20. ディ・モールトグラッツェ‼
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2人で歓談しながら、ドライブすることおよそ1時間。
到着したのは、僕も何度か来たことがある渋谷の街。
アパレルブランドという話だったから、なんとなく原宿とかにあるのかなと想像していたんだけれど。実際にはその1つ隣駅だったようだ。
シオリさんの車は渋谷駅からほど近い場所にある、立体駐車場に停まる。
ここは渋谷駅から――つまり『渋谷駅ダンジョン』から最寄りの駐車場で、掃討者だけが利用できる場所らしい。
一等立地の駐車場は、普通ならかなりの料金が取られそうなものだけれど。ここはダンジョンからの魔物の氾濫を抑えるため、格安になっているそうだ。
「ダンジョン目的以外の利用も、ある程度は容認されていますから。もしユウキくんも車の免許を取るつもりがあるようでしたら、憶えておくと良いですよ」
東京都内やその近隣県には、ダンジョンが発生した沢山の『名所』がある。
本来なら高額の駐車料金が取られる、名所から最寄りの駐車場を格安で利用できるのも、掃討者ならではのひとつの特権なんだとシオリさんは教えてくれた。
熟練の掃討者であり、掃討者ギルドの職員でもあるシオリさんは、様々な知識に精通しているから。こうしてドライブの傍らに話を聞くだけでも、勉強になることは多い。
「ちなみに二輪ですと、ダンジョンから最寄りの駐車場は無料で停められることが殆どです。なのでとりあえず原付免許を取るだけでも、掃討者として活動する上でとても便利になると思います」
「なるほど……」
僕が通っている高校は、原付バイクでの通学は許可されていないけれど。免許を取得したり、制服を着用していない時に私的に乗ることは容認されている。
確か、住んでいるマンションの駐輪場にも無料で停められた筈だ。
原付免許は1日で取れるという話だし、取得を考えるのも良いかもしれない。
ああ、でも――身長が130cmぐらいでも、原付って運転できるのかな?
法的にどうかという問題と、ちゃんと足が届くバイクが存在するのかどうかという問題が併存するから、案外簡単じゃないかもしれない……。
「――着きました、ここですよ」
僕が考え事をしていると、不意にシオリさんが足を止める。
その場所の正面にある大きなビルの1階と2階には、壁の全面がガラス張りにされている、とてもお洒落なお店が入っていた。
看板には『alure * aluna』と書かれている。この店がシオリさんが言っていた、アパレルブランドショップの『アルア・アルナ』なんだろう。
「いらっしゃいませー」
2人で店内に入ると、凄くスタイルの良い店員さんが出迎えてくれる。
シオリさんと同じぐらい身長が高くて、胸はないけどそのぶん凄く痩せていて。こういう人がアパレルブランドのモデルとかやってるのかな――と、思わずそんな風に思えてしまうぐらい、美人のお姉さんだ。
このレベルの人を店員さんとして雇えている時点で、たぶん凄いお店なんだろうなというのが、すぐに理解できた。
「社長は居る?」
「居ますよー、お約束があることも聞いてます。12階へどうぞー」
「了解、お邪魔するわね」
どうやらシオリさんは、この店員さんと面識があるらしい。
気さくに数言だけやり取りした後、シオリさんは僕を連れて店の奥側にあるエレベーターへと移動する。
エレベーターには1階から6階までのボタンしか無かったけれど。シオリさんは勝手知ったるといった調子でボタンの下部にある蓋を開け、隠されていた12階のボタンを押す。
この建物は12階が最上階みたいだ。ということは、社長室か何かだろうか。
――と、考えていたんだけれど。
到着した12階は、大きな作業テーブルが幾つも置かれ、その上に作りかけの衣類や布帛が雑多に置かれた、いかにも『工房』といった雰囲気の場所だった。
いや――奥に一応、偉い人が座るような立派な机や、応接テーブルみたいなものもあるみたいだけれど。それらの上にも衣類や布帛、型紙や雑誌、ミシンといった様々な物が置かれていて、とてもじゃないけれど社長室には見えない。
部屋の中にはひとり、一心不乱に何かを描いている女性の姿。
どうやら彼女が描いているのは、秋物の服のデザイン画のようだ。
「アルナ」
近い距離にまで歩み寄ってから、シオリさんがそう声を掛ける。
女性はかなり集中していた様子だったけれど。流石に至近距離から話しかけられたことで、ようやく来客に気づいたらしい。
「あら、シオリ。いらっしゃい。ちょっと予定より早いんじゃない?」
「時計見なさいな、時間通りよ」
「……あれ、ホントだ。全然気づかなかった」
そう答えて、アルナと呼ばれた女性はどこか楽しげに笑ってみせた。
女性は身長こそシオリさんと同じで175cmぐらいありそうだけれど、着ているものの傾向は全くの真逆で、とても可愛らしい服を着ていた。
こういう服、確かクラシカルロリータって言うんだっけ。西洋風ファンタジーの作品に登場するお嬢様みたいな、そんな完成度のある装いだ。
頭に付けているカチューシャと併せて、なんとなく真面目そうな雰囲気もある。
「それで――なんだっけ? 可愛い男の子を紹介してくれるんだっけ?」
「ええ。絶対にアルナが気に入ると思ったから、連れてきたわ」
「うーん……これでも一応、ブランドの社長だけあって目が肥えてるんだよー? そんじょそこらの可愛い子を連れてこられても、私たぶん何とも思わないけど?」
「そういうのは当人を見てから言いなさいな」
シオリさんがそう告げて、自分の正面に僕の身体を押し出す。
――ごく近い距離で、初対面の女性と目が合った。
まじまじと僕を見つめていた瞳が――数秒後には、緩やかに蕩ける。
「やーん♡ なにこの子♡ 超絶レベルで可愛いんだけどー♡」
「予想と1ミリも変わらない反応すぎて、ちょっと笑えるわね」
「っていうか、この見た目でホントに男の子⁉ 全く見えないんだけど‼」
「あ、あはは……」
全く男に見えない、という言葉に僕は軽くショックを受ける。
いやまあ、自分でもわりとそう思うだけに、仕方がないとも思うけれどさ……。
「アルナ、とりあえず自己紹介ぐらいはしたらどう?」
「――はっ! それは全くもってその通り!」
初対面の女性は、コホンとわざとらしい咳払いをひとつしてみせて。
それから少し身をかがめるようにして、僕と視線を重ねてきた。
「私の名前は赤羽アルナ。『アルア・アルナ』の店長で、ブランドとしての社長もやってます。キミの名前を聞いてもいいかな?」
「えっと……。僕は高比良ユウキと言います。よろしくお願いします」
「よろしくねー。声も低くないみたいだけど、ホントに男の子なの?」
「あ、はい。間違いなく男ですが」
「生まれてきてくれて、ありがとうございます……‼」
男だと回答したら、なぜか拝まれた。
流石にこの反応はちょっと予想してなかったので、ちょっと困惑する。
でも――アルナさんが告げたその言葉自体は、僕にとって嬉しいものだった。
「……こちらこそ、ありがとうございます。両親からは『間違いで生まれた』って言われるばかりだったので、そんな嬉しいこと言われたのは初めてです」
「は? ……えっ? そ、そんな酷いこと言う親とか、存在するの?」
「実在するんですよね……。高比良タカオとアキエって言うんですけど」
「んん? なーんか名前を聞いたことあるような……? もしかしてユウキくんのご両親って、私と同じ分野の人だったりしない?」
「あ、そう言えなくもない……のかな? なんか海外の服を日本人好みにリデザインして販売する会社をやってるって噂を、聞いたことがあります」
服のブランド会社を経営している、という意味ではアルナさんと同じだろう。
もっとも、実業家として活動しているとしか両親の話は聞いたことがないので、たぶんアルナさんほど創作性がある仕事をしているわけじゃないと思うけれど。
「……ああ、思い出した。あそこか。後で……しとくか」
「?」
小声でぶつぶつと、アルナさんが何かを言っている。
内容は殆ど聞こえなかったけれど、なんとなくアルナさんが両親の会社について知ってそうな様子は伺えた。
「アルナ、今日はユウキくんにあなたの服を着せて欲しいんだけど」
「ファッ⁉ マジで⁉ 私が作った服って女物しかないけどいーの⁉」
「問題ありません。本人の許可は取ってありますので」
「……あ、はい。承知はしています……」
正直を言って、かなり抵抗感はあるんだけれど。
とはいえ、それが命の恩人からの希望とあらば、是非もない。
「マジかー……! い、今まで頑張って、服作ってて良かった……!」
「何かユウキくんを連れてきた私に言うことは?」
「シオリ様ありがとうございますぅ‼ ディ・モールトグラッツェ‼」
「よろしい。金額に糸目は付けないから、最高に可愛くしてあげて」
「ヒャッハー‼ 通行人を大量尊死させてやるぜェ‼」
アルナさんはそう叫ぶと、エレベーターの隣にある階段に全力で走って行った。
たぶん階下に服を取りに行った……のかな?
「な、なんというか……賑やかな方ですね……?」
「あれでも服飾のセンスとデザイン力だけは超一流なんですけどね」
楽しげに笑いながら、シオリさんが称賛の言葉を零す。
その目元に親愛の色が浮かんでいる辺り、やっぱりシオリさんとアルナさんは、とても仲が良い友人なんだろう。
「――さて、ユウキくん」
「はい?」
「今からいっぱい可愛くなって貰いますから、覚悟してくださいね」
満面の笑みを浮かべながら、そう告げるシオリさん。
僕の背筋を、何か冷たいものが一筋流れたような気がした。




