝しく思いながら。とりあえず武器と盾から手を放して、リュックサックの中からスマホを取り出す。
「さっきのスミカ嬢ちゃんからのメッセージだね」
サツキお姉さんの言葉通り、通知音の発生源はLINEのようだ。
すぐにアプリを開いて、僕はメッセージを確認する。
『投資で2人の能力値を増やしておいたから、確認しておいてね』
すると、スミカさんからそんな内容の連絡が届いていた。
〈投資家〉の天職を持つスミカさんは、迷宮貨幣を消費して『投資』を行うことで、他人の能力値をほぼ永続的に増やすことができる。
どうやら今日初めて会ったばかりの僕たちにも、貨幣を惜しまず投資をしてくれたらしい。
とりあえずメッセージで指示されている通りに、僕はステータスカードを取り出して、自身の能力値を確認してみた。
+----+
タカヒラ・ユウキ
夢魔/17歳/男性
〈衣装師〉 - Lv.2 (1735/1836)
[筋力] 4+2
[強靱] 4+2
[敏捷] 10+2
[知恵] 8+2
[魅力] 13+2
[幸運] 8+2
精気:589
-
◆異能
[夢魔][夢渡り]
《衣装管理》《戦士の衣装》《神官の衣装》
◇スキル
〈剣術Ⅰ〉〈盾術Ⅰ〉
+----+
すると、全部で6種類ある能力値の全てに『+2』という値が追加されていた。
どうやらこれが、スミカさんによる『投資』の恩恵らしい。
「わざわざアタイの能力まで増やしてくれるとはねえ……」
「全部の能力値を『+2』って、かなり大きいですよね?」
「間違いなく、とても大きい効果だね。レベルが上がっても普通なら『2点』しか能力値は増えないんだから、実に6レベル分の強化ってことになる」
「6レベルも……」
つまり能力値だけなら、今の僕はレベル『8』相応ってことだ。
サツキお姉さんに至ってはレベル『37』相応になっている筈で……。
トップランクと呼ばれる掃討者の人たちの中でも、もしかしたらサツキお姉さんはこの数分の内に、頭ひとつ抜けた領域に到達したんじゃないだろうか。
「確かスミカさんは、能力値を増やすには『金貨』を消費すると、そう話していたように思いますが。金貨って『金』でできているわけだから、高価ですよね?」
「もちろん高いねえ。金貨1枚で大体30万円ぐらいはする」
「さ、30万円⁉」
それほどに高価なものを、僕たちのために消費してくれたのか。
しかも僕たち2人とも、6種類の能力値を全部『+2』してくれたわけだから、投資してくれた金貨が結構な枚数になるだろうことは想像に難くない。
有難いとは思いつつも……負担させてしまったことに、少なからず申し訳ないような気持ちにもなった。
「このダンジョンって、迷宮貨幣が出るんですよね?」
「出るね。階層にもよるが、銀貨でいいなら第1階層でも結構出る」
「僕たちが探索で手に入れた迷宮貨幣は貯めておいて、次にスミカさんにお会いした時にでも譲渡する、というのはいかがでしょうか?」
「ああ、それは良いね。是非そうしよう」
サツキお姉さんと一緒に、そう決める。
スミカさんの『投資』にはちゃんと見返りがあるって話だけれど。それはそれとして、スミカさんが負担した迷宮貨幣の一部でも補填したいからね。
スミカさんにはLINEで、しっかり感謝のメッセージを送っておく。
迷宮貨幣を譲渡する話については、予め伝えておくと固辞されちゃうかもしれないから。今は何も話さず、次に会った時にいきなり押し付けてしまおう。
「おっと、そうだ。私に気にせず、配信はやってくれて構わないよ?」
「良いんですか? じゃあ甘えちゃいますね」
トップランク掃討者の1人であるサツキお姉さんが同行してくれているお陰で、自衛を考える必要はなさそうだから。配信はしなくても良いかなと、そう考えていたんだけれど。
サツキお姉さんのほうから許可してくれたので、有難くリュックサックの中から全周撮影ドローンを取り出し、電源を入れさせて貰う。
本体の電源ランプが点灯し、ドローンが僕の身長よりやや高い位置に浮上する。
これだけで配信も自動的に開始される筈だ。
《ユウキくんの配信きちゃ!》
《配信キマシタワー!》
《おお、今日の衣装も可愛い》
《ユウキくんのスカート姿が俺を狂わせる……》
《ああ……今日もありがとうございます、ありがとうございます……》
《神よ、本日も尊きを恵んでくださり、ありがとうございます……》
「な、なんだか配信2回目にして、もう信仰じみてるねえ……」
「あはは……」
サツキお姉さんの言葉に、僕としても苦笑するしかない。
とはいえ、特に配信の予告もしていないのに、開始と同時に結構な数の人が視聴してくれていそうなことが、僕にはとても嬉しかった。
《げえっ、赤鬼!》
《赤鬼サツキじゃねーか! まものさん逃げて》
《ユウキくんもにげて》
《ああ、ユウキくんに貞操の危機が迫る……!》
「はっはっ、あんまりロクでもないこと喋ってると、引っこ抜くよ?」
《ひっ⁉》
《ヒエッ》
《何を引っこ抜くんですの⁉ 何を引っこ抜くんですの⁉》
《そらもうナニよ》
《つまりユウキくんが正真正銘の女の子に……?》
《ゆ、ユウキくんは男の娘だから良いんデスよ⁉》
サツキお姉さんは視聴者を相手に、楽しそうに会話をしている。
その様子を近くから眺めているだけで、お姉さんが配信に手慣れていることが、すぐに理解できた。
「よろしければ、サツキお姉さんも配信して頂いて大丈夫ですよ?」
「いや、今日はやめとくよ。これは別にユーを馬鹿にしてるわけじゃないんだが、アタイの視聴者はもっとレベルが高い場所での配信を期待してるからねえ」
「な、なるほど……」
ここ日本銀行ダンジョン第1階層で出現する魔物のレベルは『3』。
もし第3階層まで潜ったとしても『7』なので、レベル『31』のサツキお姉さんが普段やっている配信を見ている人たちだと、この程度のレベル帯の戦闘では、確かに満足できなさそうだ。
「いつか、僕のレベルが追いつけたら、一緒に配信できると良いですね」
「ふふ、その意気だね。ユーの成長を楽しみにしてるよ」
「ところで――視聴者が言ってる『赤鬼』ってなんですか?」
何の気なしに問いかけた僕の言葉に、サツキお姉さんが口の端をひくつかせる。
もしかしたら、あまり聞いてはいけないことだったのかな……。
「あー……。ある程度の腕前がある掃討者には、あだ名と言うか、異名みたいなのが付いてることがあってね。その『赤鬼』ってのはアタイの異名のことさ」
「なるほど、サツキお姉さんは鮮やかな赤い髪をしているから『赤鬼』と呼ばれているわけですね。とてもカッコ良いと思います!」
「そ、そうかい? そう言ってくれるなら、悪い気はしないねえ」
「サツキお姉さんみたいに綺麗な赤鬼が住んでたら、きっと桃太郎は鬼退治なんかできず、結婚して鬼ヶ島に骨を埋めちゃいそうですね」
「けっこ――⁉ そ、そそ、そうかい? そこまで言われると、照れくさいよ」
《赤鬼デッレデレやないかい》
《照れた赤鬼》
《ほっぺが真っ赤だから赤鬼って呼ぶんですか?》
《牙を抜かれた赤鬼の貴重なシーン》
《ユウキくんに怪我ひとつでも負わせたら、魔物が絶滅させられそう》
《間違いなくダンジョンが壊されるな……》
《まものさん にげて》
《ダンジョンさん逃げて》
《逃がさん、お前だけは……》
《こっちがラスボス側じゃったかー》
「や、やっかましいよ、お前ら‼」
耳まで真っ赤にしながら、ドローンに向けてそう叫ぶサツキお姉さん。
その可愛らしい姿を見ているだけで、自然と頬が緩んでしまう。
「あー……。一応、視聴者のために説明しとくと、今日アタイたちが来ているのは日本銀行ダンジョンだね。可能なら今日のうちに、ユーを第4階層ぐらいまで連れていけたら良いなと思ってる」
「えっ? 第3階層までしか魔物の情報を聞いていませんが……第4階層まで行く予定なんですか?」
「おっと、まずはそこから説明しなきゃいけないね。ダンジョンの中には何階層かおきに『安全階層』と呼ばれる、魔物が一切棲息していない場所があるんだ。
この日本銀行ダンジョンだと、地上に最も近い安全階層は『第4階層』にある。そこでは魔物と遭遇することはないから、戦闘するのは第3階層までだね」
「なるほど、そういうことですか」
つまり今日の目的は、第3階層の魔物まで倒せるようになり、安全な第4階層で適宜休憩してから帰還する、みたいな感じかな?
スミカさんの投資のお陰で、今の僕の能力値がレベル『8』相応になっていることを考えると、第3階層に棲息するレベル『7』の魔物にも案外普通に勝てそうな気がするし。頑張って挑戦してみるのも面白そうだ。
「来る途中にも話したけど、第1階層に棲息する魔物はパペットドッグ。この魔物は概ね『犬の姿をした木製の動く人形』とでも思って貰えればいいかな」
「人形なので痛覚がない、というお話でしたね」
「そうだね、そこは気をつけたほうが良い。攻撃を加えても怯んだりしないから、油断すると手痛い反撃を貰うこともある。あと木製なだけあって、身体がちょっと硬めなんで、剣や槍よりも鈍器のほうが攻撃しやすい」
「頑張って盾を攻撃にも使ってみます!」
「うん、ちゃんと覚えてるね。ユーは記憶力が良いねえ」
《ユウキくんのことを『ユー』と呼んでるのか》
《赤鬼デッレデレやないかい(数分ぶり2回目)》
《でも実際にユウキくんに会ったら俺もそうなりそう》
《俺はなったぞ。夢の中で》
《あたしもなったわ。夢の中で》
《夢の中?》
《ユウキくん、また夢の中でゲームやろうぜ!》
「あっ、はい! 今夜また一緒に遊びましょう!」
視聴者の中には既に、僕の分体を夢に招待してくれている人も居るようだ。
お陰で精気の獲得には何の不安もなくなっているので、とても有難い。
「あ、そうだ。僕あと100点ぐらいの魔力でレベル上がります」
「おっ、そうなのかい。また新しい衣装が追加されるのかね?」
「それは判りませんが、そうだったらお披露目できますね!」
《新衣装のお披露目!》
《これがVの配信なら巨額が動くやつ……!》
《★『アルア・アルナ』公式:新衣装! ありがとう、ありがとう……!》
《やべえ、もう今日の配信は齧りついて見るわ》
《いつの間にかアルナの姉御もおられる》
《パペットドッグって、倒すとどのぐらい魔力くれたっけ?》
《☆貴沼シオリ:1体あたり12点ですね》
《じゃあ8~9体ぐらいでレベルアップするってことか》
《2人パーティだから最大3体出る。早ければ3戦でレベル上がるぞ》
《これは見逃せない》
いつの間にか、アルナさんとシオリさんも配信を視聴してくれているようだ。
2人の前で情けない姿は見せられない。改めて僕は気合を入れ直すことにした。
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ローファンタジー日間19位、週間18位に入っておりました。
いつも応援くださり、ありがとうございます!




