32. 僕は必ず逢いに行きますから。
(ピティ狩りと違って、今日の収入額が分からないのはちょっと残念かな)
そう思いながら、両国国技館ダンジョンの受付窓口から離れようとすると。
すぐに、窓口に立つ自衛隊員のお兄さんから「タカヒラ様」と呼び止められた。
「あ、ごめんなさい。まだ何かありましたか?」
「はい。免税ポイントに関してなのですが……」
「――そっか。ピティ狩りと違って、こっちはそれもあるんですよね」
僕が漏らした言葉に、自衛隊員のお兄さんが頷く。
免税ポイントのことは知っていたのに、今の今まですっかり忘れていた。
掃討者が得る収入は主に2種類あって。ひとつは今まで僕がしていたみたいに、ダンジョンで得た様々なアイテムを地上へ持ち帰り、それを受付窓口で買い取って貰うことなんだけれど。
実は、掃討者にとってメインとなる収入にはもう1つあって、それが『免税ポイント』と呼ばれるものだ。
これは掃討者ギルドが魔物ごとに設定する、ポイント制の討伐報酬みたいなもの。
なので、どの魔物を倒せば何ポイントの『免税ポイント』が得られるのかは、掃討者ギルドの公式サイトをチェックすればいつでも確認することができる。
自衛隊員のお兄さんによると、ここ両国国技館ダンジョンの第1階層に棲息する『ヤケイ』の場合は、1体討伐する毎に『2』ポイントが付与されるらしい。
「今回の探索で、タカヒラ様は第1階層に棲息するヤケイを『61体』討伐しておられます。このヤケイは1体討伐する毎に免税ポイントが2点付与されますので、現在タカヒラ様がお持ちの免税ポイントは『122ポイント』になります。
――免税券の発行はいかがなさいますか?」
免税ポイントを使うと『免税券』というものを発行して貰える。
具体的には、免税ポイントを1点使うごとに『100円』分の免税券に引き換えることができた筈だ。
なので、僕が今日の探索で得た122ポイント全てを免税券に変えた場合、その有効額面は『12200円』になるわけだね。
そして免税券は、文字通り『税金を免除してもらえる券』として使用できる。
国や地方公共団体に直接税を納める際に――例えば、所得税とか住民税とか、そういうのを支払う際に免税券を使用すると、その額面分だけ支払いを免除して貰うことができるのだ。
ただし掃討者は元々、アイテムを受付窓口で買い取って貰うことで得た現金収入には、税は課されない。
なので所得税は発生しないし、他に収入がないなら住民税なども発生しない。
あるとすれば、国民年金保険にも券は使えるので、それぐらいだけれど……僕はまだ20歳に達していないので、そちらも無い。
じゃあ免税券を貰っても使い道がないじゃないか――と、そう思うかも知れないけれど、全くそんなことは無くて。
実は、免税券は他人に譲渡することも可能なのだ。
ただし券に記載されている発行者本人、つまり僕以外の人が免税券を使用する場合には、券の有効額面は『70%』に減額されてしまう。
今回の『12200円』の免税券なら、他人が使うと『8540円』分の価値しか無くなってしまうわけだ。
逆に言えば、概ね『8540円』程度の価値は担保されている『金券』とも言えるわけで。
例えば、オークションサイト等にこの免税券をそれより少し安い『8200円』で出品したなら、間違いなく飛ぶように売れるだろう。
現金を、それよりも安い現金で買えるようなものだから、当然だよね。
いや――それよりも、金券ショップとかに買い取って貰うほうが早いかな?
オークションサイトの利用料とか券の送料とかも考えると、そっちのほうが賢明なような気がする。
(――8000円以上の現金収入は嬉しいなあ)
アイテム買取分が後日振込みになったことで、今日の収入額が分からないことを残念に思っていた僕だけれど。こうして別の収入もあることを知り、とても嬉しい気持ちになった。
やっぱり、現金収入は幾らあっても嬉しいからね。
「うーん……今回はいいので、貯めておいてください」
とはいえ、今はまだ免税券にはせず、ポイントを貯めておくことにする。
別にお金に困っているわけじゃないから、換金を急ぐ必要はないしね。
「承知致しました。それでは本日の探索はお疲れ様でした。今後もぜひ両国国技館ダンジョンを利用頂き、魔物駆除をよろしくお願い致します」
「お疲れさまです。手続きありがとうございました」
頭を下げてお礼を言い、自衛隊員のお兄さんと別れる。
階段を上がり、地上に出た時点で撮影ドローンのミュートを解除した。
「みんなもお疲れ様でした。見守ってくれてありがとうございます」
《お疲れさん!》
《乙!》
《お疲れ様ですわー!》
《ワイらにまでお礼を言ってくれるとは、ええ子や……》
《お疲れ様! 今後もずっと見守るよ!》
《……ミテルヨー……》
《↑こわい》
《毎秒配信して》
《次回もまた配信してね!》
僕を労ってくれる、視聴者からのコメントが嬉しい。
これだけでも、今日一日頑張った苦労が報われる気がした。
「あっ――そうだ、最後にちょっとだけ良いですか?」
《おっ、なんやなんや》
《宣伝か何かかな?》
《何でもウェルカムでございますの!》
「配信の途中でも言いましたが、実は僕は種族が『夢魔』でして。まあ……性別は間違いなく男なので、正直まだ納得はできてないんですが」
《それはそうだろうなあ……ww》
《普通ならインキュバスだよね》
《普通……普通とは一体……》
《男の娘サキュバス……アリだと思います》
《薄い本が厚くなるな……》
「それでですね。サキュバスと言えば、わりとご存じの方も多いかもしれないんですが。僕にも他の人の『夢』に干渉する能力があったりするんですよ」
《夢に干渉……》
《エッチなやつですね!》
《エッチなことするんですね!》
《エッチな夢を見せるんですね!》
《ワイに……! ワイにエッチな夢を見せてくれ……!》
《ユウキくんのエッチな夢! 見たい……!》
「えっと、ごめんなさい。全くエッチなものではないです」
《そんなー》
《そんなー》
《無念……!》
《出荷よー》
視聴者からのコメントを読み上げるドローンに、思わず僕は笑ってしまう。
抑揚の少ない機械音声で発されるには、面白い言葉ばかりだからだ。
「ふふっ……! えっと、エッチではないんですが。もし皆さんから許可を出して貰えるようであれば、僕が夢の中にお邪魔することができます」
《……えっ?》
《どゆこと?》
《私の夢に、ユウキちゃんが来る、ってこと?》
「はい。皆さんの夢の中でお会いして、一緒にお話をしたり、遊んだりすることができます。まあ正確に言えば、皆さんの夢にお邪魔するのは僕本人ではなく、僕と全く同じ見た目で、記憶も共有する『分体』なんですが――」
視聴者の人たちに向けて、僕は以前にアリサさんやマナさんに話した時と同じように、自分が持つ[夢渡り]の異能について説明する。
もちろん夢を訪れた際には、相手から『性欲を吸収する』ことについても、隠したり偽ったりせず素直に話した。
まあ――性欲なんてものは、もともと誰だって睡眠に落ちれば失うものだから。それを貰ってしまっても、特に相手に実害があるわけじゃないしね。
《う、うーん……。俄には信じられないんだけれど……》
《そうやね。夢にお邪魔するって言われても、現実感が無いというか》
《折角ちゃんと説明してくれたのに、申し訳ないんだけれどね》
「まあ、そうですよね……。すみません、急にこんな話をしてしまって」
ドローンに向けて、僕は頭を下げる。
他の人の夢を訪問して『精気』を得たいというのは、結局のところ僕の我儘でしかない。なので僕も、最初からみんなに無理強いするつもりはなかった。
けれど、もし受け入れてくれる人が居るなら――。
「夢に来ても良いっていう人が居ましたら、心の中で僕の訪問を許していて下さると嬉しいです。『来てもいいよ』って、そう思いながら眠って貰えるだけで、僕は必ず逢いに行きますから。
それでは――今日はご視聴ありがとうございました! また近い内に配信すると思いますので、ご都合が合えばまた見て下さいね!」
ドローンに向けて手を振りながら、配信機能のオフをドローンに指示する。
ちゃんとドローン本体の側面にある『配信中』を示すランプが消えたのを確認してから、僕はドローン自体の電源もオフにした。




