34. [夢渡り]:房崎サツキ - 1
「こんにちは、お姉さん!」
「――うおあッ⁉」
ちょうど意識がすんなり微睡みに落ちていくかと思った瞬間――。
顔を覗き込んできた、可愛らしい女の子にそう声をかけられて、思わずアタイはびくりとしてしまう。
いや――女の子じゃない。
この子が男の娘だと、アタイは寝る直前に見た配信で知っていた。
「ほああああッ⁉ え、マジで……ユウキくん、なのかい⁉」
「はい、そうですよ。高比良ユウキです。お姉さん、今日は僕のことを夢の中へとお招き下さって、ありがとうございます」
「あ、いや、こっちこそ……?」
深々と頭を下げられたので、つられるようにアタイも頭を下げる。
普段は、こういう丁寧な男の子と話す機会が殆どない……どころか、男性と話す機会自体が滅多にないものだから。
この程度のやり取りでさえ、どきりと胸が高鳴るものがあった。
「そ、その、なんだい? 夢に招いたってのは、どういう……?」
「あれ? 意図的に僕を招待して下さったわけじゃない感じですか?」
「……えっと。も、申し訳ないんだが……昨日まで6泊7日で、ずっとダンジョンに籠もってたもんで疲れててねえ。結構眠気がある時に、ユウキくんがやっていた配信を見たもんだから、最後のほうはうろ覚えなんだよ……」
ここ1週間、アタイは東京スカイタワーダンジョンの地下に潜っていた。
気心の知れた友人と2人での探索だ。
ちゃんと毎日、魔物が棲息していない安全なセーフエリアへ移動して、充分な睡眠と休憩を取ってはいたが。それでも1週間ずっと戦いに明け暮れたわけだから、肉体的にも精神的にも疲労は溜まっていた。
1週間ぶりに地上へ戻り、自宅へと帰ってきた後に。
余った保存食の処分も兼ねて、軽くだけ食事を撮ったあと、眠気に導かれるように寝室のベッドへとダイブして。
やっぱり布団はいいよなーと、ベッドの上でゴロゴロしながら。まだギリギリ電池が残っていたスマホで、充電する傍らに視聴したのが――その時ちょうどユウキくんがやっていた配信だった。
内容は、少し前までピティを狩っていた子が、本免許を取ったことで初めてそれ以外の魔物が棲息するダンジョンに挑むというもの。
配信者が挑むのは両国国技館ダンジョン。ピティ上がりの子がいきなり挑むにしては、なかなか危険度が高い場所だ。
視聴者の何人かから『ユウキくん』と呼ばれていた配信主が、男子にしては信じられないほど可愛らしく、また、あまりに女装が似合っていたこともあって。
興味を持つと同時に、彼が第1階層の魔物であるヤケイに負けてしまわないかどうか心配になったアタイは、気づけば眠気を忘れて配信に見入っていた。
結論から言えば――ユウキくんの戦いぶりは、危なげのないものだった。
ヤケイからちょくちょく攻撃を喰らってはいたようなんだけれど。どうやら彼が持つ〈衣装師〉という天職はかなり強力らしく、魔物から受けるダメージは全て、彼が着用している衣装が肩代わりしてくれる。
ヤケイの鋭い嘴や蹴爪による攻撃を何度受けても、ユウキくんは出血ひとつしないので、アタイも安心して視ることができた。
魔物との戦いやドロップアイテムに一喜一憂したり、撮影ドローンが読み上げる視聴者からのコメントに焦ったり照れたりしてみせるユウキくんが可愛らしくて、アタイはすぐにこの子のことを(推したい)と思うようになった。
もちろんすぐに投げ銭での応援もした。
……投げ銭が1日に5万円までしかできないことを、疎ましく思ったのは初めての経験だった。
かなり楽しく視聴してたんだけど――ユウキくんが地上に出て、受付窓口の自衛隊員とやり取りをしているあたりで、流石に眠気が限界になり始めて。
一応、最後まで配信は視聴した……とは思うんだけど。正直、最後の方はかなり意識が飛びかけていたから、あまり記憶にも残っていない。
――それでも。
配信の終わり際に、ユウキくんが告げた言葉だけは、しっかりと憶えている。
『来てもいいよ』って
そう思いながら眠って貰えるだけで
僕は必ず逢いに行きますから
彼が告げたその言葉を聞いて、アタイは。
(こんな可愛い子が夢で逢いに来てくれるなら、ゼッタイ大歓迎だよなあ)
……と。そんな風に思ったこともまた、ちゃんと憶えていて。
今にして思えば、それがユウキくんを『招待』する結果に繋がったんだろう。
「あ、あの。もしかして……来ちゃってご迷惑でしたか?」
「へっ⁉ いやいや、こっちが呼んどいて迷惑なんてありゃしないよ‼」
「そうですか? それならよかったです」
アタイの言葉に、嬉しそうに微笑むユウキくん。
こんなに可愛い子が――自分の夢の中に居るなんて、良いんだろうか?
もう事案だと言われたら言い返せないのでは? 訴えられたら負けるのでは?
「あの。ひとつ、お尋ねしても良いですか?」
「お、おう。なんだい?」
「是非、お姉さんの名前を教えて欲しいのですが」
「ああ……悪いね、最初に名乗るべきだった。アタイの名は房崎サツキだよ」
「なるほど! サツキお姉さんですね!」
「ん゛っ」
無垢な笑顔での『サツキお姉さん』呼びは、破壊力が高くて。
思わずアタイは、瞬間湯沸かし器のように、一気にときめいた胸を抑えた。
もしこれが配信だったら、即座に上限額の投げ銭をしていたところだ。
「その……ユウキくんが居るってことは、ここはもう夢の中なんだね?」
「はい、そうです。まさか配信を終了した直後に、僕を招待して下さる方が居るとは思わなかったので、ちょっとびっくりしちゃいました」
「ああ、それはそうだろうねえ……」
おそらくユウキくんが配信を終えてからアタイが眠りに落ちるまでに、10分と間隔は開いていないだろう。
驚くのも無理はないなと、アタイも思わず苦笑してしまう。
「悪かったねえ。配信終了直後だと、流石に迷惑だったんじゃないかい?」
「いえ、気にしないでください。僕はあくまで『分体』なので問題ありません」
「……分体?」
「えっと、なんて言えばいいのかな……。僕は高比良ユウキの複製みたいなもの、とでも思ってください。本体と同時に存在できて、別行動もできるんです」
「ど、同時に存在? 別行動?」
残念だけど、ちょっとユウキくんの言葉の意味は判らなかった。
いや、意味としては判るんだけど、理解が追いつかないっていうか……。
「うーん……。とりあえず、夢の中でならユウキくんのことはいつ招待しても、迷惑にはならないってことで合ってるかい?」
「あ、はい。それで間違いないです」
「そうかい。どうしてもアタイは睡眠時間が不規則になっちまうからねえ。いつ寝ても迷惑にならないなら助かるよ」
ダンジョンは24時間いつでもやっているので、掃討者は生活時間は不安定になりがちなところがある。
まあ、公共交通機関とかを利用する人は別なんだろうけど。
「6泊7日でダンジョンに籠もっていた、ってお話でしたが。サツキお姉さんも、僕と同じで掃討者なんですか?」
「おっと、まだ言ってなかったかね。そうだよ、レベル31の〈重戦士〉さ」
「〈重戦士〉ですか、カッコいいですね! それにレベルも凄い!」
「そうかい? そう言われると悪い気はしないねえ」
レベル31というのは国内ではトップクラスの数値になる。
なんで普段から褒められることは多いんだけど――他の誰から貰った称賛の言葉よりも、ユウキくんが褒めてくれる言葉のほうが、アタイには嬉しかった。
いやまあ、こんな可愛い男子に褒められりゃ、女は誰でもそうだろうけどさ。
「良かったら、これまでの冒険の話とか聞かせて欲しいです!」
「い、いいけど、楽しくないと思うよ? アタイは会話も上手くないし」
「先輩掃討者のお話からは、学ぶことも多そうですから!」
そう告げて、ユウキくんがベッドの端に腰を下ろす。
その段階になって――今更ながらアタイは、夢の中だというのに、自分の周囲にある景色が現実の寝室と全く同じだということに気づいた。
ダンジョンに行く前に軽く掃除したから、別に汚部屋ではないが。
とはいえ女の部屋にしてはやや乱雑なところがあるし、きっと1週間留守にしていたぶんの埃も、室内には溜まっていることだろう。
そんな部屋に――ユウキくんを招待してしまったことが、恥ずかしくなった。
「サツキお姉さん?」
ベッド脇から、覗き込むようにアタイの瞳を見つめてくるユウキくん。
こんなにも至近距離で、男子から見つめられたことなんて無いものだから。
ドッドッドッと、早鐘を打つように心臓が乱されていく。
(……朝まで、アタイは生きてられるんだろうか……)
夢の中という、世間から隔絶された二人きりの空間が、幸せ過ぎてつらい。
もう夢から起きる時は来ないかも知れないなと、アタイはそんなことを思った。
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投稿開始から無事に2ヶ月経過しました。
いつもお読みくださりありがとうございます。
今後の投稿継続の判断材料にしたいと思いますので
よろしければ率直な評価点をお入れ頂けましたら幸いです。




