15. 今晩から、僕の分体がお世話になります。
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「いぇー! みんなおっつかれー! カンパイ!」
「「乾杯!」」
マナさんの音頭に合わせて、3人で乾杯する。
僕達はおよそ4時間に渡ってピティ狩りを行ったあと、食事と慰労のために白鬚東アパートのすぐ近くにあるバーミヤンへと来ていた。
乾杯はもちろん三人ともお酒ではなくドリンクバーで。
バーミヤンのドリンクバーって、普通のファミレスと違って色々と変わったものが置いてあるから、個人的にとても好きだ。
特にお気に入りなのは人参ベースのミックスジュース。あと中国茶のティーバッグが色々取り揃えられているのも良いよね。
「流石に天職取得済みが3人も居ると、効率が段違いだったね」
「それねー! いっぱい倒せてアイテムも沢山出て、言うことナシ!」
「アイテムはちょっと出すぎて、大変なぐらいでしたね……」
白鬚東アパートダンジョンの第1階層で、合計4時間ぐらいピティ狩りをしたんだけれど。僕らはその途中で2度も地上まで戻って、受付窓口でアイテムの売却を行っている。
僕の[幸運]は『7』なので、人並み程度なんだけれど。アリサさんとマナさんの[幸運]はそれぞれ『11』と『13』で、非常に高い。
だからなのか、討伐したピティはなかなかの確率で何かしらのアイテムを残してくれて。お陰で3人のリュックサックがすぐに満杯になり、何度も売りに戻る羽目になってしまったのだ。
「でもその分、良い収入になったのは嬉しい」
「それは間違いないですね」
アリサさんと笑顔で頷き合う。
最終的に僕らが獲得したドロップアイテムは、ピティの肉が17個にピティの毛皮が11枚、そしてピティの魔石が10個。
また他にもアルアム草を4つと枯赤樹を2本、採取オーブから手に入れている。
全部で44個を窓口で買い取ってもらった結果、総額は18700円。
1人あたり6233円の収入で、時給に換算しても1500円を上回る。
「ピティ狩りじゃあまり稼げないって聞いてたんだけど。天職があれば、そうでもないみたいだね」
「そうですね。税金も引かれないのに、この金額は嬉しいです」
掃討者は地域の治安維持に必要な職業ということで、国から様々な支援や優遇が設けられている。
税金の優遇もそのひとつで、各ダンジョンの窓口でアイテムを売却した場合は、その収入に対する課税が発生しない。つまり所得税が発生しないので、売却益がそのまま手取り収入になるようなものだ。
それを考えると、時給1500円分の収入はかなり美味しい。
「早く他の魔物も狩ってみたいよねー。正直もうピティじゃ物足りない!」
「そう言うならぜひ、本免許の試験に受かってくれませんかねマナさんや」
「うっ……。が、ガンバリマス……」
漫才のような2人のやり取りを見ていると、思わず笑みが零れてしまう。
とはいえ――試験の話は僕も他人事じゃない。
ピティ狩りに飽きてしまっているのは、僕も同じだから。早く本免許を獲得して他のダンジョンにも行けるようにしておかないと。
そんな話をしていると、注文していた料理が席に届けられる。
マナさんはバーミヤンラーメンと小籠包を、アリサさんは本格四川麻婆豆腐を定食にして注文していたようだ。
「それって……かなり辛いやつですよね。大丈夫なんですか?」
「あ、知ってるんだね。食べたことある?」
「あります。軽い気持ちで注文して、痛い目を見ました……」
中華料理をメインとするファミレスのバーミヤンでは、麻婆豆腐だけでも複数の種類が提供されている。
アリサさんが注文した本格四川麻婆豆腐は、その中でも特に辛いもの。
バーミヤンのメニューでは辛い料理に『辛』というマークが付いているんだけれど。その『辛』マークが3つも付いている料理だと言えば、どれだけ辛い料理なのかが伝わるだろうか。
口の中がたちまち痺れてしまうような辛さがあって、昔注文した時には、食べるのにかなり苦労したのを覚えている。
というか、結局自分ひとりでは半分ぐらいしか食べられなくて、一緒に来ていたダイキに残りを食べてもらったんだったかな……。
「アタシは辛いの好きだから、このぐらいなら全然平気かな」
そう答えながら、アリサさんは麻婆豆腐にたっぷりと花椒を掛けていた。
もともと痺れる辛さがある料理に同じ要素を大量に加えているわけだから……。正直たぶん、僕にはもう食べられないものになってるな、と見ていて思う。
けれどもアリサさんはその料理を、至って涼しい顔で口に運んでいた。
「そういうユーくんは、ずいぶん沢山注文したんだねー」
「大丈夫? それ全部食べられるの?」
2人に少し遅れて、店員さんが僕の前に並べてくれた料理の数々を見て、マナさんとアリサさんが驚いた表情をしてみせた。
僕が注文したのは油淋鶏の定食と五目焼そば、ダブルサイズの焼餃子、肉団子の甘酢ソースの4品。
明らかに成人男性でも2人分はある量なので、8~9歳児相当の身体にまで小さくなってしまっている僕が本当に食べられるのかどうか、2人が心配する気持ちは理解できるものだ。
「あ、はい。口が小さくなってしまっているので少し時間は掛かりますが、食べることは問題なく。……というか、身体が変化してからというもの、このぐらいの量は食べないと満足できなくなってしまいまして」
「そうなの? 小さくなったぶん食事量も減りそうなのに」
「えっと、僕の身体が『夢魔』になったというお話を、ダンジョンの中で少ししたじゃないですか」
僕の言葉に、アリサさんとマナさんが頷く。
「夢魔は生きるために『精気』というエネルギーが必要でして。これは食事などで得るカロリーで補うこともできるんですが、効率が悪いんですよね」
「へー、だからそんなに食べるんだねー。太らないの?」
「カロリーは全部精気に変換されるので、太ったりはしないですね」
「なにそれ、うらやましー!」
「精気……ってことは、本来はエッチなことで得るエネルギーだったり?」
「……い、一応、そういう面も、なくはないみたいですが」
顔を赤らめながら訊ねてくるアリサさんに、僕も顔が熱くなりながら答える。
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[夢魔]/種族異能
種族が『夢魔』の者だけが所持する種族異能。
生命維持に必要なエネルギーが『精気』になる。
精気は主に性行為、または[夢渡り]によって獲得する。
摂取したカロリーも全て精気に変換されるが、効率がやや悪い。
精気が不足していない限り老化せず、病気にもならない。
魔力の代わりに精気を消費して魔法や魔術を行使可能。
精神系状態異常を引き起こすことを得意とする。
自身は精神系状態異常に完全耐性を持つ。
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夢魔である僕は[夢魔]という種族異能を持っている。
その詳細を以前、ステータスカードを使って調べたことがあるんだけど。その内容がこんな感じだった。
説明文にある通り精気は性行為で獲得することができるので、アリサさんの言葉は実際、間違ってはいない。
とはいえ――僕にお付き合いしている恋人はいないから、その方法は現実的じゃないんだけれどね。
精気を得たいなら大量に食事を摂ることで補うか、もしくは[夢渡り]によって獲得するかの実質二択になる。
「……じ、じゃあやっぱり、夢の中でアタシたちにエッチなことを?」
そのことについて僕が話すと、アリサさんはより顔を真っ赤に染めながら、そう訊ねてきた。
「そんなことしませんってば! その……少し、性欲を頂くだけです」
「性欲? あーしたちの?」
「はい。もしお嫌だったら申し訳ないんですが……」
僕がもう1つ持っている、種族異能の[夢渡り]。
これは予め許可を得ている人の夢に自分の分体を送り、相手から性欲を吸収するというものだ。
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[夢渡り]/種族異能
種族が『夢魔』の者だけが所持する種族異能。
許可を得ている相手の夢に分体を送り込むことができる。
分体は夢を共にする相手から性欲を吸収する。
吸収した性欲は精気に変換され、本体に送られる。
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当たり前だけれど、そもそも人間は眠りに落ちている間、性欲を維持しない。
それこそエッチな夢でも見ていれば別かもしれないけれど。そうでない限りは、性欲なんて溜まったそばから霧散していくのが普通だ。
でも僕は[夢渡り]で分体を送り込んでいると、本来は霧散するはずの性欲を、そっくりそのまま自分で受け取り、精気に変換することができる。
食事とは違い、こちらは精気への変換効率がかなり良い。もしアリサさんとマナさんの夢にお邪魔させて貰えるなら、それこそ明日から僕は食事も水も一切摂らなくとも、問題なく生きることができるようになるだろう。
……まあ、食べるのは好きだから、やめたりはしないと思うけどね。
「よくわかんないけど、それでユーくんが楽になるなら、あーしは全然いいよ?」
「ま、まあ……アタシも別に、大丈夫だから」
「そうですか? そう言って頂けると嬉しいです」
僕が分体を送れるのは『許可』を得ている相手にだけ。なので、もし嫌に思って拒絶されれば、その時点から僕は分体を相手に送ることができなくなる。
なのでマナさんとアリサさんが笑って許してくれるのは、とても有難い。
「じゃあ、その――今晩から、僕の分体がお世話になります!」
「大歓迎ー! こちらこそよろしくねー」
「アタシの夢にユーくんが出るっていうのが、まだどこか信じられない部分もあるけど……。ま、まあ、アタシも楽しみにはしてるから」
「はい! 夢の中では時間がたっぷりあるので、沢山お話しましょう!」
僕の分体がお邪魔すれば夢の状態が安定するので、相手の睡眠時間はほぼ丸ごと夢を見ている時間になる。
お二人が毎日どのぐらいの時間眠っているのかは知らないけれど。たぶん5時間から8時間ぐらいはおしゃべりできる時間がある筈だ。
早速今晩からどんなことを話そうかな――と。
僕の心は、早くも期待感で一杯になっていた。
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□バーミヤン
言わずとしれた中華料理系ファミリーレストランチェーン。ガストやジョナサンと同じくすかいらーくグループに属する。
店舗で提供される料理や飲料は明らかに中華寄りなのに、筆者の周りだと意外に『中華の店』と認識されていない節がある。
たぶん店舗の内装が、あまり中華感を強くアピールするものではなく、落ち着く雰囲気に纏められているからだろうか。
地方によってはあまり見かけなかったりするらしいけれど、ファミレスの店舗数ランキングでは5位ぐらいに入る。デニーズよりも多い。
近年はファミレス全体で店舗数が微減しており、ガストやサイゼリアでさえその例に漏れないというのに、バーミヤンは地味に店舗数を増やしていたりするあたりに底力が見える。
随分と昔の話になるが、深夜に店を訪れて天津飯(正式には当時は『蟹入り天津飯』)を注文した際に、店員から「お米が切れちゃったので今日はもう出せないんですよー。あ、炒飯なら出せますよ?」と言われたのが今でも忘れられない。
いや、ファミレスで炒飯を注文したら冷凍のが出てくる(=米が切れてても提供できる)のは当たり前なんだけれど。なぜかバーミヤンは違うと、無意識のうちに思い込んでしまっていたんだよね……。




