17. [夢渡り]:月江マナ - 1
「こんばんは、マナさん!」
「――ひゃわ⁉」
目を開けたあーしは、思わずびっくりしてしまう。
いや、だって無理もないじゃん。本当にすぐ目の前――ガチ恋距離にユーくんの顔があるんだもん。これで心が乱れないのはもう、ロボぐらいのもんでしょ。
「あり? ユーくんが出てきたってことは、ここもう夢の中?」
がばっと身を起こして周囲を見渡してみるけれど。あーしがいるのは、どう見ても自分の部屋のベッドの上だ。
眠る前と風景が全く変わっていないので、これが夢の中なのかどうか、いまいち自信が持てなかった。
「はい、そうですよ」
「わりと眠るのに時間掛かるほうなんだけど……?」
「僕の夢魔の能力で、入眠はお手伝いができますので」
「おわー、マジかー! もうそれ神じゃん!」
あーしは寝入りが悪くて、普段は眠りに落ちるまでに最低でも1時間、長い時だと2~3時間ぐらいはベッドの上でゴロゴロし続けることになる。
なのに今日はベッドに入ってから、眠るまでに2分も掛からなかったと思う。
ユーくんをお迎えするだけで、いつもの苦労が嘘みたいになくなるなんて……。それって、とっても凄いことだと思う。
「んふふー。ユーくんありがと♡」
「わ、わわっ⁉ マナさん⁉」
あーしが抱きつくと、ユーくんが判りやすく顔を真っ赤にしてみせた。
種族がエルフに――正確に言えば『森林種』になったことで、あーしの身体に起こった一番の重大事は、胸が無くなったことだ。
これでも一応、日本人の平均と言われるCカップぐらいはあったんだけど……。森林種特有の痩せ細った身体に変化した時、あーしの胸は笑えるぐらい真っ平らなものになってしまった。
こんな身体だと、男の人は喜ばないかなーって思ってたんだけど。
ユーくんはあーしが抱きつくだけで、本当に判りやすいぐらい、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてくれる。
あーしの身体にも魅力を感じてくれてるんだなー、って。そのことが判るから、とても嬉しい気分になった。
(あんまりアリちゃのこと、バカにできないかも)
内心で密かに、そんなことを思う。
アリちゃは昔から可愛い系の男子が好きで、一時期はアイドルの公演を追っかけるために、かなり散財していたぐらいだ。
まー、あーしも肉食系よりは草食系の男子のほうが好きだから。そういう意味では、可愛い系の男子っていうのも嫌いじゃないかな、って。
今までは、その程度に思ってたんだけれど――。
「あぅ……あ、あのですね、む、胸が、当たってまして……」
「んふー♡」
男の子に抱きついて、こういうウブな反応が返ってきたらさあ。
そりゃ好きになっちゃうっしょ。もうホント、可愛くて仕方ないんだよね。
「なんなら触ってみるー?」
「さわっ……⁉ し、しませんよ、そんなこと‼」
「ま、そうだよねー。あーしのまな板みたいな胸を触っても、嬉しくないよねー」
「えっ? いえ、そんなの絶対嬉し――」
「……嬉しいんだ?」
「あ、いえ、その……」
「ふーん♡」
グイグイと胸を押し付けるように強くハグすると、とうとうユーくんは何も言えなくなって、押し黙ってしまった。
――うん、駄目だね。もうアリちゃのこと、バカにできないや。
彼氏にするならゼッタイこういう男子がいいなって。ユーくんをハグしてると、凄くそう思っちゃうもん。
「……そ、そうだ。アリサさんと夢をお繋ぎしますか?」
「あ、ダンジョンでそんなこと言ってたよねー」
「はい。既にアリサさんも眠っておられますので、いつでも夢は繋げますが」
「んー……」
アリちゃは幼馴染と言ってもいいぐらい昔からの親友で、とても仲が良い。
なので、そんなアリちゃと同じ夢を見て、こっちでも時間を共有できるっていうのは。とっても魅力的なことだと、あの時はそう思ったんだけれど。
「……今日は、いいやー」
「えっ? お繋ぎしなくて、いいんですか?」
「うん。今日はユーくんだけでいいかな、って」
親友なだけに、アリちゃが結構欲深いことをあーしは知っている。
可愛い男の子に挟まれたいと、ダンジョンの中でそう叫んでいたアリちゃの言葉は、紛れもなく彼女の本性だ。
それだけに――いまアリちゃと夢を繋ぐと、あーしのユーくんまで、アリちゃに独占されそうな気がして。
それは、なんだかちょっと嫌だなって、そう思ったのだ。
「ねーねー、ユーくん」
「はい。なんでしょう?」
「ユーくんのこと、いっぱい話してよ」
「えっ……? ぼ、僕のことですか?」
「うんうん。あーし、知りたいなー」
ユーくんとは、今日初めて知り合ったばかりだけれど。
これからは毎晩、今みたいに夢の中でお話できるわけだから、いくらでも仲良くすることができる。
なので今のうちに、彼のことを沢山知っておきたいと思った。
「いいですけど……。聞いて楽しいような話でもないと思いますよ?」
「えー? ゼッタイ楽しから、話して話して!」
「は、はい。でも何から話せばいいのかな……。えっと、マナさんにアリサさんがいらっしゃるように、僕にも親友がいまして、ダイキって言うんですけど――」
あーしがワガママを言えば、すぐにユーくんは応えてくれた。
何を話すか迷っている様子だったし、話し方も訥々としたものだったけれど。
こうして大切なことを色々と話して貰えるっていうのは、今日会ったばかりなのに、なんだか心を許してもらえているようで、とても嬉しい。
ユーくんは祝福のレベルアップによって外見が大きく変わったことで、学校での扱いが一変してしまったことに、最近はとても戸惑っているらしい。
まーね、判らないでもないよね。ユーくんめっちゃ可愛いもん。
こんな可愛い男子がいたら女子が放っておかないのは当然だし。それに、一見しただけだと美少女にしか見えないから、同性の男子にも無差別魅力攻撃だろうし。
(でも、あーしは、外見より性格が好きかなー)
ちょっと恥ずかしそうに自分のことを語ってくれる、ユーくんを見つめながら。
あーしはそんなことを、ひっそりと思ったりするのでした。
――あ、両親の話も聞いたけど、ユーくんの両親はゼッタイ許さない。
たとえユーくんが許しても、あーしは許さないから。覚悟しておくよーに。




