24. 《うっお、かわよ》
なぜ僕が両国国技館ダンジョンに来たのかというと、理由はわりと単純で。
ネットで『本免許を取得者向けのお勧めダンジョン』について軽く調べた結果、このダンジョンの第1階層に魅力を感じたからだ。
とは言っても、魔物が弱くて楽だから、というわけではない。
むしろ初心者向けの中では、両国国技館ダンジョンはやや難易度が高めになる。
このダンジョンの第1階層に棲息するのは『ヤケイ』という、ニワトリの姿をした魔物。通常のニワトリよりもかなり体躯が大きく、体重も6~8kg程度はあるらしい。
今までに散々狩ってきたピティは体重が10kgぐらいある筈だから、一応それよりは多少小さめになるんだろうか。
――ただし、その脅威性はピティよりも格段に高い。
ヤケイが行ってくる攻撃は主に『突進』『嘴』『蹴爪』の3つあるんだけれど。まず『突進』して体当たりを仕掛けてくる攻撃は、ピティと違って足が遅いわけではないので、避けるのが案外難しいらしい。
そして、それ以上に厄介なのが『嘴』で突付いてくる攻撃や、『蹴爪』で引っ掻いてくる攻撃。どちらも鋭くて固い部位なので、攻撃を素肌に受ければ皮膚が抉れ、怪我を負うとともに激しく出血することになる。
と、この部分までの情報だけだと、初心者に勧められるような魔物には思えないかもしれないけれど。
ヤケイは攻撃能力が高いぶん、防御能力が低いらしくて。ダンジョン産の武器で2~3回ほど攻撃すれば、あっさり倒せる程度しか耐久力がないそうだ。
僕の場合は、ヤケイの攻撃で受けるダメージは全て『衣装』が肩代わりしてくれるから、僕自身が怪我を負う可能性は殆どない。
なので攻撃力は高くても防御力が低いヤケイは、他の人にとっては狩りにくくても、僕にとっては案外狩りやすそうな気がするのだ。
それに何より――ヤケイはドロップアイテムが良いらしくて。
倒すことで様々な食材系のアイテムを落とすんだとか。
まず一番よく落ちるアイテムが『ヤケイの羽毛』と『ヤケイの卵』の2つ。もちろん前者の羽毛は、食材ではない。
次に『ヤケイの胸肉』と『ヤケイの腿肉』、そして『ヤケイの笹身肉』。
他にもまだまだ沢山あって、部位名だけを列挙すると『鶏皮』、『肩肉』、『首肉』、『尻尾肉』、『手羽先』、『手羽中』、『手羽元』、『胸軟骨』、『膝軟骨』、『心臓』、『肝臓』、『砂嚢』、等々――。
こんな具合に、なんだかすぐにでも焼き鳥が食べたくなってしまいそうな、部位ごとに分類された肉を落としてくれるのだ。
ネットに掲載されている情報によると、両国国技館の地下にはなぜか『焼き鳥の工場』があるらしくて。ヤケイが様々な鶏肉を落とすのは、それが原因じゃないかと考えられているらしい。
ダンジョンは『名所』として知られる場所に存在することが多く、ダンジョン内の魔物が落とすアイテムはその名所に縁ある物品であることが多い。
なのでヤケイが、焼き鳥に利用しやすそうな様々な部位の肉を落とすのも、決しておかしい話ではないんだとか。
肝心の味は、普通の鶏肉よりも美味しいと評判らしい。
ただ、ピティの肉ほどじゃないけれど、ちょっと肉質は硬めだそうで。料理によってヤケイの肉を使うのは、結構向き不向きがあるとか。
ちなみにヤケイはレベルが『2』らしい。
魔物のレベルは〈鑑定〉系の異能を持っていれば、すぐに判るらしいけれど。僕には無縁の話なので、この辺りの情報はネットで仕入れた。
討伐した際に得られる魔力は、ヤケイ1体につき『4』。
ピティの4倍の魔力が得られるので、上手く倒せればレベルアップに近づけるだろう。
というわけで、両国国技館の建物北側に配置されている、掃討者向けの案内板に従って移動し、裏手側から建物内に入る。
そこから建物の地下に降りて少し進むと、例によって自衛隊員の方が立っている受付窓口があったので、そこで入場の手続きを済ませた。
「……ここは第1階層でも結構強い魔物が出ますが、大丈夫ですか?」
自衛隊員の男性から、不安げにそう訊ねられる。
正直を言えば、大丈夫かどうかは、今回初めて挑むので僕にも明確には判らないんだけれど……。曖昧な回答をしても困らせるだけだろうから「大丈夫です!」と胸を張って答えておいた。
「そうですか……逞しいですね。女性で、しかもあなたのように小さな方は、このダンジョンへ来られることなど殆どありません。魔物への警戒はもちろんですが、他の掃討者にも充分に注意なさってください」
「わ、判りました」
男性の顔が『あなたのような人はとても危ない』と、雄弁に語っている。
まあ自分でも、いかにも拐かされそうな見た目だなあとは、正直思わなくもないから。男性が注意を促してくる気持ちは、理解できるものがあった。
自衛隊員の男性を別れて、受付窓口の近くにある階段から更に地下へ。
こちらの階段は先程のものと違って、石造りのもの。
――つまり、ダンジョンが生成されたことで、後から追加された階段だろう。
そこそこ長めの階段を下りきると、開けた空間に出た。
白鬚東アパートダンジョンでも見た『石碑の間』だ。それを証明するように、空間の中央にはやや縦に長い板状の石碑が安置されている。
また、あちらのダンジョンと同じく、休憩用のテーブルと椅子、自販機や簡易のトイレなども空間内には設置されていた。
現在は石碑の間の中に、僕以外には誰も居ないようだ。
白鬚東アパートダンジョンと違い、こちらは本免許を所持していないと入れないダンジョンだから、多分そもそもの利用者数がずっと少ないんだろう。
とりあえず自販機をチェックしてみると、こちらのダンジョンでも全てのドリンクが無料で提供されていた。
有難く、ペットボトル入りのミネラルウォーターを1本貰っておく。
それを収納するのと入れ替えで、リュックサックから全周撮影ドローンが収納されたケースを取り出し、中身の本体を地面に設置。
リモコン操作で電源をONにすると、フィーン……という静かな音だけを立ててドローンが浮遊し、僕の身長よりもやや上ぐらいの高度を維持し始めた。
『配信を開始します、よろしいですか?』
ドローン本体から機械的な声でそう訊ねられ、ちょっとびっくりしてしまう。
「は、はい! オーケーです!」
『声紋認証クリア。配信を開始します』
本体側面に付いている『配信中』であることを示す赤いランプが点灯した。
これで多分もう、事前に店員さんと設定した『ConTube』のアカウントで、配信が開始されている筈だ。
《初見》
《初見です》
《うっお、かわよ》
《初見。なんだこの子、天使か》
《書き忘れたけど、俺も初見です》
「わ、わわわっ」
すると、10秒も経たないうちにドローンがコメントを読み上げ始めて。
初配信の今日は多分、誰からも視聴されたりはしないんだろうなと。そう思っていただけに、僕は随分と驚かされてしまった。
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□両国国技館
わざわざ説明する必要があるのかどうか疑わしいぐらい、大変に有名な施設。
特に大相撲の開催地として有名で、年に6回、奇数月に開催されている本場所のうち、実に半分の3回がこの両国国技館で開かれている。(他には大阪・愛知・福岡でそれぞれ年1回ずつ)
なお、両国国技館というのは通称で、正式名称は単に『国技館』。
現在の国技館が実は2代目だったり、元々は尚武舘という名前になる予定だったにも拘らず直前に変更になっていたりと、有名な建物のわりにあまり知られていない事項も多い。
地下に焼き鳥工場があるのは本当で、この事実は嘗て『トリビアの泉』で取り上げられた際に一気に有名になった。(※『84へぇ』を獲得)
ちなみに焼き鳥が作られているのは、ニワトリが2本足で立ち手をつかないことから、手を付かないように戦う力士の姿に因む、相撲の縁起物だから。
国技館の地下には他にも『相撲診療所』という力士に特化した医局がある。体重が重く皮膚が厚い力士の診療は、普通の診療所では対応が難しいことがあるため、そういう時はここで診てもらうわけだ。
実は力士の利用だけに限定せず、過去には一般外来も受け付けていた……筈だけれど、今はどうなんだろうね。ちょっと判らないです。
『トリビアの泉』では他にも、国技館の近くにあるマクドナルド両国駅西口店に於いて、当日の白星力士が訪れると無料サービスを提供しているという内容にも言及されていた。
これは、好きなセットを(もちろん好きなドリンクで)無料提供して貰えるというもので、サービスを受けるためには用紙に必要事項を記入してカウンターに提出する必要がある。
確か、本人の四股名や所属部屋、勝利日と対戦相手と決まり手などを記入する必要があった……筈。昔お店で申請用紙の実物を見たことがあるが、うろ覚えなので流石に自信はない。
両国での本場所開催中には、店の前にこのサービスを行っている旨の看板が出されていた。真っ赤で目立つ看板だったので、見たことがある人も多いのでは。
現在もこのサービスが行われたり、看板が出ているかは存じません。ゆるして。




