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可愛い〈衣装〉が僕の武器! ~現代ダンジョンのコスプレ攻略記~  作者: 旅籠文楽


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33/61

33. 相撲の聖地に行ってたんだよな? 配信見てたぜー?

 


     [6]



 両国国技館ダンジョンでの探索を終えたあと、電車で地元まで帰ってきた僕は、そのままの足で『一条飯店』へと向かう。

 一条は、僕の親友であるダイキの苗字。つまり『一条飯店』はダイキの親父さんが営業している町中華のお店の名前だ。


 立ち寄ったのは、ダンジョンで手に入れたヤケイの肉各種を、早めに親父さんに渡しておきたかったから。

 まあ、ゴムボール状の膜に包まれている間は鮮度が落ちないから、本当は急いで来る必要なんて全く無いんだけれどね……。


「おや、ユウキちゃんじゃないか。いらっしゃい」

「こんにちは、おばさん。親父さんの具合はどう?」


 到着してお店の中に入ると、すぐに応対に出て来てくれたのは、ダイキのお母さんであるシホ(志保)おばさん。

 既に50歳は軽く超えている筈なんだけれど……せいぜいまだ30台後半ぐらいにしか見えない、若々しい容姿を保っている。

 この見た目で、過去に掃討者として活動したことが一切なく、祝福のレベルアップによる『若返り』も経験したことがないというのだから驚きだ。


「ピンピンよぉ。元気過ぎて最近ちょっとウザいぐらいなのよねぇ。もう1回ぐらいギックリ腰になれば、静かになって丁度良いかもねえ」

「あはっ、ひっどい言われよう」

「ふふ。そういえば、最近は掃討者のお仕事頑張ってるんですってねー。今日から新しいダンジョンに挑んでるって話も、ダイキから聞いてるわよ?」

「あ、はい。新しいダンジョンでも魔物の肉が獲れたので、持ってきたんですが」

「あら、悪いわねえ。そういうことなら調理場に届けてあげて頂戴(ちょうだい)な。この時間はお客さんも少ないし、今は二人とも居るから」


 おばさんから許可を得たので、さっそく店の調理場へ入らせてもらう。

 すると、親父さん――カツヒコ(勝彦)おじさんとダイキの2人が、暇そうに調理場の片隅に置かれたテレビの野球中継を眺めていた。

 一応、お店の中に何人かお客さんは居たはずだけれど……。ちょうど注文が途切れたタイミングだったのかな?


「ユウキじゃねえか。よく来たなあ、なんか食ってくか?」

「いらっしゃい、ユウキ」

「親父さんもダイキも、お疲れさま。もちろんご飯は頂いてくけど、その前にダンジョンで手に入れた新しい肉を渡したくてさ」

「おっ、相撲の聖地に行ってたんだよな? 配信見てたぜー?」

「えっ……⁉ み、見てたの⁉」


 まさか親父さんに見られていたとは思ってもいなかったので、僕は戸惑う。

 いや、でも……両国国技館ダンジョンの探索を始めたのは、確か今日の正午過ぎ頃からだから。その時間はお店にとって一番忙しい時間帯で、見る暇なんて無いと思うんだけど……。


「あー……。まあ、見てたってよりは、聞いてたってほうが正しいか」

「流石に見る暇はないから、ラジオ代わりに配信を流してたんだよ」

「な、なるほど……」


 確かに、音声だけなら作業しながらでも問題なく聞けるだろう。

 僕がしていた配信は、ドローンが読み上げるコメントと、それに対する僕の反応や返答が主だから、戦闘の様子以外は音だけでも充分に伝わるわけだ。

 おそらく親父さんもダイキも、僕の安否を気にして、配信を調理場で流してくれていたんだろうね。


 私服にしても、あるいは《戦士の衣装》や《神官の衣装》にしても。配信の中で僕が着ていたのは女の子っぽい格好ばかりなので、まじまじと映像を見られていないことを知った僕は、ほっと安堵する。

 まあ、最近僕が女装していることが多いことは、ダイキも知っているし。おそらくダイキ経由で親父さんもおばさんも知ってはいるだろうけれど……。

 ……だからといって、しっかり見られるのは恥ずかしいからね。


「と、とりあえずお土産を渡すね。ヤケイって魔物のお肉が6種類分()れたから、試しに1個ずつ持ってきてみたんだ」

「おっ、例によってゴムボールに入ってんだな。そいつは出刃包丁でも全然開かないから凄えんだよなあ……。悪いが開けて貰えるか?」

「もちろん。いま出しても大丈夫?」

「ちょっと待ってくれ。ダイキ、ボウルを6つ出してやれ」

「はい」


 ダイキが出してくれたボウルの中に、6種類のヤケイ肉を取り出す。

 まあ、肉と言っても1つは『ヤケイの鶏皮(とりかわ)』なので、肉としてカウントして良いのかどうかちょっと怪しいけれどね。


 親父さんとダイキは、それぞれのボウルに出した肉を()めつ(すが)めつ眺めながら、色々と意見を交わしているようだ。

 僕の目には、普通の鶏肉と全く同じようにしか見えないんだけど、料理人の2人から見ると結構違いがあるらしい。


「ふうむ……。鶏肉とほぼ同じだが、色が濃いなァ」

「この尻尾肉(テール)っぽいのが気になりますね。かなりツヤが良い」

「そうだな、俺も気になる。毛が完全に抜かれているので、ピンセットで格闘する必要も無さそうなのはありがてぇな。

 とりあえず鶏テールは何も考えず、少量ずつ素揚げと唐揚げにでもしてみるか。ムネとモモは……臭みが強ェな。とりあえず酒に漬けとけ」

「了解です、このぐらい臭いとそのままじゃ使いにくいですからね。ああ、揚げるついでに鶏皮を焼いてみて下さいよ。鶏油(チーユ)が気になる」

「しゃあねえなあ。調理は俺がやっとくから、ムネとモモと……あと手羽元も酒に漬けとけ。心臓(ハツ)もすぐに冷蔵な。なんか面白そうな予感がするから、あとで心臓(ハツ)は研究しよう」


 方針が決まれば、親父さんとダイキの行動は早い。

 親父さんが調理したり、ダイキが下処理をしたりする手際の良い作業を、僕は少し離れた位置からぼんやりと眺める。

 こういうプロの仕事って、見ているだけでも楽しいよね。


「ダイキ、小皿と割り箸を3つずつな」

「了解」


 中華鍋で暫く焼いた後、長ネギと一緒にざっと傷められた料理。

 それが小皿に分け取られ、僕にもその1皿が差し出された。


「ネギを入れる以外は何も調味してねえから、味気ないかもしれん」

「味を見るのが目的でしょうから、それは仕方ないですよ」


 親父さんから小皿を受け取りながら、僕はそう答える。

 一口サイズにカットされた後に、よく焼かれた鶏皮を口に入れると。


 なんというか――信じられないほど、味が濃かった。

 調味していないというのが信じられないぐらい『(とり)!』という味がする。

 鶏皮って、基本的には塩とかタレで味を付けないと美味しくないものだと思っていたから。素でこんなに味が濃厚というのは、僕にとって衝撃だった。


「……う、旨ェな、これ」

「これはもう、素材の味だけでいいんでは? かなり上等な料理ですよ」

「北京ダックみたいに、ハオピン(薄餅)で包んで食べても良いかもしれねえな」

「それで2000円取っても、注文は殺到するでしょうね」


 2人が言う『ハオピン』が何かは判らないけれど。この焼いただけの皮が異常に美味いことぐらいは、僕にも判る。

 確かに、この味の料理なら2000円出しても惜しくはないだろう。


 ただ、今回の両国国技館ダンジョンの探索で『ヤケイの鶏皮(とりかわ)』が入ったゴムボールが1個しか落ちなかったことから察するに、この食材はそれなりに希少(レア)なものかもしれない。

 両国国技館ダンジョン自体は今後もよく利用するだろうけれど、もし希少な部位だとするなら、毎回提供できるかどうかは怪しいものだ。


「じゃあ、鶏皮が手に入った時だけ出す『特別限定メニュー』だな」


 そのことを親父さんに伝えると、にかっと笑ってそう答えられた。

 偶にしか出せないメニューなら、それなりに強気の値段にも設定しやすいから、店にとっても好都合らしい。


「よし、揚げてるヤツももう良いだろう。食ってみてくれ」


 親父さんが小皿の上に、素揚げと唐揚げをひとつずつ乗せてくれた。

 まず僕は素揚げのほうから(かじ)りついてみる。


「こっちも味が濃い……。でも、ちょっと臭い?」

「そうだな、臭みが少しあるな。火を通したら目立つようになるタイプか……」

「酒に漬けても良いですが。このぐらいなら甘酢で隠せるかもしれませんね」

「いっそ尻尾肉(テール)で油淋鶏風みたいな料理にしてみるか?」

「……面白いかもしれませんね。長ネギのみじん切りも加えれば、臭みは完全に隠せるでしょうし。(あぶら)が多くなるので工夫は必要そうですが」

「悪くねぇな、後でちょっと研究してみよう」


 流石は店をやっているだけあって、親父さんもダイキも、一口食べるだけで食材をどういう料理に活用するか、すぐに道筋が見出だせるようだ。

 唐揚げのほうも食べてみたけれど――こっちはそのままで、凄く美味しい唐揚げになっていた。

 尻尾肉(テール)特有の脂の多さも、唐揚げにしてしまえば美味しさの一部になる。(ころも)の中に閉じ込められたのか、臭みも素揚げのものよりは気にならなかった。


「やべェな。店なんざ早仕舞いして、さっさと研究したくなってきたわ」


 唐揚げの方も口にした親父さんが、そう感想を零す。

 口悪く『店なんざ』なんて言っちゃってるけれど。このお店を誰よりも愛してるのが、親父さんだということを僕はよく知っていた。


「気持ちは判りますが、母さんに怒鳴られますよ?」

「……お、おう。ちゃんと閉店までやっから」


 シホおばさんは怒ると凄く怖い。怒っているときだけは、鋭い目つきと男勝りな言動が出てきて、まるで任侠映画のヒロイン女優のような風格さえ漂わせる。

 そんなシホおばさんは、親父さんにとって唯一にして最大の弱点だ。

 普段からシホおばさんに怒られることを何よりも恐れるので、こういう時の親父さんの操作は、ダイキにとって慣れたものだろう。


「これから両国国技館ダンジョンにはちょくちょく通うと思うので、色々なお肉が手に入る度にここに持ってきますね」

「おう、ありがてェ。ありがてえが……無理だけはすんなよ? 店の肉を取ってくるためにユウキが怪我でもしたら、間違いなく一家全員ヘコむからな?」

「あ、ありがとうございます。気をつけます」


 家族も同然のように、僕の身を案じてくれるその気持ちが嬉しい。

 なればこそ、僕もまた親父さんたちの力になりたいと思う。


 リュックサックにだけでなく、より多くの荷物を持ち運べたら良いのにな。

 そしたらお店にも毎回、もっと沢山の食材を届けられるだろうし。


「ああ――そうだ、ユウキよ」

「あ、はい。なんですか、親父さん?」

「今回の探索では『ヤケイの卵』も沢山持って帰ってる筈だよなァ? そっちも研究したいんで、ゴムボール2個分ぐらい置いてってくれ」

「アッ、ハイ」


 ……そういえば、配信を聞いてたんでしたね。

 道理で僕が、自分用に卵を沢山持って帰ってることも、知ってるわけだ……。





 

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親父さん厚かましくて草
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