27. 《拙者、太ももを出してるエッチな男の娘大好き侍》
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階段を下りきる少し手前で、僕は立ち止まる。
この先に進めば、両国国技館ダンジョンの『第1階層』に入る。
いつヤケイと遭遇してもおかしくないので、先に進む前に戦闘の準備は済ませておかないといけない。
「すみません、アルナさん。服は着替えてしまいますね」
《★『アルア・アルナ』公式:えっ? 着替えるって、ここで?》
「はい。と言っても、普通に着替えるんじゃなくて、僕の異能を使うんですが」
《おお、異能を使いだすと掃討者っぽいな》
《よく見る天職の異能は俺らも把握してるけど……『異端職』の異能でしょ?》
《うわ、なんか凄そう》
《たぶん初めて見るやつなんかな》
「それじゃ、いきますね。――《戦士の衣装》!」
衣装名を声高に宣言すると、僕の身体が一瞬だけ強く光り輝く。
すぐに光が収まって――僕が身につけているものは『アルア・アルナ』の服ではなくなり、『白銀の鎧』へと変化していた。
《おおー、早着替えじゃん!》
《いや、どっちかというと変身じゃない?》
《確かにそっち系のような気がする》
《頑丈そうな鎧は、確かに『戦士の衣装』って感じだな》
《スカート付きの鎧はロマンでございますぞ》
《太もも、太ももが見える……! ありがとうありがとう……!》
《拙者、太ももを出してるエッチな男の娘大好き侍》
《↑侍も落ちることまで落ちたな……ww》
《服を一瞬で替えられる天職って、何だろう?》
「僕の天職は〈衣装師〉で、これは簡単に言うとコスプレイヤーみたいなものです。レベルに応じて増える衣装――今は《戦士の衣装》と《神官の衣装》の2つがあるんですが、これらの服に一瞬で着替えたり、あるいは元々着ていた服になら一瞬で戻ることができます」
《はえー、すっごい》
《服を着替えるだけなん?》
「いえ、服だけでなく《戦士の衣装》を着ている時は、実際に〈戦士〉の人が使うような武具も召喚できます。――こんな感じですね」
全周撮影ドローンに向けて話しかけながら、僕は『片手剣』と『小盾』を召喚してみせる。
何の変哲もない剣と盾だけれど。それでも何もないところから武具を出せるのは驚きだったみたいで、視聴者の人たちから感嘆するコメントが溢れた。
「召喚した武器はもちろん魔物にも有効だし、それに着用中は衣装に合ったスキルも一時的に使えるようになれるんです。結構便利なんですよ?」
《えっ、なにそれ凄くない?》
《実質的にどんな役割でも担当できる万能天職じゃん!》
《さ、流石は異端職……。1000万人に1人は伊達じゃないな》
《うわ、ようじょつよい》
《★『アルア・アルナ』公式:ユウキくんの色々な衣装が見れる! これは神!》
《性能よりもまずそっちっすかwww》
《いやまあ、大事なところですよ》
《そうそう。俺らの今後の尊死に関わってくるからな!》
《お前ら……死ぬのか……?》
《男の娘に殺されるなら本望では?》
《わかる》
《わかる》
「わからないで……」
なんだか変なノリのコメントに、思わず僕は苦笑してしまう。
とりあえず着替えと武具の召喚を済ませたので、僕は階段を下りて、両国国技館ダンジョンの『第1階層』に足を踏み入れた。
一見する分には、ダンジョンの造りは白鬚東アパートとほぼ同じように見える。
床と天井がぼんやり光っているところも同じなので、懐中電灯を携行しなくても問題なく探索が行えるのは素直に有難い。
《ヤケイの蹴爪は本当に危険なので気を付けてね》
《腕とか脚ならまだ良いほうで、顔に怪我を負う人も多いんよ》
《うん、本当に心配……》
「あ、それは大丈夫です。衣装を身につけている間は、僕が受けたダメージは全て衣装が肩代わりしてくれますから。僕自身は怪我を負ったりしないのはもちろん、痛みを感じることも無いんです」
《ええ……? なにそれ、凄すぎない?》
《マジかよ、超当たりの天職じゃん》
《これが1000万分の1の力だ……!》
《もうチートや! チーターやろそんなん!》
《可愛い男の子が怪我をすることがないと聞いて、ご満悦の私です》
《★『アルア・アルナ』公式:それはそう》
《☆貴沼シオリ:わかります》
《ユウキくんが安全なことのほうが重要だよな》
《そうですよ! ユウキちゃんが怪我したら世界の損失です!》
(いつの間にか、僕の名前が普通に広まっちゃってるなあ……)
コメントに耳を傾けながら、僕はそんなことを思う。
アルナさんとシオリさんが普通に僕のことを「ユウキくん」と呼んでいたので、視聴者みんなが僕の名前を知ったんだろう。
まあ、別に隠したいと思っていたわけじゃないから、全然いいんだけどね。
とはいえ、顔も見たこともない沢山の人が、僕の名前を知っているというのは。
なんだか……ちょっと不思議で、恥ずかしくて、むず痒いような気がした。
悪い気はしないんだけれど、照れくさいというか何というか……。
――そんなことを思っていると。
いま歩いている通路の先にある丁字路、その右手奥側から、コッコッコッと小さな鳴き声のようなものが聞こえてきた。
ヤケイの鳴き声だ。数は鳴き声から察するに1体だけらしい。
もっとも、こちらが単身で探索しているわけなので、2体以上と遭遇することは基本的に無いんだけれどね。
《聞こえてきやがったな……》
《ヤケイの鳴き声やね》
《声だけ聞くと、普通のニワトリとしか思えないんだけどなあ》
《実際はとても凶暴なんだよなあ……》
《ゼルダのイメージしかないので、ニワトリが凶暴は解釈一致》
《なぜ人はニワトリをいじめてしまうのか……》
《そして逆襲されてしまうのか……》
《親方! 画面外から大量のニワトリが!》
《それもう助からないやつ》
実は、僕が本免許を取得して最初の探索先に、ここ両国国技館ダンジョンを選んだ理由のひとつに、このヤケイの鳴き声がある。
ヤケイは基本的に常時『コッコッ』という鳴き声を発しているため、察知が容易で、不意打ちされる危険が殆ど無いのだ。
ダンジョン探索に於いて、魔物の不意打ちはとても危険なもの。
パーティでの探索なら、不意打ちに備えるために1人か2人が充分に周囲を警戒していれば、他の人達は気を緩めることができるんだろうけれど。
単身での探索だと、常に周囲の警戒を自分ひとりで担わなければいけないので、気が休まる暇が全く無くなってしまう。
だけど、その点――ヤケイは警戒していなくとも察知が容易なので、今みたいに配信を視聴している人たちと無警戒に会話をしていても、問題ないわけだ。
もちろん鳴き声が聞こえるってことは、僕の声やドローンがコメントを読み上げる声も、同じようにヤケイの耳には聞こえているんだろうけれど……。
幸いと言うべきか、知能が低い魔物は原則として『侵入者を発見』しない限り、こちらを警戒することも、攻撃モードに移行することもない。
「それじゃ、このダンジョンでの初戦闘、やってみますね」
《おう、頑張れ!》
《ファイト!》
《大丈夫かなあ……》
《む、無理はしないでね!》
視聴者からの応援や心配を受けながら、僕は丁字路の中央に立ち身体を晒す。
予想通り右手側の先に居たヤケイが、侵入者の僕を発見するなり「コケーッ‼」と一際大きな声で鳴いた。
それからすぐに、僕が居るほうへと駆け寄ってくる。
ピティと違って足が遅くないので、僕もすぐに剣と盾を構えて備えた。
ヤケイが仕掛けてくる攻撃は、主に『突進』『嘴』『蹴爪』の3つ。
今回は『突進』を選択したらしく、頭を少し下げて、トサカをこちらに向けながら突っ込んできた。
ヤケイのトサカは非常に硬いので、マトモに喰らえば大ダメージは必至だ。
「はあッ!」
そんなヤケイの突進を、僕は『小盾』で受け止める。
能力で召喚した武器が『ダンジョン産の武器』として扱われるのと同じように、召喚した盾は『ダンジョン産の防具』として扱われる。
いかに硬いトサカを備えていても、金属製で充分な硬さがある盾は、貫けるようなものではない。
むしろ盾に衝突したことで、明らかにヤケイの側がダメージを負っていた。
また、頭部に強い衝撃を受けたせいなのか、露骨にヤケイの動きが鈍くなる。
「――やッ!」
チャンスを活かすべく、僕は剣をヤケイに向けて突き刺す。
勢い良く繰り出された刺突が、しっかりとヤケイに突き刺さり――そのまま貫いたところで、ヤケイの身体はすぐに光の粒子へと姿を変えた。
ヤケイは防御力が低い魔物だからね。効果的な一撃を加えることができたら、それだけで倒せてしまうんだろう。




