36. 現金がドロップするダンジョン。
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「ここが神田かあ……」
南改札を抜けて駅の南口から出た僕は、初めて近い距離で眺める神田駅前の風景を目の当たりにして、なんだか少し新鮮な気分になる。
東京駅になら何度か下りたことがあるんだけれど。すぐ隣同士の筈なのに、1駅移動するだけで随分と街の雰囲気が変わるんだなあと思った。
都会ではあるんだけれど、どこか乱雑な街並みのような印象を受ける。
といっても、汚いという意味ではない。何と言うか……良い意味で、東京駅の駅前よりも居心地が良さそうというか。そんな感じがするのだ。
(居酒屋さんが多い……?)
駅前に並ぶ様々なお店の看板を見て、僕はそんなことを思う。
チェーン店のものも多いし、個人経営のお店のものも多い。夜になれば昼間とは少し違った雰囲気の街になりそうな、そんな予感がした。
「――ユウキくん!」
少し離れた位置から、掛けられた女性の声。
もちろん分体から共有されている、夢の中で一緒に過ごした時間の記憶がある僕には、それが誰の声なのかすぐに判った。
「サツキお姉さん!」
すぐに振り返り、僕は呼ばれた声に答える。
手を振りながら駆け寄ってきたのは、背の高い赤毛の女性。
夢の中で逢った時には、高貴な印象を受ける赤色の髪のように思っていたんだけれど。
お昼を少し回った頃合いの柔らかな陽射しを受ける、今のサツキお姉さんの髪色は。大人びていると同時に、とても可憐な印象を受けるもののように見えた。
「よく来たね、移動で疲れたりはしなかったかい?」
「片道1時間も掛かりませんし、このぐらいなら大したことないですよ」
「そうかい? もし疲れてたら喫茶店とかで休憩しても良いんだからね、遠慮なく言ってくれていいんだよ」
朗らかに笑いながら、僕を気遣う言葉を掛けてくれるお姉さん。
気風が良くて、とても優しい人だなあと思う。
凄腕の掃討者でもあるみたいだけれど。そのことよりも、純粋に人柄に優れた人と親しくなれたことが嬉しい。
(――夢魔になったのは、良かったことだったのかも)
普通に学生としての生活をしていたなら、きっとサツキお姉さんみたいな人と、知り合う機会なんてなかったと思う。
仮に知り合えたとしても、仲良くなれたかどうかは判らないし。
そのことを思うと――夢という特別な時間を共有することで、知り合ってからまだ1日しか経っていないのに、少し仲良くなれている気がするのは、とても幸せなことだと思えた。
そもそも掃討者になっていなければ、きっとシオリさんとも、アリサさんやマナさんとも、アルナさんともきっと仲良くなっていないわけで――。
そのことを思うと。一緒に掃討者を少しやってみようと、そう話していたダイキの都合が悪くなった時に。少し勇気を出して、ひとりでも頑張ってみることを選んだのは、大正解だったなと思う。
「ユウキくん? どうかしたかい?」
「……あっ。すみません、少し考え事を」
こちらの顔を覗き込んでいたサツキお姉さんに、慌てて僕はそう答える。
折角こうして実際に会ったのに、考え事に没頭するのも失礼だよね。
「あの、サツキお姉さん」
「おっと、別にアタイのことは呼び捨てで構わないんだよ?」
「年上の方を呼び捨てにするのはちょっと……」
サツキお姉さんが具体的に何歳かは知らないけれど。
それでも間違いなく、僕よりはずっと歳上の筈だから。そのことを思うと、流石に呼び捨てにするというのは躊躇われた。
「そうかい? なんだか、お姉さん呼びはちょっとムズ痒くってねえ」
「あ、もしかしてお嫌でしたか? それならすぐにやめますが」
「別に嫌じゃないよ。嬉しいんだけど恥ずかしくもある、ってだけさ」
軽く顔を赤らめながら、ポリポリと頬を掻いてみせるサツキお姉さん。
お嫌でないなら良かったと思う。なんとなくサツキお姉さんは僕にとって、理想的な『お姉さん』のような、そんな印象を受ける相手なのだ。
「お姉さんこそ、歳下の僕は呼び捨てでいいんですよ?」
「あー……。友達に『ユウキ』って名前のヤツがいて、そいつのことを呼び捨てにしてるからね。なんとなく、同じ呼び方はしづらいかなあ」
「なるほど、僕と同じ名前のお友達なんですね。男性ですか?」
「いや、女だよ。……まあ、間違いなくユウキくんのほうが可愛いけど」
それは間違いなく服のお陰だなあ、と僕はしみじみ思う。
アルナさんが作る魔法の服は、着る人をたちまち凄く可愛くしちゃうからね。
「ふふ、ありがとうございます。サツキお姉さんにとって、こういう格好をした男が嫌いじゃなければ良いんですが」
「き、嫌いなもんかね。その……と、とても魅力的、だと思うぞ?」
「ありがとうございます。嬉しいです」
更に色濃く頬を赤に染めながら、そう伝えてくれるサツキお姉さん。
本心からの言葉だと伝わってくるだけに、僕はとても嬉しい気持ちになった。
ニコリと笑って感謝を伝えると、つられるようにお姉さんも満面の笑顔になる。
「おっと、駅前で立ち話もなんだね。とりあえず歩きながら話そうか」
「はい。案内をお願いしてもいいですか?」
「もちろんだとも!」
お姉さんとゆっくり歩きながら、ダンジョンがある日本銀行を目指す。
両側1車線の道路は、あまり広くないけれど、ちゃんと歩道が備わっていた。
「神田駅から日本銀行へ向かうこの通りは、そのまま『日銀通り』って名前が付いてるから。これに沿って歩くだけで、目的地の近くにまで迷わず行けるよ」
「へー、そうなんですね」
率先して道路側に立ったお姉さんが、そう教えてくれた。
歩きながら周りを見渡してみると、全体としてはオフィス街なのに、下町っぽい感じがあるお店も幾つかあるなど、少しちぐはぐな街並みという印象を受ける。
「これから行く日本銀行ダンジョンは、どんな場所なんですか?」
「おや、ネットで調べたりはしてこなかったのかい?」
「はい。せっかく慣れているサツキお姉さんがいらっしゃるので、先入観を持たずにお話を伺うほうが良いかなと思いまして」
「そ、そうかい。信頼して貰えるのは嬉しいねえ」
徒歩で移動する道すがらに、サツキお姉さんは日本銀行ダンジョンの情報について、色々と話してくれた。
まずダンジョンに棲息する魔物なんだけれど、浅めの階層には『人形』系の魔物が、それより先の階層には『ロボット』系の魔物がいるらしい。
もちろん、まだ初心者でレベルも低い僕は浅めの階層にしか足を踏み入れることがないので、後者の情報はとりあえず忘れても良いそうだ。
第1階層に棲息する魔物はパペットドッグで、魔物のレベルは『3』。
第2階層はウッドパペット、人間に近い姿の魔物でレベルは『5』。
第3階層がアルグドール。ワニの姿をした魔物でレベルが『7』だそうだ。
「なるほど。じゃあレベル2の僕は、第1階層で戦うのが適切ですね」
「いや、ユウキくんの実力なら、普通に第3階層でもやれると思うよ?」
「ええ……? レベル7の魔物が出るんですよね? 無理では?」
「配信でのユウキくんの戦いぶりを見たアタイは、そう判断するけどねえ」
「ほ、ホントですか……?」
「ああ。本当だとも」
一流の掃討者であるサツキお姉さんの言葉は、充分に信頼ができるものだ。
なので――正直、自信はないんだけれど。お姉さんがそう言うなら、頑張れるのかもしれないと、僕も思うことができた。
「……あ、危なくなったら、助けて貰えますか?」
「もちろん! お姉さんにそこは任せなさい!」
「ありがとうございます、じゃあ挑戦してみますね!」
いざという時にサツキお姉さんに頼れるなら、それだけでとても安心できる。
こんな機会は滅多になさそうだし、胸を借りるつもりで頑張ってみよう。
それからサツキお姉さんは、第1から第3階層に出現する『人形』系の魔物について、少し踏み込んだ説明をしてくれた。
戦う上で最も注意すべきなのは、相手に『痛覚がない』ということ。
つまり、こちらが強力な攻撃を加えたとしても、相手は怯むことがない。
ダメージをものともせず即座に反撃を仕掛けてくるので、その点については常に気を付けておいたほうが良いそうだ。
人形系の魔物に対し、特に有効なのは鈍器による『打撃』。
魔物の身体はほぼ『木製』らしく。全体にそれなりの硬度があるので、剣を用いた斬撃は有効となりにくいんだとか。
弱点は、それぞれの身体のパーツを繋ぎ止める関節の部分。
関節部は耐久力が低く、切断することで大ダメージを与えられるんだとか。
とはいえ、動く相手の関節部を剣の攻撃などで直接狙うのは難しい。
そこで便利なのが『打撃』で、どこでも良いので相手の身体を殴って衝撃を加えると、それに応じて周囲のパーツとの接合部に強い負荷が掛かる。
なので殴っている内に、結果として関節部が千切れたりするんだとか。
「《戦士の衣装》の時には、盾で殴るのも活用していくと良いだろうね」
「なるほど……」
もちろん《神官の衣装》の時は、そのまま鎚矛で殴れば良いわけだ。
ヤケイが相手の時には、衣装の重いことさえ除けば《戦士の衣装》のほうが戦い易かったけれど。今回は逆になるかもしれないな、と思う。
「次にドロップアイテムだけど。これが日本銀行本店ダンジョンは面白くてねえ」
「確か『良い現金収入が得られる』というお話でしたけれど。ドロップアイテムには、何か良いのが出るんですか?」
「ある意味、凄く嬉しいものが出るねえ」
そう告げて、サツキお姉さんはどこか楽しげに笑ってみせる。
「日本銀行本店ダンジョンではね、なんと『現金』がドロップするんだ」
「――現金⁉ 10円玉とか、500円玉とかってことですか?」
「いや、硬貨は落ちないね。出るのは日本銀行券……つまり『紙幣』だけさ」
「そ、それは間違いなく、ドロップしたら嬉しいヤツですね」
何しろ、出た時点で1000円の収入が確定するわけだ。
もちろん2千円札や5千円札、1万円札が出ることもあるだろうから、そちらが出てくれた際には、より嬉しい気持ちになるのは間違いない。
「ただし、とても重要な注意点がひとつだけあってね。魔物からドロップした日本銀行券は絶対にそのまま使わず、探索終了後に窓口に提出するように」
「……? それは何故ですか?」
「魔物からドロップしたお札には『番号が記されていない』からさ。もし間違ってお店とかでそのまま使うと、『偽造通貨行使罪』とかで最悪捕まることになるからマジで気をつけて」
「わ、わぁ……。き、気をつけます!」
番号が記されていないお札は、日本銀行ダンジョンの受付窓口に提出することで、同額分の本物のお札と交換して貰えるそうだ。
うっかり犯罪者にはなりたくないから……充分に気をつけることにしよう。




