23. 配信用のドローンを買います!
*
溝の口駅を出発した僕は、途中で乗り換えつつ鐘ヶ淵駅へと到着する。
いつもとは別のダンジョンに単身で挑む、という予定を今日は立てているのに。どうしていつもと同じ白鬚東アパートダンジョンの最寄り駅に行くんだと、そう思うかもしれないけれど。
今回僕がまず向かおうとしているのは、白鬚東アパートのすぐ向かいにある掃討者ギルドの施設だ。
掃討者ギルドの施設で担っている役割は色々とあって、その中のひとつに『掃討者に必要な物品の販売』というものがある。
例えば、魔物に有効な『ダンジョン産の武器』を売っていたりとかね。
もちろん武器は祝福のレベルアップを経験すれば、基本的には無料で手に入るものだから。買う必要は無いといえば無いんだけれど。
でも、祝福のレベルアップで得られる武器はランダム性が高く、当事者が希望したものが手に入るかは判らない。もし好ましくない武器が当たってしまった時は、掃討者ギルドで別の武器を購入するという選択肢もあるわけだ。
とはいえ、もちろん僕が欲しいのは武器じゃない。
武器は《戦士の衣装》に着替えれば片手剣を、《神官の衣装》に着替えれば鎚矛を召喚できるからね。今はその2つだけで特に不満はない。
じゃあ何を買うのかっていうと――配信用の全周撮影ドローンだ。
仮免許でも入れるダンジョンと、本免許がないと入れないダンジョン。
この2つの違いは、もちろん『第1階層の魔物の強さ』というのもあるけれど。実は、それと同じぐらい大きな違いも別にあったりする。
それは、本免許がないと入れない場所は『法外区域』として国から制定されている、ということだ。
法外区域とは、簡単に言うと『日本国固有の領土ではあるが国法や条例が適用されない区域』を指した言葉。
法に守られていない場所なので、この区域内で犯罪が行われたとしても、当事者が逮捕されることはなく、罪を裁かれることもないのだ。
まあ、それも仕方がないことなんだろう。ダンジョンは沢山の魔物が跋扈する危険な場所なので、警察の人だってそんな場所で捜査なんて行えるはずがないし。
それに掃討者は普通、魔物と戦うために何らかの武器を携行しているものだし、天職によっては攻撃系の魔術や魔法なんかも使えたりするから。犯罪に使われた凶器の特定や、犯行状況の推察なんてそうそうできるものではないのだ。
そんな場所なので、掃討者がダンジョンの中に潜る時には魔物だけでなく、他の掃討者にも充分に警戒する必要がある。
そこで――政府やギルドが、単身または少人数でダンジョンに潜る掃討者を対象に、強く推奨しているのが『ダンジョン探索中の配信』を行うことだ。
登山や旅行など、様々なアウトドアアクティビティを楽しむ人達が、VLOGを保存するためによく使用している『全周撮影ドローン』。
これは名前の通り、前後左右360度全ての方向を同時に撮影することができる浮遊ドローンなんだけれど。
掃討者ギルドが運営する『ConTube』というサイトを利用すると、この全周撮影ドローンで撮影した映像を、視聴者にリアルタイムで提供する『配信』を行うことができるのだ。
360度全てを撮影するドローンに、映らずに犯罪を行うことは容易ではない。
もしドローンに犯行の現場が撮影されたりすれば、警察や法が犯罪者を裁かなくても、多数の人達がSNSなどによって配信動画から切り抜いた加害者画像などを拡散して、速やかに『私的制裁』が行われるだろう。
無論それが、法の裁きに劣らず恐ろしいものであることは、言うまでもない。
なので掃討者にとっての配信とは、即ち自衛手段のひとつに他ならない。
もちろん配信によって収益や名声を得るというのもまた、多くの掃討者にとって期待を寄せるものであるだろうけれど。それはあくまで余録に過ぎないのだ。
(……そう、あくまでも自衛。自衛のためなんだから、しょうがないよね)
自分の心を相手に、僕は言い訳してみたりする。
うん、自衛のためだからね。断じて――配信の視聴者に、自分が女装した姿を見て欲しいから、なんて理由ではないのだ。
掃討者ギルドの中にある販売店は、僕が思っていたよりも大きかった。
というか、武器や防具を売る店、ダンジョンから出土した様々なアイテムを売る店、リュックサックやキャンプ用品を売る店など、商品種類ごとに店舗がちゃんと別れている時点で、もう僕的には結構驚きだ。
とりあえず僕は、掃討者向けの機器類を販売する店のフロアに入る。
そして、わりと暇そうにしていた男性の店員さんを捕まえて、問いかけた。
「機械にあまり詳しくない僕でも簡単に使えて、すぐにでも配信の開始が可能な全周撮影ドローンが欲しいのですが、教えて頂けませんか?」
「承知いたしました。お客様は本免許を既に取得済みでいらっしゃいますか? また、これが初めて購入するドローンでしょうか?」
「あ、はい。本免許は持っていますし、購入は初めてです」
「本免許を取得済みの方が初めて購入される配信用のドローンは、国からの支援で商品代金が8割引きになります。お勧めする商品は10万円までの商品から選んでよろしいでしょうか? お客様の負担は最大でも2万円程度で済みますので」
「はい、大丈夫です」
「では少々お待ちくださいませ」
たぶん僕みたいな客は珍しくないんだろう。店員さんは必要なことを僕に訊ねたあと、すぐに商品を選びに行ってくれた。
事前に調べて、商品代金が8割引きになるのは知っていたので、それがちゃんと適用されることにホッとする。
「お待たせ致しました。幾つか商品を選んで参りましたので、順に説明させて頂きますね」
「お願いします」
店員さんが持ってきたドローンはどれも『自立追従型』と呼ばれるもので、これは起動さえしておけば、勝手に僕の後を追従してくれるらしい。
設定しておいたメートル数だけ離れた位置を維持してくれるので、戦闘に巻き込まれることは少ない。また、プロペラ浮遊で設定した高さも維持してくれるため、誤ってスカートの中などが撮影されることもないそうだ。
(……僕、店員さんから普通に、女の人だと思われてるなあ)
スカートのくだりの説明を受けた僕は、内心でそう苦笑する。
いやまあ、今日着ている服はアルナさんから貰った『アルア・アルナ』の可愛らしい商品なので、無理もないんだけれどね。
「配信用とのことですが、垂れ流しにされるご予定でしょうか? それとも会話を想定されていらっしゃいますか?」
「……? えっと、ごめんなさい。よく判らないので詳しくお願いします」
「失礼致しました。簡単に申し上げますと『ダンジョン探索の様子をただ配信するだけ』なのか、それとも『視聴してくれている人との会話を想定する』のか、という点ですね。防犯目的だけなら前者でも充分な効果が期待できますが、視聴者を多く集めたいとお考えでしたら、会話も想定されたほうがよろしいかと」
視聴者と会話を行うなら、ドローンは静音浮遊が可能なタイプで、本体マイクに加えてワイヤレスマイクにも対応しており、かつ視聴者から寄せられたコメントの読み上げを本体スピーカーから行えるものが好ましいらしい。
逆に、防犯だけを目的とするなら、プロペラ音がマイクに多少入ってしまっても何の問題もないし、いっそ本体にマイクが無いタイプでもわりと問題なかったりするらしい。こちらの場合は商品価格もかなり抑えることができるそうだ。
「会話できるタイプでお願いします」
「承知いたしました。では他に、全周撮影に加えて上下も撮影できるかどうかや、バッテリーの最大駆動時間、本体のサイズと重量とデザインなども含め、お客様の希望に合う商品を選んでしまいましょう」
店員さんが手慣れており、商品知識も豊富だったため、全周撮影ドローンの購入には30分も掛からなかった。
このあと早速ダンジョンに行って使ってみるつもりであることを伝えると、本体の初期設定に加えて、『ConTube』のアカウント取得や配信設定なども店員さんが手伝ってくれて。
あとはドローン本体を起動さえすれば、いつでも即座に配信が開始できる状態にまでしてくれたのだから、とても有難い。
「何から何まですみません」
「いえ、どうせ大して忙しい店でもありませんので」
店員をしているとはいっても、彼もまた掃討者ギルドの職員のひとりらしい。
なので初心者の方に手ほどきをするのは当然のことだと、店員さんは人好きのする笑顔で言ってみせた。
「私もいちファンとして、配信を楽しみにしますね」
「あ、ありがとうございます」
男性店員さんと別れて、店を後にする。
最後の一言は社交辞令なんだろうけれど。それでも、言われて悪い気はしない。
用事を終えてギルドの建物を出た僕は鐘ヶ淵駅へと戻り、東武伊勢崎線と東京メトロ半蔵門線を利用して錦糸町駅へ。
そこでJR中央総武線に乗り換えて、更に1駅だけ移動。
約30分の時間を掛けて、両国駅へと到着。
この駅のすぐ近くにある、ダンジョンが発生するほどの『名所』と言えば、もう大抵の人には予想が付くだろう。
というわけで――今日の僕の目的地は『両国国技館ダンジョン』!
テレビでもよく見る建物の前に来られて、僕のテンションは上がりっぱなしだ。




