37. ゴールドラッシュは現代に。
以前にも書きましたが、小説のタイトルがあまり気に入っていなかったので、本日変更させて頂きました。ゆるして。
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「あれ? 教科書で見た建物とは違う……?」
日銀通りを抜けて、日本銀行の建物正面に到着したあと。僕がまず抱いた感想がそれだった。
思い描いていたよりも遥かに新しめで、しかもかなり巨大な建造物。
車が直で入れるようになっているからなのか、なんとなく大型ホテルに似た印象を受けるビルのように思えた。
「多分ユーが想像してるのは、旧館のほうだね」
サツキお姉さんが言う『ユー』とは、僕のことだ。
既に『ユウキ』と呼び捨てにしている同性の友人が居るため、同じ呼び方を僕にもするのはやりにくいという話だったから。
それならアリサさんやマナさんみたいに、あだ名で呼んで貰えればいいのかなと思って、僕の方から提案してみたのだ。
……英単語の『YOU』みたいな呼ばれ方になるので、これはこれで、ちょっと変かもしれないけれどね。
なんだか、今にも『何しに日本へ?』と問われそうな感じがするし。
「旧館? もしかして日本銀行には新館と旧館があるんですか?」
「あるねえ。更に言えば分館もある」
「へー!」
教科書にはそんなこと、全く載ってなかったなあと思う。
というか多分、公民の授業を教えてた先生も知らないんじゃないのかな?
「ダンジョンがあるのは旧館のほうだから、今からそっちまで行くよ」
「楽しみです。確か東京駅と同じ人が設計したんですよね?」
「お、よく知ってるねえ。日本銀行の旧館は、東京駅丸の内駅舎よりも20年近く前に作られていて、現存する辰野金吾が設計した建物の中では最も古いんだ」
「わ、そうなんですね!」
正直、教科書やテレビでしか見たことがない建物に行くのは、下手なテーマパークに行くよりもワクワク感が強い。
とても楽しみにしながら、サツキお姉さんと並んで日本銀行の建物沿いを歩く。
「こっちの新館も大きいですよね……。この中でお札を作ってるんですか?」
「いやいや、日本銀行は発券銀行として、日本銀行券の発行を担っているだけさ。紙幣の製造を行っているのは国立印刷局だね」
「えっ。こことは別の場所で作ってるんですか?」
「そうだよ? 知らなかったのかい?」
どこか楽しげに、サツキお姉さんがくすっと笑う。
今までずっと『日本銀行券は日本銀行で作っている』と思っていたから。
それが間違っているというのは、僕にとってちょっとした衝撃だった。
「……あれ?」
「うん? どうかしたかい?」
「いえ、あっちに居る人たちって……たぶん掃討者ですよね?」
日本銀行の沿いの歩道に、4人集まって話し込んでいる男性たち。
年齢は20台後半から30台前半ぐらいかな。彼らは一様に作業着を着用していて、背中には楽器ケースを背負っている。
作業着と楽器という取り合わせは、正直、見ていて違和感が凄まじい。
「ああ……同業者だろうねえ。どう見ても楽器演奏する格好じゃないよ」
「やっぱりそうですよね」
掃討者には作業着を愛用する人が多いと、以前に掃討者ギルドで受けた講義で、講師の人が話していたことがある。
多分、汚れたり擦ったりしても、あまり気にしないで良い服だからなのかな。
彼らが背負う楽器ケースにも、おそらく何らかの武器が入っているんだろう。
「日本銀行ダンジョンは初心者から上級者まで幅広く人気があるからね。時間帯によってはいかにも掃討者って見た目の連中が、この辺りにはかなり増えるよ」
「わ、そうなんですね。どうして人気があるんですか?」
「そりゃもう『金になる』からだね。ユーは『金座』って知ってるかい?」
「キンザ……? すみません、多分知らないと思います」
「じゃあ『銀座』ならどうだい?」
「地名の銀座のことで良いなら、判ります。実際に行ったことはないので、名前を知っているだけですが」
いや――正確に言えば、銀座を通り過ぎたこと自体はあるかな?
何年か前に浅草まで行ったときに、東京メトロ銀座線を利用したことがある。
渋谷駅で乗車して浅草駅まで移動、つまり銀座線を端から端まで移動したわけだから、途中で銀座駅も通り過ぎている筈だ。
とはいえ、銀座線はその殆どが地下鉄だから。
当然、車窓からは銀座の景色ひとつ、見えはしないんだけど。
「じゃあ、どうしてあの土地が銀座と呼ばれているかは知ってるかい?」
「えっ? いえ、全然知らないですね……」
というか、理由なんて考えたこともない。
渋谷や新宿と同じように、ただの地名としか認識していなかったからね。
「銀座の『座』は商工業者の組合で、いわゆる『ギルド』のこと。つまり銀座っていうのは『銀ギルド』を意味する言葉だね。といっても自由商業の元で作られた組織じゃなく、江戸時代に幕府の管理下で作られた官制ギルドなんだけど。
今日の銀座がある場所では、江戸時代に銀地金の取引を行ったり、それを使った銀貨の鋳造を行われていたんだ。なのでその名残として、名称が地名として残ったわけだね。ちなみに、これと同じケースが京都の伏見銀座にもあったりする」
「へー! そうなんですね!」
こういう一歩踏み込んだ知識っていうのは、聞いているだけで楽しい。
教科書だと、どうしてもただ知識を流し読みして、詰め込むだけになっちゃいがちだからね。
「あれ……? でも、どうして今、銀座の話を?」
「ところで、『銀座』があるなら『金座』もあると思わないかい? 日本でも昔は小判や一分金といった金貨が作られていたわけだからねえ」
「……もしかして、その金座があったのって、ここですか?」
僕がすぐ真横にある巨大な建物――日本銀行を指しながら、そう問いかけると。
サツキお姉さんはとても良い笑顔で頷いてみせた。
「ご名答だね。現在の日本銀行本店の敷地には、かつて江戸時代の頃に金貨を鋳造する金吹所、金貨の鑑定や流通管理などを行った金局などが置かれていたんだ。
さて――既に知ってるかもしれないが、ダンジョンってのは『名所』として知られる場所に存在することが多くて、ダンジョンに棲む魔物が落とすアイテムはその名所に縁ある品であることが多い。
となれば、ここ日本銀行ダンジョンで出るアイテムは――なんだろうねえ?」
「えっ……? ま、まさか『金』が出るんですか?」
「その通り!」
あっはっは、と笑いながらサツキお姉さんがそう答えてみせる。
なお、実際には金そのものが出るのではなく、金を用いて作られたダンジョン産の金貨――『迷宮金貨』と呼ばれるものがドロップするそうだ。
「ここまで言えば、ユーの質問の答えが判るだろう?」
「はい、流石に察しがつきます」
僕がした質問とは、『どうして(日本銀行ダンジョンに)人気があるのか?』というもの。
その理由は『このダンジョンの魔物から金が出るから』。
金の産出に惹かれて一攫千金を狙う掃討者が集まる、一種のゴールドラッシュのようなものなんだろう。
「とはいえ金は結構深めの階層からしか出ないから、難易度はかなり高いけどね。初心者は浅い階層で現金のドロップが狙えて、熟練者は深い階層まで潜って金の獲得を狙える。幅広く利用しやすいダンジョンだからこそ、人気があるわけだ」
「なるほどー! とてもよく判りました!」
サツキお姉さんの話は流暢かつ軽妙だから、聞いていてとても判りやすい。
もし講演会とか開いたら人気が出そうだなあと、僕は内心で思ったりもした。
「それにしても――サツキお姉さんって、博学多識ですよね。どうしてそんなに、いろんなことにお詳しいんですか?」
「ああ、私はもともと中学校で社会を教える先生をしてたんだよ」
「えっ! 教員免許をお持ちなんですか⁉」
「もちろん持ってるとも。社会の中学校教諭免許状もあるよ」
「わあ、凄いですね……!」
道理で色々なことに見識が深い筈だと、同時に僕は納得もする。
それにしても――実際に教師を定職にしていたのに、今は掃討者をやってるっていうのは、かなり珍しいケースなんじゃないだろうか?
そのことを僕が率直に訊ねると。
サツキお姉さんは「あっはっは! それはそうだろうねえ!」と笑ってみせた。
「掃討者って、何歳からなれるか知ってるかい?」
「えっと――確か12歳からですよね」
「そうだね、今は12歳から掃討者になれるわけだけれど。初期の頃は、掃討者になるための条件は『20歳以上』だったらしい。
その条件が『18歳以上』に、『15歳以上』と段階的に引き下げられていき、今はとうとう『12歳以上』にまで条件が緩められたわけだ」
「へー、そうだったんですね……」
「で、その最後の『12歳以上』に年齢制限が引き下げられた時に、ちょうど私は中学校で社会を教える先生をやってたんだ」
12歳以上――それはつまり、現役の中学生が含まれてしまう年齢だ。
掃討者の年齢引き下げは国が主導するものなので、生徒が掃討者を志すことを、学校サイドが止めることはできない。
でも、学校としては生徒が被る危険は最小限に抑えたい。
ならば、教師をやる傍らに掃討者としても実際に活動することで、掃討者という職業についての理解を深め、必要に応じて生徒に注意喚起できるようになろうと。
そう考えた教師の何人かが、率先して副業で掃討者をやるようになったそうだ。
「私もその中のひとりだったんだけど……。実際にやってみると、教職より掃討者のほうが、どうにも性に合っててねえ。結局、学校は辞めちゃったのさ」
「な、なるほど、そうだったんですね」
もともと社会の先生で、今は現役の掃討者。
しかもレベルが『31』という、疑いようもないほどののトップランク掃討者にまで上り詰めているわけだから――本当に、サツキお姉さんには掃討者のほうが向いていたんだろうなあと、僕は思わず納得してしまった。




