38. 『異端職』仲間との邂逅。
『迷貨のご利用は計画的に! ~幼女投資家の現代ダンジョン収益記~』
という小説を本作と並行して投稿しております。
https://book1.adouzi.eu.org/n9278ka/
本作と共通の世界設定ですので、もしご興味がありましたらぜひ。
(※ただしあちらは女主人公で、百合要素が含まれます)
今話で登場するスミカはそちらの主人公です。
せっかく同じ世界なので、多少は絡ませたくて。
[3]
日本銀行ダンジョンに入る際には、日本銀行の西門で手続きを行う必要がある。
手続きの際にはステータスカードとは別に身分証明書の提示も求められるなど、他のダンジョンに較べると些か面倒が多い。
にも拘らず、ここは人気のダンジョンの1つだというのだから。それだけ掃討者にとっては旨味が多い場所なんだろう。
というわけで僕は学生証を、サツキお姉さんは運転免許証を提示。
それから建物の中に入った――のだけれど、移動の際には僕たち2人だけではなく、自衛隊員が1人同行するようだ。
「それでは私、渡辺が案内させて頂きます。警備上『石碑の間』に入るまでは自由行動を許可できませんが、ご理解ください」
日本銀行の旧館は、現在でも使用されている施設。
なので当然、警備も相応に厳重な場所になる。
掃討者は基本的に武器を携行しており、戦いにも慣れているわけなので、自由な行動をされると先方側も困るんだろう。
男性自衛隊員の渡辺さんに案内されながら、旧館に入って階段を下りる。
すると、地下に入ってすぐの位置に大きな金庫室があって、随分と驚かされた。
とは言っても、金庫扉は開かれた状態で固定されているみたいだけれど。
「……もしかして、ダンジョンの入口って、この中にあるんですか?」
「はい、内部にあります。ここは約20年前までは実際に使用されていましたが、現在はもう使用されておらず、見学コースの一部にもなっています。ですので遠慮なくお入りください」
重厚な金庫扉の中に入ると、内部に結構広めの空間が広がっていた。
その部屋の脇に、かなり不自然に存在している、地下へと続く階段。
間違いなくこれは、ダンジョンが発生した際に後からできたものだろう。
階段を下りると、その先にはいつも通り『石碑の間』がある。
こちらも充分な広さがある空間の筈なんだけれど……。先程の金庫室のスケールに較べると、案外手狭なようにも思えてしまうから不思議だ。
「こちらに常に3~4名の自衛隊員が常駐しておりますので、お帰りの際には声を掛けてください。先程の西門まで案内させて頂きます」
「判りました、ありがとうございます」
お礼を言って、自衛隊員の渡辺さんと別れる。
渡辺さんは『案内』と言うけれど、たぶん主目的は掃討者の監視なんだろうね。
『石碑の間』の中には、かなり沢山の人の姿があった。
現在この部屋に居る人数は、全部で20人ちょっとぐらい?
もちろんその中には入口付近で待機している自衛隊員も含むので、掃討者の人数だけで言えば20人に少し満たない程度だろうか。
外で見た男性たちと同じように作業着を身に着けている人もいれば、頑丈そうな革鎧や金属鎧を装備している人もいる。
武器とは違い、ダンジョン産の防具は入手方法が限られるため、かなり高価だ。
なのでそれを身に着けている人たちは、熟練の掃討者と見て間違いないだろう。
「悪いけど、今のうちにお手洗いを済ませてくるよ」
「あっ、はい。大事ですよね」
どのダンジョンでも『石碑の間』には、自販機やトイレ、コインロッカーや休憩スペースなど、掃討者に必要な最低限の設備が用意されている。
なので第1階層に侵入する前に、この部屋で充分な準備を済ませておくことは、とても大切だ。
(もしかしたら今日は、第2階層以降にも行くかもしれないから……)
個人的には緑茶が飲みたい気分だけれど。その辺のことも考えて、僕は自販機でペットボトル入りの麦茶を購入する。
カフェインには利尿作用があるからね。気休め程度かも知れないけれど、緑茶よりも麦茶のほうが途中で催さずに済む可能性が高い。
(ん……?)
休憩スペースのテーブルを利用して、リュックサックの中に麦茶のペットボトルを収納した僕は、ふと視線に気づいて右側を振り返る。
すると、そこには――尋常でないほど、綺麗で可愛らしい女の子が居た。
身長はたぶん135~140cmぐらいかな。
僕よりは少し高いけれど、大体9歳か10歳ぐらいの女子の背丈しかない。
女の子は純白の髪をしていた。色が抜け落ちた白髪とは違って、『純白』という色を帯びた、特別な魅力を備えたもののように見える。
瞳の色は真紅。先程の白髪と相俟って、少女の容姿からは、どこか幻想的な印象のようなものを受けた。
そんな女の子が――なぜか、僕の顔をまじまじと見つめている。
何か僕に言いたいことでもあるのかな……と、訝しく思っていると。
不意に少女は、ポンと両手を打ち鳴らして、得心したように頷いてみせた。
「ああ――なるほど。男性なんだ?」
「……⁉」
女の子が告げた言葉に、僕はちょっとびっくりする。
アルナさんの服を着ている姿を見て、即座に僕が男であることを看破したのは、この女の子が初めてだったからだ。
「よ、よく判りましたね?」
「いや、外見だけなら完璧に女の子だし、判らなかったかな。正直びっくりした。ここまで同性にしか見えない男性っていうのは、人生で初めてだよ」
そう告げて、女の子はくすりと笑ってみせる。
人間離れした容姿をしていることもあり、微笑む少女の姿はどこか蠱惑的だ。
「ただ、私は同性愛者だからね。どっちかというと本能的な部分で、キミとは恋人にはなれないなって――そう思ったから、男だって判別がついただけで」
「は、はあ。そうなんですね……?」
唐突に女の子から同性愛者だと打ち明けられたことに、僕は戸惑う。
でもまあ……それなら確かに、僕が男だと見抜けたのも理解できる気がした。
「角が生えていて、背中からは黒い翼が、そしてスカートの裾からは尻尾まで出ているみたいだけれど。もしかして、キミは『異端職』だったりする?」
「あ、はい。そうですが……?」
「そっか、奇遇だね。私もなんだ」
幼い容姿に見合わず、歳上の女性のような雰囲気がある女の子は。
そう言いながら、右肩を前に突き出すようにして――背中から生えている、翼の存在を僕に見せつけてきた。
僕と違って角や尻尾はないみたいだけれど、この女の子にも僕の背中から生えているものとよく似た、黒い翼があるようだ。
亜人の中には『有翼種』という、背中に翼を持つ種族もある。
ただし有翼種の背中から生える翼は、その多くが『白』で。稀に『水色』や『ピンク』の翼を持つ人もいる、という程度にしかバリエーションがない。
なので僕や、この女の子から生えている『黒』の翼は。
僕たちが共に亜人ではなく――『魔物』である証左だと言えた。
「……そういえば以前に、白鬚東アパートの受付窓口に立っていた自衛隊員のお姉さんから、最近になって『異端職』を獲得した人が2人もいた、という話を聞いたことがありました」
「それは間違いなく、私とキミだろうね。……って、いつまでも『キミ』って呼ぶのも失礼だよね。私の名は祝部スミカ。キミは?」
「僕はユウキ――えっと、高比良ユウキです」
お互いにステータスカードを取り出して、相手に見せ合う。
ステータスカードに書かれている情報は基本的に、自分にしか読むことができないんだけれど。唯一『名前』の欄だけは他人からも見ることができるからね。
「なるほど。同じ『異端職』仲間ってことで、よろしくねユウキ」
「こちらこそよろしくお願いします、スミカさん」
「……こっちは呼び捨てにしたのに、なんでそっちは『さん』付け?」
「間違っていたらすみませんが、多分スミカさんのほうが歳上じゃないですか?」
なんとなく、そんな雰囲気がするのだ。
「あー……。お互い凄まじく若返っているから、もう見た目の年齢とかアテにならないよね。私は19歳だけど、ユウキは?」
「17で、現役の高校2年生です」
「ふふ。その見た目になったことで、教室がパニックになったりした?」
「しました。正直、凄く学校に行きたくないですね……」
「苦労してるのねえ……」
スミカと名乗った少女と、互いに苦笑を浮かべ合う。
今日が初対面ではあるけれど。この人もきっと『異端職』を得てたことで色々と面倒や苦労があったんだろうなと思うと、もう他人のような気がしなかった。
「悪いね、混んでたんでちょっと掛かっちまった」
「すみません、スミカ姉様。お待たせしてしまって」
そんな折に、サツキお姉さんがこちらへ戻ってきた。
同時に、スミカさんの連れらしき人も合流する。
「えっと――サツキお姉さん、すみませんが少しこちらの人と話をさせて貰っても良いでしょうか? 僕と同じ『異端職』の持ち主みたいでして」
「おっと、そういうことなら気にせず存分に話してくれて構わないさ。ダンジョンは逃げたりしないんだからね」
「ごめんね、フミ。私も少しこの男性と話しても?」
「もちろんです、スミカ姉様。私は離れていたほうが良いですか?」
「いや、同席して大丈夫。紹介するね、こっちは私の恋人のフミ。そちらは?」
「恋びッ……⁉ あ、ああ、驚いたりしてすまない。アタイは房崎サツキだ」
スミカさんが告げた言葉に、サツキお姉さんが一瞬だけ狼狽する。
幼女にしか見えないスミカさんが、フミと名乗った同じく幼女にしか見えない女の子を『恋人』だと紹介してきたわけだから、驚くのも無理はないが。
「とりあえず座って話をしましょうか。もしユウキが嫌でなければ、お互いの情報を交換しておきたいかな」
「あ、はい。僕は自分の情報は配信でも公開していますし、全く問題ないです」
「そうなんだ? 私は隠している――というわけでもないんだけれど。かといって自分から率先して情報を明かしてもいないから、なるべく私のことは黙っておいて貰えると嬉しい。もちろんユウキだけでなく、サツキさんにもお願いしたいな」
「構わないとも。アタイはペラペラと他人のことを喋る性分でもないしな」
「それは助かるわ。フミ、もし周囲に私達の話に聞き耳を立てている人が居たら、教えてくれると嬉しい」
「判りました、警戒しておきます」
テーブル席に腰を下ろして、スミカさんと情報を交換する。
お互いが天職を手に入れた経緯。意識を失った一週間と、その時に助けてくれた相手についてのこと。お互いの種族名や、種族独自の能力について。
そして――お互いが得た『異端職』の内容についても。
スミカさんが持つ天職は〈投資家〉らしい。
この天職では、ダンジョン内から発見される『迷宮貨幣』というアイテムを消費することで、様々なものに『投資』を行うことができるそうだ。
例えば、人物に対して投資を行うと、その人の能力値をほぼ永続的に増やすことができる。
他に、ダンジョンに対しても投資を行うことができ、その場合はダンジョン内に配置される宝箱や採取オーブの数を増やしたりもできるんだとか。
なんというか……凄い能力だなあと、感嘆するばかりだ。
「衣装に着替えている間は、その職業の能力が身につく、かあ。ユウキはなかなか面白い天職を引き当てたんだね」
「いやいや、それを言うならスミカさんもでしょう⁉ 投資で他人を強化したり、ダンジョンに変化を起こすなんて、ちょっと考えられないですよ」
スミカさんの天職に較べれば、僕の天職なんて全然普通だと思う。
結局のところ、僕にできるのは『他の職業になりきる』というだけだしね。
「――スミカ姉様」
「ん、了解。悪いけど話はここまでにしても良いかしら。不本意ながら、私たちはちょっと有名になってしまっていてね……。困ったことに、秘密を探ろうとしてくる輩が結構いるのよ」
「ああ……なるほど、了解です」
いつの間にか、スミカさんの斜め後ろの席に、2人組の男性が座っていた。
特に会話もしておらず、彼らはいかにもこちらの話に耳を傾けていそうだ。
「よかったらLINEを交換して貰えないかしら? ……まあ、本当はメッセージアプリなんか使わなくても、情報のやりとりはできるんだけれど」
「あ、はい。もちろん大歓迎です」
スミカさんと、そしてフミさんともLINEを交換する。
よろしくお願いします、と丁寧に頭を下げてきたフミさんに、こちらからも深く頭を下げ返した。
「では、私たちはそろそろ潜るから、またね」
「はい。またLINEでお話しましょう」
「サツキさん、パワーレベリングは程々にしてあげてね?」
スミカさんとフミさんが、奥の階段から第1階層へと向かう。
その背中が見えなくなると、こちらに聞き耳を立てていた男性2人も、後を追うように階段の中へと移動していった。
もちろん、すぐにLINEで『男性2人組がそちらの後を追っていきました』と連絡を入れておく。
1分も経たないうちに『フミが察知しているから大丈夫。ありがとう』と、スミカさんから返信があった。
「……あのスミカってのは《鑑定》持ちだね」
「そうなんですか?」
「ああ。アタイたちのレベルを見抜いてやがった」
《鑑定》の異能を持つ人は、他者や魔物のステータスを看破することができる。
もちろん相手のレベルも視ることができるから。サツキさんのレベルが『31』なことや、僕のレベルがまだ『2』なことにも気づいているわけだ。
ああ、なるほど――と、僕はようやく得心する。
これはパワーレベリングと思われても、仕方ないかもしれない……。
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□パワーレベリング
意味が判らない方もいらっしゃると思いますので、一応解説を。
主にMMO-RPGで使われる用語で、
『高レベルのキャラが低レベルのキャラとパーティを組み、
彼らにはなかなか倒せないような敵を大量に殲滅することで、
低レベルキャラのレベルを一気に引き上げるような行為』
を指す言葉。(※ただしゲームによって内容に多少の差異がある)
ゲームでは様々な事情から『褒められた行為ではない』とされるが
もちろん本作中の世界ではそんなことは全くない。
スミカがパワーレベリングという語句を使ったのは
単にレベル差があり過ぎる2人をからかった、というだけ。
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ローファンタジー日間13位、週間18位に入っておりました。
あと日間総合にも初めて299位というギリギリで入り込みました。
いつも応援くださり、ありがとうございます!




